日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

信心の「心」について

 信心を行う上で、私達の心を集中させることが大事です。何に集中させるかといいますと、「下種三宝」です。日蓮正宗の信心は、私達の心を「下種三宝」に気持ちを集中させることで、成仏できるのです。
 「下種三宝」とは、仏法僧という仏宝・法宝・僧宝です。日蓮正宗では、心を「下種三宝」に信を取ることが大事であります。仏宝が宗祖日蓮大聖人、法宝が本門戒壇の大御本尊、僧宝が第二祖日興上人已来の御歴代上人です。
 私達の世法に染まりやすい心を、貪瞋癡の三毒や三惑に奪われるのではなく、紛動されやすい心を「下種三宝」だけに集中させることです。この気持ちを毎日の勤行唱題で身口意の三業に養います。そこに日蓮大聖人の御精神に通じる御境界が厳然と存在します。
 私達の心は、根無し草で有名な「浮き草」のようなものです。様々な善悪両面に渡る因縁に、心をすぐに左右されます。ここが、末法に生まれた私達の欠点です。信心ではこの欠点と、どの様に向き合っていくかが課題です。勤行唱題の中で、御本尊様から智慧を頂き、「浮き草」のような心に、不退転という根を張り巡らせることが大事です。
 この「浮き草」が、信心をしていない状態を意味しています。多くの人達は、世の中に右往左往している様々な現象に、心が動揺しやすくなっております。この心が動揺するところから、人生の苦しみという四苦八苦などが、痛烈に私達の心を蝕んでいきます。苦しみの術に迷う人は、貪瞋癡の三毒による病に悩まされ、未来に希望の持てない生活を強いられるのです。
 信心では、様々な迷いや悩みが生まれたとき、意識を「下種三宝」に集中させます。つまり、三大秘法の御本尊様に気持ちを完全に向けます。心の動揺が落ち着くまで、御本尊様に向き合うことで、第二の災難を食い止めます。信心をしない人は、第二の災難を招く可能性が非常に強いのです。信心をすることで、二次災害を完全に防ぐことが出来ます。
 正しい仏法から見れば、貪瞋癡の三毒という、貪り・瞋り・癡という命は心の軽い病です。気持ちを乱す要素が多く含まれており、生活自体を脅かします。三毒の正しい処理方法を信心で身に付けなければ、多くの災いに縁したとき、信心しない場合と、信心している場合とでは、厳然と違います。転重軽受の功徳を御本尊様から頂き、最小限に止め、六道輪廻の世界を回避できます。
 心を「下種三宝」に向けることなく、世俗に蔓延る欲望に、本心を奪われると、不幸が押し寄せるのです。人生は欲望に心を向けるか、「下種三宝」に心を向けるかで、その先を大きく二分します。
 日蓮正宗の唱題行は、世俗に氾濫する欲望を擽る因縁に対し、適切な処理を行う非常に大事な修行です。煩悩即菩提という原理によって、心の迷いが「下種三宝」に集中させることで、菩提という成仏する上での大切な智慧に変わります。心の汚れを洗い流し、現実に蠢(うごめ)く悪縁を明らかに見ることが出来るようになるのです。信心をする御本尊様の有り難い御利益です。
 日蓮正宗の寺院に参詣することで、私達の心を定めることが出来ます。