日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

「聞く」と「聴く」の違い

正林寺御住職指導(R8.7月 第270号)

 

 令和8年の法華講講習会が、総本山において5月と6月に開催されました。講習会の様子が大白法(第1176号 R8.7.1)に、総監様・各部長様の御指導をはじめ、1・2時限の講習会が開催された貴重な講習内容が掲載されております。講習会へ参加された講員さんは、後半戦に向けて講習会で賜った日蓮大聖人の御教えを心肝に染めて折伏に取り組み、参加されていない講員さんは、大白法の講習内容を熟読されて、団結行動されますことを期待いたします。
 さらに、7月には法統相続を目的とされた少年部大会と中等部・高等部・学生部研修会が開催される予定であります。各部研修会の申込は、7月15日までになります。予定の調整が学校や部活との関係で難しい面もあるかと存じます。寺院外護の上からの令法久住と絶対的幸福をいただくための仏道修行ですから、参加させていただけるように努力精進しましょう。
 講習会や各部研修会等は「聴聞」の大切な機会になります。

 さて、「聞く」と「聴く」の違いとは、「聞く」が門の隙間から音が入ってくるイメージで、受動的に聞くことになります。もう一方の「聴く」は、「耳」+「十+目(四)+心」の字で構成され、十四誹謗の心を誡める耳で聞く意味があると拝します。耳と心と目を総動員して全身で聞くイメージが「聴く」になり、能動的に聴くことです。字の成り立ちそのものが、「聴く」の深さを表しています。
 また「聞く」と「聴く」の違いには、聞くが音や声が自然に耳に入ってくること。意図せずとも耳に届く受動的な状態。聴くは、注意を向け心を傾けて聴くこと。相手の言葉を受け止めようとする能動的な姿勢を意味します。同じ発音の言葉でも漢字に表せば意味が大きく異なります。
 さらに意味の異なりとして、たとえば廊下で話し声が聞こえるという場合、「聞く」になり、法話を聴く場合は、「聴く」になります。仏法の文脈では「聴聞」という言葉がありますように、御法主上人猊下の御指南や総本山での講習会などは「聴く」姿勢、ただ耳に通すのではなく、心で受け止め実践につなげる姿勢が大切になります。
 総本山第26世日寛上人の『六巻抄』には『三重秘伝抄』があり、そのなかに「一念三千の法門は聞き難きを示すとは」という甚深の教えがあります。その箇所に「能聴」という能く聴くことについての御教示があり、
「豈聞法の難きに非ずや。聞法すら尚爾なり、況んや信受せんをや。応に知るべし『能く聴く』とは是れ信受の義なり、若し信受せずんば何ぞ『能く聴く』と云わんや」(六巻抄6)
と、能く聴く「能聴」とは信受の義であることを御指南あそばされております。
 日蓮大聖人は『椎地四郎殿御書』に、
「此の経を一文一句なりとも聴聞(ちようもん)して神(たましい)にそめん人は、生死の大海を渡るべき船なるべし」(御書1555)
と仰せであります。たとえ一文一句であっても、それを聴聞し、神(たましい)である心肝に染めるように信受した人は、生死の大海を渡る船を得たに等しいとの御教示であります。量の多さではなく、いかに深く心肝に染めるかが肝要であることを、この御文から拝することができます。

 講習会や各部研修会は、まさにこの「聴聞」を実践する絶好の機会であります。御法主日如上人猊下の御指南、また御法門の一言一句を「能聴」の姿勢をもって受け止め、信受し、我が身の実践へとつなげていくところに、真の仏道修行があります。

 本年「団結行動の年」の後半戦を迎えるにあたり、参加された講員さんはその聴聞を心肝に染めて折伏誓願達成に向けて前進し、やむを得ず参加が叶わなかった講員さんも大白法等を通じて御指導や御講義を熟読して、共に「聴く」姿勢を新たにしてまいりましょう。一人ひとりが「能聴」の心をもって御指導等を信受するところに、僧俗一致・異体同心の団結が築かれ、生死の大海を渡る確かな船が、講中一結の力となって現れてまいります。
 夏の折伏戦、そして後半戦の勝利へ向けて、共々に精進してまいりましょう。

 御法主日如上人猊下は、
「私どもは、末法の御本仏日蓮大聖人様の大慈大悲によって、煩悩と業と苦に苦しむ我が身を、永遠の覚りの仏身を開き、一生成仏の道を歩ませていただいております。
 されば、私達は、どのようにすれば、この仏祖三宝尊の広大なる御恩に報いることができるのか。
 総本山第二十六世日寛上人は、三宝の御恩に報いる道は、折伏を行ずることであると仰せであります。すなわち『報恩抄文段』に、
『邪法を退治するは即ちこれ報恩(中略)正法を弘通するは即ちこれ謝徳(中略)謂く、身命を惜しまず邪法を退治し、正法を弘通すれば、即ち一切の恩として報ぜざること莫きが故なり』(御書文段384)
と御教示あそばされています。
 この御指南の如く、まさに折伏こそが、三宝の恩をはじめとする四恩、すなわち、父母の恩、衆生の恩、国王の恩、三宝の恩に報いるための最善の報恩行であると仰せられているのであります。」(大日蓮 第965号 R8.7)
と御指南あそばされております。

 最後に、7月の唱題行がはじまりました。唱題を基本とした折伏行を心得て、『立正安国論』御奉呈の月でもあり、正を立てて国を安んずる日蓮大聖人の御教えを伝え弘めて、「聞く」と「聴く」の違いを教えてまいりましょう。

 

宗祖日蓮大聖人『聖人知三世事』に曰く、

「後五百歳ごごひゃくさいには 誰人たれびともっ法華経ほけきょう行者ぎょうじゃこれるべきや。
いま智慧ちえしんぜず。 しかりと いえど自他じた返逆ほんぎゃく侵逼しんぴつこれもっしんず。
へて 他人たにんためにするに あらず。 また 弟子でし これ存知ぞんちせよ。
日蓮にちれんこれ 法華経ほけきょう行者ぎょうじゃなり。 不軽ふきょうあと紹継しょうけいするの ゆえに。
軽毀きょうきする ひとこうべ 七分しちぶんれ、 しんずる ものふく安明あんみょうまん。」(御書748)