日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

十界論私考集

目次(十界論私考集)

『地獄界』地獄界は外界と己心にある 『餓鬼界』餓鬼界は貪る気持ちから起こる 『畜生界』愚癡多き人は命が畜生界である 『修羅界』修羅界は争いを好み諂い曲がった命 『人間界』人間界に生を受けるは希である 『天上界』天界の喜びは一時的である 『声聞界…

地獄界は外界と己心にある

私達の生命の中にも「地獄界」が存在します。宗祖日蓮大聖人は『観心本尊抄』に、 「瞋るは地獄」(御書647) と仰せです。私達が縁に触れて、瞋りを感じる時、生命が地獄界になります。更に、この瞋りを感じることによって、様々な結果をもたらします。…

餓鬼界は貪る気持ちから起こる

餓鬼界とは、他人の物を貪り所有したくなる、貪欲多き世界です。私達は、本能的に貪る気持ちがあります。食物・衣類・家・貴金属などが欲しいという物質的欲望だけでなく、名声欲・権勢欲に支配された姿も餓鬼界です。 貪りとは欲望であり、自分自身を律して…

愚癡多き人は命が畜生界である

世間一般的に動物を総称した言葉を畜生と呼びます。飼い畜(やしな)われて生きるものの意で傍生ともいいます。 人間界に置き換えた畜生界とは、理性がなく倫理・道徳をわきまえないで、本能的欲求に我が身が支配されている生命状態です。愚癡も自分自身を振…

修羅界は争いを好み諂い曲がった命

日蓮大聖人は『秋元御書』に、 「軍(いくさ)起これば其の国修羅道(しゅらどう)と変ず」(御書1450) と仰せです。国に争い事や戦争が起これば、その国は修羅界になります。更に『新池御書』にも、 「修羅は闘諍なり」(御書1456) とも御教示で…

人間界に生を受けるは希である

日蓮大聖人は『観心本尊抄』に、 「平らかなるは人なり」(御書647) と仰せであり、一念三千における人間界の生命について御教示されたところです。平常で安定している命です。しかし、一時的な生命状態で縁に触れ左右します。大聖人は人間に生を受ける…

天界の喜びは一時的である

六道の世界で一番楽しいところが天界で、日蓮大聖人は『観心本尊抄』に、 「喜ぶは天」(御書647) と仰せであります。天界は快楽に満ちた境界のことで、六道・六趣・六凡・十界の一つです。天上界ともいいます。天界の喜びは仏界に較べると一時的であり…

仏の声を聞いて悟る声聞

十界における第六番目に位置する「声聞界」には、二種・三種・四種・五種という種類があります。声聞とは、声を聞く者の意で、十界のうちの二乗・三乗の一つです。声聞乗のことであり、仏の声教を聞いて解悟し、出家の弟子をいいます。四諦の法門である苦集…

縁に触れて悟りを得る境界「縁覚」

縁覚とは、辟支仏・辟支迦羅の訳で、因縁覚とも独覚ともいいます。二乗の一つで、声聞縁覚(メメヨヨ)とあわせて引用されることがあります。 仏の教導に依らずに自ら理を悟り、自利の行に努め、静寂を好み、利他である他人のことを余り考えない聖人・聖者で…

衆生救済を根本とする菩薩

菩薩とは、無上菩提を求める人のことで、菩提薩靂の略です。三乗・四聖・十界の一つで、声聞縁覚と違い利他を根本とした大乗の衆生を意味します。四土の実報無障礙土が菩薩の住む国土です。 日蓮大聖人は菩薩界と菩薩戒について『十法界明因果抄』に、 「第…

信心で必ず幸福の境界「仏界」を得る

日蓮大聖人は『開目抄』に、 「我並びに我が弟子、諸難ありとも疑ふ心なくば、自然に仏界にいたるべし。」(御書574) と御指南であり、三大秘法の御本尊様を疑うことなく信じていけば、必ず仏界にいくことを仰せです。更に『観心本尊抄』には、 「法華経…