正林寺御住職指導(R8.4月 第267号)
宗祖日蓮大聖人『如説修行抄』に曰く、
「法華折伏破権門理の金言なれば、終に権教権門の輩を一人もなくせ(攻)めを(落)として法王の家人となし、天下万民諸乗一仏乗と成りて妙法独りはむ(繁)昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱へ奉らば、吹く風枝をならさず、雨土くれをくだ(砕)かず、代はぎのう(義農)の世となりて、今生には不祥の災難を払ひて長生の術を得、人法共に不老不死の理(ことわり)顕はれん時を各々御らん(覧)ぜよ、現世安穏の証文疑ひ有るべからざる者なり」(御書671)
団結行動の年であります4月と9月は「折伏強化月間」になります。
折伏とは全世界の人々を災難と苦悩の人生から救うところの尊い慈悲の行為です。この世の災難の根本原因は、人々が邪宗邪義を信じて、正しい仏法を誹謗することにあります。日蓮大聖人はこれを解決するための方法を『立正安国論』に、
「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ」(御書250)
と仰せられ、さらに、
「須く国中の謗法を断つべし」(御書247)
と善を勧め悪を誡められているように、謗法が国土や人の心を破壊する根本原因であることを教え、人々を法華真実の正法に帰依せしめなければなりません。これが立正安国の原理であり折伏であります。
折伏成就の果報として、世界中の人々がすべて正法に帰依されて妙法独り繁栄する時、万民一同が総本山大石寺へ登山参詣され本門戒壇の大御本尊に南無妙法蓮華経と唱え奉るのであれば、吹く風は枝をならさず、線状降水帯が生じて雨土くれを砕くようなことは起こらずに、正法流布の時代はぎのう(義農)の世となりて、今生には不祥の災難を払い長寿の術を果報として得られ、人法共に不老不死の道理的にも確立された現証が顕れることを各自が現実を確認して、現世安穏の証文は疑いないことを確信できる境界の者(日蓮正宗の僧俗)となります。
大聖人は『百六箇抄』に、
「日蓮は折伏を本とし摂受を迹と定む。法華折伏破権門理とは是なり。」(御書1700)
と折伏は末法の大切な修行であることを仰せであります。
折伏には三つの大事な意義があります。
一に、仏様から与えられた尊い使命。
二に、最善の仏道修行。
三に、仏祖三宝尊への最高の報恩行。
以上の三つが折伏の意義です。折伏には「使命」「修行」「報恩」という大事な意義を心がけて行ずることが大切であります。
折伏にあたり肝心なことは自行の唱題です。唱題をしていくなかに、折伏の使命が涌いてきます。唱題が唱題だけに終わらず、唱題と折伏を合わせた自行化他にわたる唱題を行うことが大事です。
まさに、大聖人は『三大秘法稟承事』に、
「末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(御書1594)
と御指南であります。さらに第二十六世日寛上人は『観心本尊抄文段』に、
「自行若し満つれば必ず化他あり」(御書文段219)
と御教示であります。
釈尊の出世の本懐である法華経には、大事な精神が説かれています。天台大師は、
「法華は折伏して権門の理を破す」(玄義会本下 502)
と釈されています。権門というのは、権りの教えということで爾前権経のことです。
つまり、法華経の精神、法華経の思想そのものが折伏にあります。この折伏とは、一切衆生を救済する、すべての人たちを幸せにしていく慈悲行になります。そのような意味から法華経の精神とは、すべてを救っていくことなのであります。
これは法華経そのものであります。仏様の出世の本懐そのものがそこにあるわけです。仏様は何のために出現せられたかと言えば、これは一切衆生を救済するためなのです。仏様は、自分の自己満足のために世に出て法をお説きあそばされたのではありません。
