日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

因果に応じて受ける報い「因果応報」

 「因果応報」とは、過去における善悪の業に応じて、現在における幸不幸の果報を生じ、現在の業に応じて未来の果報を生ずることです。
 第六十七世日顕上人は「開目抄の御説法」で、
 「善因善果、悪因悪果といって、善いことを行えば善い結果が現れ、悪行は悪果を呼ぶということでありまして、この因果応報の法則を信ずるのが仏弟子でもあり、また、人間の人間らしい姿でもあるわけです。」
と御指南であります。私達、日蓮大聖人の弟子は、当然「因果応報」の法則を信じることです。信心をすれば必ず成仏できるということも、「因果応報」に繋がっていきます。原因と結果に応じた報いが、全てにおいてあるのです。
 インドの釈尊はある日、十大弟子の一人、神通第一の目連に、亡き母の果報についてこういいました。「目連よ、常々よいことをしていれば良い結果が報いられ、悪い種子をまけば悪い実がみのるのです。お前の母は、自分の欲ばかりに目がくらみ、恵みということを知らなかった。だから死んだ後までも欲心にしばられて、そのように苦しまなければならないのです。」といわれ因果応報を説かれています。
 「因果応報」を全く無視した世の中になっております。多くの人は、その場限りの欲望に翻弄され、その先に訪れる結果や報いを考えない人が横行しています。そこに不幸を招く原因結果が厳然とあります。これは末法濁悪の世相であり、信心をしなければ治ることのない心の病です。信心をしないため、更に悪循環を生み、三毒強盛な生命の濁りに、身心が汚染されているのであります。私達は折伏をすることで止めることが出来、三毒という心の汚れの感染を防ぐことが出来るのです。
 勤行唱題により、「因果応報」の生活に於けるあり方を見つめていくことが大事です。その報いとして現当二世である「現世安穏・後生善処」が現実のものとなります。
 「因果応報」の原理を眩惑する働きが、三毒や三惑になります。つまり煩悩であります。因果関係を混乱させ、人生を不幸にさせる根源となります。信心では、この根源を御本尊様から智慧を頂き明らかに見ていき、因果関係を明確にし、三毒や三惑の働きに迷わされることなく人生を歩んでいきます。
 私達は、この世に生を受ければ、必ず四苦八苦を経験します。この世に生まれた原因により、苦しみという結果が生じるのです。苦しみの結果によって応じる報いがあります。信心をすることで、苦しみが根源となる「因果応報」の流れを全て煩悩即菩提させ、智慧に変えていきます。また、勤行唱題で流れを明らかに見つめ、苦しい方向に流れる向きを変え、人生を明るくする薪の役目に利用します。それが煩悩即菩提であります。
 生老病死は、人により苦しみの結果に応じて受ける報いに違いがあります。そこには、更に複雑な因縁果報があり、「十如実相」という法華経だけに説かれる難解な法門があります。しかし、怠ることなく勤行唱題を勤めることで「十如実相」を自然と知ることが出来ます。「十如実相」を知ることで、「因果応報」の流れを明らかに見ることが出来ることになり、唱題行にその道を開く鍵があります。