手引書⑫
165.悪は多けれども一善にかつ事なし 166.足代を捨て、足代を滅する信心を 167.「命」を大切に 168.信心で祈りは必ず叶う 169.「一念に億劫の辛労を尽くせば」 170.一念三千の法門は日蓮正宗だけに有る 171.陰徳陽報に徹する信…
「悪は多けれども一善にかつ事なし」とは、謗法は多くても、日蓮正宗の信心をすれば、必ず幸せに成れるという意味です。更に、一善である日蓮正宗の信心は絶えることなく、人生の迷いの根源である多くの謗法は、御本尊様を受持し信心をすれば、多くの火を一…
「足代」とは、高い所へ登るため材木を組み立てて造った仮設物。あしば。あしがかり。基礎。準備。下ごしらえ、という意味があります。 日蓮大聖人の仏法において「足代」とは、方便の教え爾前権教のことです。つまり、末法の現代には、成仏できない不幸の根…
人として生まれてくることは、非常に稀なことです。折角、人に生を受けたわけですから、人生に悔いを残さない生き方をしたいものです。 人の命は、非常に儚いものであり、また人生の苦しみに弱い部分もあります。多くの人は、人生の苦しみを耐えうる術を知る…
私達の「祈り」は、善悪の基準を明確にしなければ、御本尊様から有り難い、御利益を頂くことが出来ません。 心の迷いである貪瞋癡の三毒や三惑が中心になっている「祈り」は、絶対に叶うことがないのです。この点を信心をする私達は心得て「祈り」を御本尊様…
私達の信心は、「辛労」を尽くすところに、御本尊様から有り難い仏果を頂くことが出来ます。「辛労」を忘れ、怠慢な気持ちが根底にある似非信心では、当然、成仏に程遠いものがあります。 「辛労」とは、ほねおり。苦労。辛苦。という意味があります。苦労を…
「一念三千の法門」は、日蓮正宗の血脈相承に依り、時の御法主上人に御教示を賜らなければ、一切聞くことが出来ません。「一念三千の法門」は、甚深の御法門であり、仏法の究極であります。「一念三千の法門」を知るところに成仏があります。 他宗では知るこ…
「陰徳陽報」とは、御本尊様から頂く「冥益」の現れ方を示したものです。信心をしていても、「冥益」ではなく「顕益」を望みたくなる気持ちが生まれる場合があります。 「陰徳陽報」の意味は、ひそかに善い事を行えば、後日に必ずよい報いを受け、かくれての…
寺院に参詣する心得として、三大秘法の御本尊様にお詣りするという気持ちが大事です。この気持ちがなく、但お墓詣りや納骨堂に来たついでということであったり、お寺の近くに用事があったついでということは、非常に御本尊様に対し失礼であり、信心に対する…
日蓮大聖人は「憶持不忘」について『四条金吾殿御返事』に、 「法華経の文に『難信難解(なんしんなんげ)』と説き玉ふは是なり。此の経をき(聞)ヽう(受)くる人は多し。まことに聞き受くる如くに大難来たれども『憶持不忘(おくじふもう)』の人は希(ま…
人間の心理として「臆病」という、臆する気持ちが縁に触れ生まれるものであります。意味は、ちょっとした物事にもおそれることで、一般的に、使われるところには、消極的で行動力のない、ひ弱な印象があります。 日蓮大聖人は折伏の姿勢について『教行証御書…
「鬼」とは様々な意味があります。「鬼」とは「隠」で、姿が見えないという意味があります。鬼は人々の心を脅かし、生きる気力を奪う行いをします。 更に意味を上げると、①天つ神に対して、地上などの悪神。邪神。②伝説上の山男、巨人や異種族の者。③死者の…
過去の「罪障」は、信心をすれば完全に消滅させることが出来ます。御本尊様に勤行唱題することで「罪障」を消滅することが出来るのです。 世間では、「罪障」を宿命と結び付けるところがあります。信心を知らない多くの人は、生まれ持ってきたものは、変える…
「加護」とは、神仏が力を加えて護ることです。「加護」を頂くには、私達の信心が大事で、三大秘法の御本尊様を御護りする「外護」という意識が必要です。 「外護」とは命をかけて、御本尊様をお護りするということで、「不自惜身命」の精神が大切です。「外…
現実に本来の神である、諸天善神が存在しないために、世の中が非常に不安定です。その理由が「神天上の法門」に示され、正しい仏法を信じないために起きた、謗法の害毒による現証です。 「神天上の法門」とは、平和にする神が天に上がることで、御本仏日蓮大…
