親子の関係を信心に関係なく左右させるのが「三惑」です。「三惑」とは、見思惑と塵沙惑と無明惑です。お互いの惑いが、時として親子関係に亀裂を生みます。当然、法統相続における障害になり、親御さんは悩まされる可能性があります。結婚以前に予測し、それに具えて様々な智慧を身に付けている人は稀でありましょう。法統相続では、この障害の解決方法まで子供に相続することが理想的です。しかし、実際問題難しい面があります。結婚して障害にぶつかったときに、はじめて問題に対して真剣に考える姿勢が見受けられます。
この「三惑」を結婚以前、真剣に考えた場合、恋愛結婚で決められない気持ちが生まれるはずですが、信心を知らない多くの人は、感情に流される傾向が強いために目先の欲望に走る姿があります。それが謗法の害毒であります。
具体的に、「三惑」が法統相続において、どのような障害となりうるのか考えていきましょう。
まず、見思惑です。見惑と思惑ですが、親子の価値観の違いは、この見思惑が原因となって、親子の関係を難しくします。親御さんは、子供の見惑と思惑が見えるようになれば、法統相続の支障が小さく済みます。しかし、子供の心の惑いが見えない場合、親御さんは迷い悩むことになります。冷静な気持ちを忘れず、仕事や家事に追われて子供の気持ちが見えなくなることを勤行唱題で払拭させることが大切です。
親子の理解し合える気持ちが養われていれば、親子の異体同心が築け、謗法からくる見思惑に侵されることは防げます。
見惑は身見・辺見・邪見・見取見・戒禁取見という我見です。全ての子供が身に付ける見る物への惑いです。
思惑は貪・瞋・癡・慢・疑といわれる感情的・本能的欲望の惑いです。この見惑と思惑が子供の心を支配しています。親御さんの力では限界があります。正しい仏法を学んび、子育てに必要な力量で対処しなければ子供の教育は難しいでしょう。この迷いにより様々な家庭を作りだします。
次に塵沙惑ですが、年齢を経るごとに、塵のような惑いが子供の心に生まれます。親御さんは、子供の心に生まれる塵沙惑に翻弄されないよう、法統相続を行うことが大事です。翻弄されない精神を養うことで、成仏に近づくことを知ることです。子供の見惑思惑から生まれる塵沙惑は、複雑なものがあります。親御さんが予測しがたいものがあるでしょう。学校などで縁する友達や世の中に氾濫する情報から、子供の心に塵沙惑が生まれます。成長するごとに心に塵が積もっていき、この塵は、毎日の勤行唱題で心の塵を洗い流さなければ、塵も積もって大きな災いを生むこともあります。親御さんは、成長するごとに子供の気持ちに理解できなくなるときもありますが、「忍辱」の精神を忘れず、障害を乗り越え、法統相続を行うことです。子供が、信心に目覚めれば、見思惑や塵沙惑も自行化他の智慧に変化しますので、親御さんの影の支えになります。法統相続では、この点を育てることが大事です。
最後に無明惑です。無明といわれる如く、法統相続において非常に厄介な子供の惑いです。親御さんが知ることの出来ないところで、子供の心の中で惑いが生じています。例を上げれば日頃いい子がある日突然、暴力を振るってきたということは、子供の心の無明惑が因縁で露顕した証拠です。信心をしないために、子供の無明惑に人生を揺さぶられる家族は多いことでしょう。
信心をして御本尊様から智慧を頂かなければ、以上の「三惑」を正しく扱うことが出来ません。寺院での唱題行は法統相続に於ける、子供の「三惑」を明らかに見つめることが出来る大事な修行です。
