日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

折伏で話術が磨かれる

 信心をしていない人でも、話が上手く話術に勝れている人がいます。末法時代には、邪な能力が勝れ邪智に秀でた人が生まれるときです。邪智に長けている人は、信心から見た場合、「三類の強敵」や「第六天の魔王の眷属」、「悪鬼入其身」した人が、邪智に満ちた話術に長けている人に当てはまります。
 日蓮正宗の信心でいう折伏は、邪智に依る話術を振りかざすものではありません。御本尊様から功徳を頂き「六根清浄」となる、身口意の三業の上から話術を磨いていきます。邪な自分自身の立場を正当化するために弁護をするような、浅はかな話術を身に付けるものではありません。邪智に勝れた話術を身に付けている人は、大概、自己保身のためや名聞名利を磨くものであります。日蓮正宗における話術は、「慈悲心」が根底にあります。
 折伏で話術が磨かれるということは、話し上手になることであり、人見知りをする人や対人恐怖症に悩んでいる人の心を開く道であります。折伏をすることで、人と触れる事への恐怖心を取り除き、人との繋がりが、対話することで楽しさを感じ、同時に話術を磨いていきます。話術を磨くには、特別緊張することではなく、気持ちを落ち着けリラックスした感じが大切です。御本尊様から頂いた「歓喜」の気持ちをもって接していくことです。その土台となるものが「唱題」です。
 折伏する相手の選び方は、気持ちが分かり合える人を選択しましょう。気持ちが全く分からない人とは、話が上手くいかず折伏になりませんし、話しづらくなり先に進みません。また水掛け論や平行線を辿(たど)るだけで、進歩がありません。『報恩抄送文』に、
 「親疎(しんそ)と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ」(御書1037)
と御教示のように、法門といわれる日蓮正宗の仏法を聞き入れそうにない人には、話さない方がよい場合があります。この御書の意味は、妄りに法門を説いてはいけないという御指南と、非常に大切な御法門は、親しい人、疎遠になっている人に関係なく、理解しない人には話していけないということです。
 話術の秘訣は、話すタイミングを見逃さないことです。相手が呼吸をする息付く時が、こちらのペースに持っていくチャンスです。相手の話が途切れる合間と呼吸する時を巧みに活用しましょう。相手の雰囲気やペースに振り回されないことが大事です。相手のペースに入りますと折伏は成就しません。自分のペースに相手の気持ちを持っていくことが大切です。そこに私達の信心を理解してくれる考えが芽生え、同情心が生まれ、相手が信心をしなければいけないと発心するのであり、そこには動執生疑もあります。
 話術で大切なことが、「情熱」と「勢い」です。棒線一方な緩急がなく、心を動かさない口調ではいけません。相手の気持ちが動き感動を覚え、心に一生涯残るような話題を提供することが大事です。そして言動である振る舞いが重要になります。話の内容が素晴らしいものであっても、振る舞いが内容の偉大さを下げるようであっては折伏が成就しません。話術には、振る舞いというジェスチャーも重要な働きをします。
 もし、話しが下手であっても、勤行唱題を怠ることがなければ、御本尊様が自然と話術が上手くなるように導いて下さいます。自信を持って折伏するところに、邪智による話術ではなく、本当の慈悲に満ちた話術が磨かれていきます。