学会員の主張
法主本仏論
〝法主は大御本尊と不二の尊体である〟という日顕宗の邪説。法主を絶対のものとして礼拝し、信仰せよということ。
(新・教宣ハンドブック14㌻・2004年版)
法華講員の答え
宗門に「法主本仏論」などありませんし、「法主信仰」もありません。創価学会が宗門を誹謗するために捏造した理論です。
学会員の皆さん、あなたの考えは、間違っています。下の文面をよくお読み下さい。
創価学会では、御隠尊日顕上人猊下が、「法主本仏論」を唱え、法主も信仰の対象であるという邪義を展開したと主張しています。(新・教宣14㌻・同上)
しかし、御隠尊日顕上人猊下が、「法主本仏論」などという理論を唱えられたことはありませんし、宗門に「法主本仏論」「法主信仰」もありません。
創価学会の言う「法主信仰」とは、日蓮大聖人よりの唯授一人の血脈を否定し、御法主上人に従うことを邪義であるかのように会員に思わせるために、ねつ造されたスリカエ理論に他なりません。
日蓮正宗における信仰の対象は、「本門戒壇の大御本尊」です。この大御本尊は、日興上人、日目上人と唯授一人血脈付法の御歴代上人によって相伝されています。そして、代々の御法主上人は、この相伝によって本門戒壇の大御本尊の御内証を御書写され、本宗僧俗に御本尊を下付されるのです。
故に大聖人・日興上人以来の唯授一人の血脈相伝によって御本尊を御書写される御立場を「大御本尊と不二の尊体」と申し上げるのであって、これを法主信仰などと言うのは全くの言いがかりにすぎません。
第66世日達上人は、52年当時、創価学会の逸脱に対し、「和歌山県のある地方では『御本尊さえあればよいんだ。血脈なんかいらないんだ』と言って一生懸命に説明して歩いている人がいるそうです。これはどういう考えでしょう。『御本尊さえ』という御本尊様は誰が認(したた)めるんです。当宗では、血脈なくして御本尊様を書写し奉ることはできない。もし血脈など要らないというのならば身延の人が書いた本尊でもよい、誰が書いてもよいではないか。」(日達上人全集2・7・165)
と厳しく指弾されました。
現在の創価学会は、このような御指南を全く忘れ去り、信仰の対象となりえない無血脈のニセ本尊を配布するのみならず、御法主上人の御本尊御書写に関する血脈相伝の深義を「法主本仏論」などと誹謗し、大聖人以来の本尊義を否定していることを知るべきです。
【御隠尊日顕上人猊下御講義】
創価学会が、根拠としている御隠尊日顕上人の御講義とは、
「たしかに本宗信徒の立場からは、歴代法主の内証を大聖人様と拝することが、信仰上、大切でありますが、そこには三宝における内証と外用等の甚深の立て分け、筋道があるのです。(中略)しかし、それと学会が論難する『法主即大聖人』や『法主本仏』などとは、筋道も意義も異なるのであり、そのようなことは全く宗門には存在しておりません。存在していないにもかかわらず、さも存在している如く誣告するのが、創価学会の卑劣なやり方であります。」(仏法破壊の邪叢を粉砕す245)
という箇所です。そして、傍線の部分が学会が根拠として教宣ハンドブックに掲載している部分です。この御講義の中で、御隠尊日顕上人は、歴代法主の内証を大聖人様と拝することが大切なことであると御指南されていますが、そこには三宝における内証と外用等の甚深の立て分け、筋道があり、けして法主本仏論のような教えは存在しないことを明言されています。
それを自分達に都合のいい部分だけを切り文にし、続きの部分を隠して会員を欺いているのです。この御講義が、創価学会のいう「法主本仏論」の文証になり得ないことは明白です。
【御法主上人の御内証】
創価学会の過去の指導を以下に挙げます。創価学会第二代会長戸田城聖氏は、
「また御法主上人は唯授一人、六十四代のあいだを、私どもに、もったいなくも師匠として大聖人様そのままの御内証を伝えておられるのです。」(戸田城聖全集4-399)
と述べ、また、
「法水瀉瓶というのは、ここに二つの茶碗が、どんな形に変わっても、このなかの水を瀉せば中の水は変わらないのであります。ですから、代々の御法主上人は、お人によって、いろいろとお姿は違うのでありますが、日蓮大聖人の法水が、そのまま変わりなく移されているのであります。」(戸田城聖全集5-439)
と指導していました。池田大作氏は、
「本宗における厳粛なる法水瀉瓶唯授一人の血脈は、法灯連綿と、代々の御法主上人に受け継がれて、今日に至っております。あくまでも、御本仏は、日蓮大聖人様であらせられ、唯我与我の御法主上人のご内証を、大聖人と拝すべきなのであります。」(大白蓮華 昭和54年6月号16㌻)と指導していました。
【御本尊書写の大事】
日蓮大聖人の御内証は本門戒壇の大御本尊とともに代々の御法主上人が「法体相承」されています。
ゆえに、日興上人が残された『御本尊七箇之相承』には、
「日蓮在御判と嫡嫡代代と書くべしとの給う事如何。師の日わく、深秘なり、代代の聖人悉く日蓮なりと申す意なり」(聖典379)
と御指南であり、『本因妙抄』には、
「血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承唯授一人の血脈なり。」(新編1684)
とお示しなのです。
したがって、唯授一人の血脈と御本尊の大事は一体不二なるものであって、これを分けて論ずることはできません。
よって、また第56世日応上人は、
「この金口の血脈こそ、宗祖の法魂を写し本尊の極意を伝ふるものなり。これを真の唯授一人と云ふ」(弁惑観心抄219)
と仰せなのです。
御本尊は宗祖大聖人の法魂であり、その法魂を唯授一人の相承によって写し奉るのですから、唯授一人の血脈を否定する者は、日寛上人を含めた御歴代上人御書写の御本尊をも否定することになるのです。
創価学会が「法主本仏論」などと宗門を誹謗するのは、破門されて血脈が断絶したことをごまかし、ニセ本尊配布などを正当化するための詭弁に他なりません。
あなたは、一日も早く宗祖大聖人の正しい教えに基づく信心に目覚めるべきです。
※「5.その他の邪義について」を参照下さい
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