日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

下種三宝の「僧宝」とは

 「僧宝」とは僧の宝であり、日蓮正宗では第二祖日興上人をはじめとする、歴代の御法主上人を「僧宝」と拝し奉ります。「僧宝」を拝し奉ることで師弟相対の信心に徹することが出来ます。「僧宝」には信伏随従が必要です。
 『顕謗法抄』に、
 「仏宝を破るが故に、法宝を破るが故に、僧宝を破るが故に。三宝を破るが故に則ち世間の正見(しょうけん)を破す。世間の正見を破れば○則ち無量無辺阿僧祇(むりょうむへんあそぎ)の罪を得るなり」(御書279)
と御指南のように、「仏宝」と「法宝」は「僧宝」によって現在まで伝えられてきています。広宣流布の暁である未来まで変わることのない日蓮正宗の伝統法義です。
 爾前権教の僧宝は二乗の声聞縁覚と菩薩、永不成仏の二乗・歴劫迂回の菩薩・達磨・法然・弘法等です。法華経迹門の僧宝は、純円一実の菩薩である普賢・文殊です。法華経本門の僧宝は久遠以来、教化されてきた本化の菩薩、久遠元初の結要付嘱所受の人です。つまり、第二祖日興上人已来歴代の御法主上人です。
 日蓮正宗では、釈尊によって久遠以来、教えられてきた本化地涌の菩薩が「僧宝」になります。他宗の「僧宝」は、永い永い年月をかけて釈尊から教えられてきた「僧宝」ではありません。ここが日蓮正宗と他宗の説く「僧宝」の違いです。折伏ではこの「僧宝」の違いを説くことも大事です。
 「僧宝」である僧の宝とは、迷い悩み煩悩を取り去る教えを、余すところなく所持されておられるため僧の宝といいます。人は、物質的な宝を持っていたとしても、心の迷いや悩みがあれば、その宝物の価値を薄めます。やはり、心の迷いや悩みを取り除いてこそ、宝の価値も明らかに見えます。
 「僧宝」を宝にするのは、物質的な宝物の価値を更に明らかに見えるようにする方法を所持されているからです。それが迷いや悩みを取り去るということになります。
 「僧宝」が御所持されておられる宝とは、「即身成仏」の教えを全て所持されています。その教えとなるのが「法宝」と「仏宝」である、本門戒壇の大御本尊様と日蓮大聖人の胸中に秘められた重要な御法門です。これが「血脈相承」です。「僧宝」は「血脈相承」という形で「法宝」と「仏宝」を未来まで正しく伝えていきます。
 つまり、私達の信心はこの「下種三宝」を忘れて成仏はないということになります。そのために「僧宝」を拝し奉ることが信心において大切なのです。
 僧宝観が狂った創価学会の信仰では当然成仏は出来ません。創価教特有の人身操作という利根と通力に翻弄されている人が、未だに創価学会に所属しています。創価学会に所属する人の今現在味わっている幸福感は、命終に必ずむかえる無間の獄の苦痛の厳しさを紛らわせる鎮痛剤です。日蓮正宗が正しいと感じていても、創価学会を脱会しなければ成仏はありません。脱会して日蓮正宗の「下種三宝」を尊崇しなければいけないのであります。
 日蓮大聖人は先の『顕謗法抄』に仰せの如く、正しい三宝を失えば正見を無くし、正見を無くせば無量無辺の罪障をつくると御指南であります。成仏の直道を完全に断つことになり、永く無間地獄の苦しみを味わう結果になります。無間地獄に堕ちる期間は、人間の一生どころではありません。五逆罪よりも長く無間地獄の辛さを経験することになります。
 「下種三宝」における「僧宝」を拝するところに、無間地獄の苦しみを塞ぐことが出来ます。そして幸せな境界を築くことが出来るのです。