五十二年路線の真相
五十二年路線とは、「創価学会が主、宗門は従」という考えをもとに日蓮正宗の支配を画策し、昭和五十二年には、同会に批判的な僧侶に対する吊るし上げを次々と行い、公然と宗門批判・僧侶否定・教義逸脱等を行った一連の指導体制とそれによる大謗法路線を指します。
しかし、このような謗法路線は、日達上人の御叱責と宗門の指摘を受け、その責任をとって池田氏が会長を辞任し収束を向かえるに至りました。
※下の文面をよくお読み下さい。
五十二年路線における創価学会の本質ともいうべき心情が、北條浩(創価学会・第四代会長)が書いた池田大作に対する報告書に残されています。
この文書は、池田大作自身が、「会内にいわゆる『北條文書』などのような感情的な議論のあったことは、まことに申し訳なく思っております」(『聖教新聞』昭和五十五年四月二日一面)
と公に認めたものです。その文書には、
「長期的に見れば、うまくわかれる以外にないと思う。本質は、カソリックとプロテスタントのような違いである。戦術的には、すぐ決裂状態となることは避けて(中略)やる時がきたら、徹底的に斗いたいと思います。」(昭和四十九年六月)と記され、五十二年路線の教義逸脱路線の根底には、宗門からの独立を視野に入れていたことが読みとれます。すなわち、宗門の伝統教義を創価学会の都合の良いように解釈して独自路線を進み、それを宗門が認めなければ独立しようという方針です。
このような謗法路線は第六十六世日達上人の呵責により一旦は挫折したものの、今回の問題の直前には、池田大作は「五〇周年、敗北の最中だ。裏切られ、たたかれ、私は会長を辞めさせられ、ね。もう宗門から散々やられ」(平成二年十一月十六日)などと発言しています。また、学会最高幹部は「十年前は堂々とできなかった。一言も言えなかった。それで失敗しましたんで、今度は堂々とやっている」(森田理事長・平成三年三月十八日・杉並ビクトリー勤行会)と発言しています。
これらの発言をみれば、創価学会が日達上人に示した五十二年路線に対する反省懺悔の姿などはまったくのうそ偽りであって、宗門からの独立の機会を虎視耽々と伺っていたことが明らかです。
つまり、今回起こった問題の根底には、五十二年路線で実現できなかったことを実行に移す目的があり、その口実としての宗門攻撃であることを認識しなければ創価学会の真実の姿は見えません。
52年路線の本質と日達上人の御叱正
第66世日達上人は、
「学会では、『池田会長本仏などということを言った覚えは無い。学会ではそういうことは無い』と、こう言っております。しかしながら考えてみますと、一番初めは昭和50年前後でしたか、『火の国』という小冊子を学会のある一部の人で作った。その本に明らかに『会長が仏様である』ということを述べておりました。又、もっと古くは、最近わかったのですけれども、既に昭和38・9年頃から『会長が仏だ』という話は出ておるんです。(中略)その間に積み重ねてきた教義の間違いというものは、一朝―タに直そうといっても中々できない。だから今この紛争が起きておるんです。」(昭和54年3月31日・大講堂)
と述べられ、52年路線問題の根本は、池田大作自身であると指摘されています。
また、52年路線が具体化したのは昭和47年の正本堂建立の頃であったことを、「昭和47年に正本堂が建立せられた。その直後から非常に学会の態度がおかしくなってきた。大変僧侶も馬鹿にするし、また教義上に於いても非常に変化が多いように思う。そのつど私も種々な時にそれを指摘して、そういうことはいけない、日蓮正宗の教義に違うと指摘してきたつもりでございます。」(昭和53年2月9日・第1回時事懇談会)
と日達上人は示されています。
52年路線問題の収束経緯
創価学会の数々の逸脱行為に対し、宗内僧侶を中心として学会批判の声が全国的に広がり、脱会者が続出しました。池田はこのままでは創価学会の崩壊につながると危惧し、日達上人に謝罪して事態の収束を願い出ました。
そして昭和53年6月30日、創価学会は聖教新聞に「教学上の基本問題について」と題して、教義逸脱に関する訂正文を掲載しました。しかし、その内容は不明瞭で、会長である池田大作の責任を明らかにするものではありませんでした。
さらにこのころ、創価学会による本尊模刻問題が発覚し、同年9月28日、学会は急きょ、7体の模刻本尊を総本山に納めました。
これらのことで、窮地に追い込まれた学会は、同年11月7日、総本山において、幹部2千名による「創価学会創立48周年記念代表幹部会」(通称・お詫び登山)を開催し、謝罪の意を表明しました。
しかし実際には、その逸脱は何ら改められず、宗内から池田大作の責任を問う声があがったため、池田は昭和54年4月24日に創価学会会長を、同月26日には法華講総講頭をそれぞれ辞任しました。
これを受けて日達上人は大慈悲をもって、同年5月3日、本部総会の席上、「創価学会が日蓮正宗の信徒団体としての基本を、今後忠実に守ること」を条件としたうえで、学会問題を収束させる御指南を下されました。
52年路線と現在の創価学会
たとえば、唯授一人の御法主上人を無視した大聖人直結という逸脱教義は、52年路線の際においても使われ、日達上人によりその誤りを指摘され、学会もその御教示にしたがったはずでした。
しかし、今回の問題において、学会は再度直結信仰を持ち出し、日達上人の御指南に違背し、御当代日如上人、御隠尊日顕上人に対しあからさまな誹謗を加える大謗法行為を続けているのです。
時局協議会文書作成班5班
