正林寺御住職指導(R8.3月 第266号)
宗祖日蓮大聖人は『秋元殿御返事』に「三月三日は法の一字のまつりなり」(御書334)と仰せであります3月には、春季彼岸会があり春分の日となります。
その春分の日、秋にも秋分の日があります。この春分と秋分の日は、もともと宮中祭祀「皇霊祭」に由来しております。戦後に「先祖をうやまい偲ぶ日」として祝日化されました。
仏教の彼岸会も同じ春分・秋分を中日とする七日間の法会で、此岸(迷い)と彼岸(悟り)の転換点とされます。宗教的体系は異なりますが、両者は「同じ日取り・先祖を偲ぶ」という点で重なり、今日の「お彼岸」習俗につながっております。
世法的な彼岸会の起源は延暦25年(806年)の『日本後紀』にあり、崇道天皇の怨霊鎮魂のための国家的読経行事が始まりです。その後、六波羅蜜の修行行事として発展し、江戸時代には檀家制度と祖霊信仰が融合して「お墓参り・先祖供養」の行事として庶民に定着しました。
三時弘教の次第から末法にあるべき真の先祖供養とは、形式的に手を合わせるだけではありません。日蓮正宗では、三大秘法の御本尊に妙法蓮華経の御題目を唱える振る舞いこそが、先祖の精霊を真に成仏へと導く唯一の法門であります。
宗祖日蓮大聖人は『立正安国論』に、
「主人悦(よろこ)んで曰く、鳩化(はとけ)して鷹(たか)と為り、雀(すずめ)変じて蛤(はまぐり)と為る。悦ばしいかな、汝欄室(らんしつ)の友に交はりて麻畝(まほ)の性(しょう)と成る」(御書248)
と仰せであります。富山の蘭室の友に交わるための大事な立正安国の御精神であり、「春分の日、鷹化して鳩と為る」とは、彼岸会である春分と秋分の日も憶持不忘の心がけで精霊を追善供養申し上げるようにとの御指南と拝信いたします。
まさしく、総本山第二十六世日寛上人は『立正安国論愚記』に、
「珠林四十三 十二に云く『春分の日、鷹化して鳩と為る。秋分の日、鳩化して鷹と為る。時の化なり』」(御書文段46)
と御教示であります。三月の春分の日となる春季彼岸会においても日蓮大聖人の『立正安国論』に説かれる「立正安国」の御精神を忘れることのないよう、日寛上人の御指南であると拝し奉ります。
また、彼岸会は秋季にもあるため九月の彼岸会にも「立正安国」の意義を心肝に染めるために、大切でありますとの意味からであります。
『安国論愚記』の「珠林」とは、『法苑珠林』という唐代の僧・道世が編纂した仏教類書(主題別要文集)で、全百巻から成る大部の文献であります。
春分の日・秋分の日と彼岸会── 先祖供養の根源を尋ねて ──
春の彼岸が近づくと、私たちは墓前に手を合わせ、先祖への感謝を捧げます。この「お彼岸」という行事は日本人にとって身近なものですが、そもそも春分の日・秋分の日がなぜ先祖を偲ぶ日とされているのか、その深い由来についてご存じでしょうか。今回はその起源を尋ねながら、日蓮正宗の信仰における先祖供養の意義について共に考えてまいりましょう。
一、春分・秋分の日の由来
春分の日と秋分の日は、もともと宮中の大祭「春季皇霊祭」「秋季皇霊祭」に対応する日です。皇霊殿において歴代天皇・皇族の御霊をお祀りするこの大祭は、まさに「先祖を敬い偲ぶ」という趣旨を持つ宮中祭祀でした。戦前は皇霊祭そのものが法定の公休日でしたが、戦後の祝日法により「春分の日」「秋分の日」という名称に改められ、「先祖をうやまい、亡くなった人々をしのぶ日」として国民の祝日に位置づけられています。