開示悟入の四仏知見ということがあります。仏様は一切衆生を救っていくというお命をもってこの世に出現せられたわけです。
つまり、衆生を救っていくということは何かと言えば、それは今で言えば折伏であります。ですから法華経の精神は、仏様がまさになされようとしたこのお命と全く同じであります。よって「法華は折伏して権門の理を破す」と、このように仰せられているわけであります。
4月は折伏強化月間になりますが、大聖人は『御義口伝』に、
「勧とは化他、持とは自行なり。南無妙法蓮華経は自行化他に亘るなり。今日蓮等の類南無妙法蓮華経を勧めて持たしむるなり。」(御書1760)
と、日蓮正宗の信心では自ら御本尊を持ち、世界の平和のために南無妙法蓮華経の御題目を勧めて弘めていく姿勢が、自他共に幸福となる方法であります。
御法主日如上人猊下は、第68世の嗣法を第67世日顕上人より拝受あそばされた20年前の法華講夏期講習会におかせられ、「折伏要文」の御講義を賜りました。
折伏強化月間にあたりまして、折伏要文を折伏指針として取り組むことが肝要です。日蓮正宗の折伏は、創価学会や冨士大石寺顕正会が行う折伏亜流とは大いに異なります。
「法華折伏 破権門理」について、御法主日如上人猊下は、
「『上野殿御返事』には、
『爾前経にいかやうに成仏ありともと(説)け、権宗の人々無量にい(言)ひくる(狂)ふとも、たゞほうろく(焙烙)千につち(槌)一つなるべし。『法華折伏破権門理』とはこれなり』(御書1359)
と仰せであります。
〝焙烙〟とは、平たい素焼きの土鍋のことで、食品を蒸し焼きにしたり、炒ったりするのに用いる器であります。また「槌」とは、物を打ちたたく道具、木槌のことであります。
つまり、爾前権経に、いかに成仏があると説かれていようが、また爾前権経の人々がどんなに成仏ができると言い張ったとしても、それは千個の焙烙も、一つの木槌でたたけば簡単にすべてが割れてしまうように、爾前権経の教えというのは、法華経の強力な力に比べれば、全く相手にならないということであります。
すなわち、爾前権経を依経とした邪義邪宗がいかに多くあったとしても、真実経である法華経の前では、一つの木槌が千個の焙烙を簡単に割るように、すべて打ち砕くことができると仰せられているのであります。
今、日本乃至世界の状況を見ますと、末法濁悪の世相そのままに、極めて不安定な様相を呈しておりますが、かかる時こそ、私どもは一人ひとりが、ただいまの御教示をしっかりと心肝に染めて、断固・決然として破邪顕正の大折伏戦を展開し、妙法広布に励むことが、最も肝要であります。
まさに折伏こそ、三世の闇を照らす光明であり、末法の衆生救済の大業であります。今、その折伏を行ずることは、まさしく、私どもに与えられた最も大事な使命であり、責務であります。
されば私ども一同、異体同心・一致団結して講中の総力を結集し、一天広布を目指して折伏を実践する。すなわち、これこそ今、私どもがなすべき最も大事なことであります。」(大日蓮 第961号 R8.3)
と、広布唱題会の砌に御指南あそばされました。
最後に正林寺支部講中では、僧俗一致して講頭さん中心に計画された折伏強化に精進しましょう。まずは、異体同心して歓喜の唱題から明るく元気に折伏は挨拶からはじめましょう。
宗祖日蓮大聖人『曾谷入道殿許御書』に曰く、
「 仏の 滅後に 於て 三時 有り。
正像 二千余年には 猶 下種の 者 有り。
例せば 在世 四十余年の 如し。
根機を 知らずんば 左右 無く 実経を 与ふべからず。
今は 既に 末法に 入って、
在世の 結縁の 者は 漸々に 衰微して、
権実の 二機 皆 悉く 尽きぬ。
彼の 不軽菩薩、 末世に 出現して 毒鼓を 撃たしむるの 時なり。」(御書778)

