正林寺御住職指導(H27.7月 第138号)
「信仰の寸心を改めて」とは、宗祖日蓮大聖人が『立正安国論』に、
「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国なり、仏国其れ衰へんや。十方は悉く宝土なり、宝土何ぞ壊れんや。国に衰微無く土に破壊無くんば身は是安全にして、心は是禅定ならん。此の詞此の言信ずべく崇むべし。」(御書250)
と仰せられた有名なお言葉であります。
七月は『立正安国論』が御述作された月であり、「信仰の寸心を改めて」とのお言葉について、特に「寸心」の意味を考えてみましょう。
「寸心」とは、ほんの少しの気持ち・自分の気持ちをへりくだっていう語、という意味があります。また世間一般的に「寸心(すんしん)」は「寸志(すんし)」と同じ意味とされています。
「信仰の寸心を改めて」との「寸心」は、改宗以前の御先祖から信仰してきた日蓮正宗以外の信仰への気持ち、入信はしたけれども改宗以前の御先祖が大事にしてきた宗教や宗派に戻った方が良かったのではないかという気持ち、さらに改宗以前の宗教や日蓮正宗でもなく、他の信仰に魅力を感じてしまうことなどです。
この「信仰の寸心を改めて」とは、日蓮正宗に入信すれば、もう信仰の寸心を改める必要はないということにはなりません。
入信後において、一生成仏を確実な仏果とするため、一朝一夕では消滅が難しい過去遠々劫からの罪障消滅のために寸心を改めていくこと、信心させまいとする寸心を改めていく信心修行が不可欠であり、そのための修行として勤行唱題があります。さらにまた寸心を改めていくべきことは、末法における仏祖三宝尊への恩を知り恩を報じていくこと、一生成仏を妨げる三障四魔への対処や十四誹謗を誡めることが自行にはあります。
化他行では折伏が苦手という寸心を改めること、折伏しなくとも自分だけ善ければ良しとする寸心を改めることなど、それぞれの境界において入信後に改めるべき寸心は誰にでもあります。化他行での実践による改めるべき寸心が、一つ一つ確実に改まることで利生得益へとつながります。大聖人は『御講聞書』に、
「今末法は南無妙法蓮華経の七字を弘めて利生得益有るべき時なり。されば此の題目には余事を交へば僻事なるべし。此の妙法の大曼荼羅を身に持ち心に念じ口に唱へ奉るべき時なり。」(御書1818)
と仰せであります。
寸心を改めることは、まずはできるところから、一丈の堀を越えるように月々日々に寸心を改めていくことができれば、一生涯において日蓮正宗に入信した当初とは比較にならないほどの有難い心の財を御本尊から賜ることが叶います。その寸心が改まる形は『立正安国論』の「身は是安全にして、心は是禅定ならん。」と御教示の冥益の姿で顕現されることを確信します。
そのためにも日蓮正宗の信心では信仰の寸心を改めることを常に意識し、実乗の一善である本門戒壇の大御本尊に帰依して精進しましょう。