上七代と下七代の功徳は、御本尊様の功徳が三世である、過去・現在・未来に、厳然と存在することを証明するものです。 日蓮大聖人は、上七代と下七代の功徳について『盂蘭盆御書』に、 「悪の中の大悪は我が身に其の苦をうくるのみならず、子と孫と末七代ま…
日蓮大聖人の仏法に縁する場合に、「順縁」と「逆縁」があります。 「順縁」とは、素直に仏縁を結ぶこと。順は素直、縁は仏縁の意。教えを聞いて従順に信じ仏道に入って信心をすることです。 「逆縁」とは、毒鼓の縁ともいい、破法・謗法などの悪事がかえっ…
日蓮大聖人は、行学の二道を励むよう『諸法実相抄』に、 「行学の二道をはげみ候べし。行学た(絶)へなば仏法はあるべからず。我もいたし人をも教化候へ。行学は信心よりをこるべく候。力あらば一文一句なりともかたらせ給ふべし。」(御書668) と仰せ…
信心をすれば、御本尊様から有り難い生命力を頂き、寿命を延ばすことが出来ます。寿命を延ばす秘訣は、人生に悲観的にならず、死を宣告されても善知識と考えることが大事です。死を宣告する人は、お医者さんでありますが、日蓮大聖人ではありません。仏様で…
「血脈相承」とは、日蓮正宗において、日蓮大聖人の大事な御法門を、師から弟子へと御相伝におき、古来から絶え間なく、一器の水を一器の水に移すが如く、一分も違わずに、現代まで正確に伝えられています。師資相承ともいい、唯授一人の血脈相承のことです…
「広宣流布」は、日蓮大聖人の正しい仏法を弘め、信心するように教導し、世の中を平和にする日蓮正宗の大目的です。全ての人々が、御題目の南無妙法蓮華経を本門戒壇の大御本尊様に、信心をもって唱えることを目指すのが「広宣流布」です。 日蓮大聖人の正し…
「未得謂得 未証謂証」とは、「未だ得ざるを得たりと謂い、未だ証せざるを証せりと謂えり」と読みます。未だに悟りを得ていないのに、得たと思い込むことであります。 信心において、求道心を失わないように説かれた教えです。また、慢心や増上慢を起こさな…
御本尊様に勤行唱題するときは、必ずローソクに火を灯します。理由は、私達が生きていく未来を、明るく照らすために行います。また、御先祖様の来世に於ける人生を、明るくする働きもあるのです。 ローソクの蝋が白いのは、白い霧が人生の行く手にかかってお…
私達は、過去世からの身口意の三業にわたる、行いの結果として今の姿があります。信じない方もいますが、仏法では、「業」に様々な悪道に縁する作用があると説き、如何に信心では、勤行唱題により宿業を転換するかに、成仏の道があります。 「業」とは、身口…
入信以前、身に付いた悪業多き私達の命は、三大秘法の御本尊様と心を同じにして、御題目を唱えて行くところ、宿業を転換することが出来ます。自分の過去世に作り上げた業は、到底凡眼凡智で推し量ることは困難です。この困難を回避し、宿業を打開するのが、…
「常楽我浄」とは、私達が合掌するときに使用する、御念珠の珠である四菩薩の部分が「常楽我浄」の四徳を意味します。御念珠をした合掌の姿勢を崩すことなく、御本尊様に御題目を唱えるところ「常楽我浄」の四徳を具えることが出来ます。四徳を具えるところ…
先入観とは、初めに知ったことによって作り上げられた固定的な観念や見解。それが自由な思考を妨げる場合にいいます。先入見。先入主ともいわれます。 固定観念とは、固着観念のことであり、絶えず意識を支配し、それによって主として行動が決定されるような…
私達は生きていく上で、目的や目標を持っています。目標を失えば、自然と生きる気力も失われ、人生に対し様々な迷いが生まれます。仏道に関わらず、人間社会には目的や目標となる「誓願」が非常に大事です。「誓願」を心に決めることで、自分自身の成長があ…
日蓮正宗以外の宗教でも、「真の幸福」について説くところです。「真の幸福」とは、日蓮大聖人の教えを信じるところにあり、御本尊様に御題目を唱えていくところにあります。 「真の幸福」は、一時的なものではなく、現当二世といわれる現在と未来に永遠と続…
福田とは、田が作物を生ずるように、供養することにより福徳を生ずる対象。三福田(さんぷくでん)や八福田(はちふくでん)があります。 三福田は、供養すれば福徳を得ることのできる三つの対象。敬田(三宝)・恩田(父母)・悲田(貧苦者)、または報恩福…