一方、仏教側の「彼岸会」は、春分・秋分を中日として前後三日を合わせた七日間に営まれる法会です。昼夜の長さがほぼ等しくなるこの節目は、古来より此岸(迷いの世界)と彼岸(悟りの世界)の象徴的な転換点と見なされてきました。皇室の皇霊祭と仏教の彼岸会は、宗教的な体系こそ異なりますが、「春分・秋分という同じ日取り」に「先祖を祀り偲ぶ」という点で深く重なり合っており、それが今日の国民的な「お彼岸」習俗へとつながっているのです。
二、彼岸会の仏教的起源
彼岸会の起源については諸説あり、「聖徳太子の時代にさかのぼる」説が古く、平安初期・延暦二十五年(八〇六年)に記された『日本後紀』に求められます。崇道天皇(早良親王)の怨霊を鎮めるため、春分・秋分を中心とする前後七日間に『金剛般若波羅蜜多経』を読誦する行事が命じられました。太政官から五畿内七道諸国の国分寺の僧に対して毎年この読経が義務付けられ、これが仏教行事としての彼岸会の最初の記録とされています。
この段階では「怨霊・御霊の鎮魂」と国家的安泰祈願が主な趣旨でした。その後、平安中期から中世にかけて、六波羅蜜の実践を通じて悟りの彼岸に到ることを目指す仏教本来の修行観念と結びつき、寺院を中心とした恒例行事として定着していきます。さらに江戸時代には、檀家制度の確立とともに日本古来の祖霊信仰・先祖祭祀と融合し、「自らの修行・功徳を亡き人に回向する」という形で「お彼岸=お墓参り・先祖供養」という理解が庶民に広く浸透しました。
三、日蓮正宗における真の先祖供養
日蓮大聖人は『薬王品得意抄』に、
「生死の大海には爾前の経は或は筏(いかだ)或は小船なり、生死の此岸より生死の彼岸には付くと雖も生死の大海を渡り極楽の彼岸にはとつきがたし」(御書350)
と仰せられ、本当の彼岸に到達できるのは大聖人の仏法、大御本尊の大船でなければならないと御教示であります。
真の先祖供養とは、ただ形式的に手を合わせるだけではありません。日蓮正宗では、妙法蓮華経の御題目こそが、先祖の精霊を真に成仏へと導く唯一の法門であると教えられています。御本尊を拝し奉り、南無妙法蓮華経と唱えることでいただく功徳は、三世(過去・現在・未来)にわたり、亡き先祖にも回向される仏法と申す道理があります。
春分・秋分という昼夜等分の節目は、此岸と彼岸が最も近づく象徴的な時です。この彼岸の期間に先祖のために真剣に御題目を唱え、当宗の化儀による御塔婆を立てて供養を捧げることは、大聖人の御遺命にもかない、先祖への最も深い報恩となります。また同時に、自らの信心を見つめ直す絶好の機会ともなります。
最後に、春分の日・秋分の日の起源を辿ると、聖徳太子の時代、そして宮中の皇霊祭から仏教の彼岸会まで、時代と形を超えて「先祖を敬い偲ぶ」という人としての根源的な心が脈打っていることがわかります。日蓮正宗の法華講衆として、この彼岸の佳節に改めて御本尊への信仰を深め、唱題と御供養を通じて先祖への真の報恩行に励んでまいりましょう。さらに常盆常彼岸との追善供養を実践させていただくために、毎日の朝夕の勤行を年間実践テーマ「①真剣な勤行・唱題で折伏実践」とある「真剣な勤行」になります。
その先に、「冬は必ず春となる」との御金言のごとく、妙法の功徳は必ず現れます。今生において妙法に縁し得たことを喜びとし、先祖・後代のためにも折伏弘教に励んでまいりましょう。
宗祖日蓮大聖人『阿仏房尼御前御返事』に曰く、
「法華経を 持ち 信ずれども、誠に 色心相応の 信者、 能持此経の 行者はまれなり。此等の 人は 介爾ばかりの 謗法はあれども、 深重の 罪を 受くる 事はなし。
信心はつよく、 謗法はよはき 故なり。大水を 以て 小火を 消すが 如し。」
(御書905)

