私達は「因縁」によって成り立っています。細かく示すと十二の因縁「十二因縁」があります。
日蓮大聖人は『十二因縁御書』に、
「十二因縁とは、無明・行・識・名色(みょうしき)・六入・触(そく)・受・愛・取・有・生・老死」(御書53)
と御教示です。十二因縁とは、三界六道の迷いの因果を無明・行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死の十二種に分けて表わしたものであります。
一、無明とは、過去・無始以来もっている煩悩のこと。
二、行とは、過去の煩悩によって造る善悪の行業のこと。
三、識とは、過去の行業によって現在の母胎に託する心のこと。
四、名色とは、身心が胎内で発育し、六根を形成するまでの五陰をいう。名は受・想・行・識の四陰、色は色陰のこと。
五、六入とは、六根を具足して胎内から出生しようとすること。
六、触とは、幼児の時は苦楽の分別がなく、物に触れて感ずるのみのこと。
七、受とは、やや成長して、苦楽を識別して感受すること。
八、愛とは、事物や異性に愛欲を感ずること。
九、取とは、成人して事物に貪欲すること。
十、有とは、愛・取などの現在の因によって未来世の果を定めること。
十一、生とは、未来世に生を受けること。
十二、老死とは、未来世に老いて死ぬこと。
以上が「十二因縁」の意味になります。
日蓮大聖人は『十二因縁御書』に詳しく御指南であります。
「此の十二因縁をば三世両重の因果と云ふ。初・八・九此の三つは煩悩なり。第二・第十此の二つは業なり。識・名色・六入・触・受・生・老死、此の七つは皆是苦なり。十二因縁とは煩悩・業・苦の三道なり。無明・行の二つは過去の二因なり。識・名色・六入・触・受の五つは現在の五果なり。愛・取・有の三つは現在の三因なり。生・老死の二つは未来の両果なり。身に三つとは殺・盗・婬 苦。口に四つとは悪口・両舌・妄語・綺語(きご)なり 業。意に三つとは貪(とん)・瞋(じん)・癡(癡)煩悩。此の十二因縁を如法に信じ持てば即身成仏疑ひ無し。此の十二因縁より外に仏法無し即ち法華経なりと我が身を知る故なり。是をしらざるは即ち謗法なり」(御書53)
と仰せのように、つまり御本尊様を受持することで、明らかに「十二因縁」を知ることが出来、成仏は疑いないのであります。
私達の心の悩みや迷いは、「十二因縁」が原因であります。日々の勤行唱題に悩みや迷いを解決する方法があり、悪因縁を断つことが出来るのです。
日蓮正宗の寺院で行われる唱題行に解決の道があります。
