正林寺御住職指導(H22.4月 第75号)
現代はたしかに忙しい時代です。忙しくて時間がないと感じている人には、目まぐるしく、時間に追われるように生活しているのが現実です。これは、誰もが現代社会の中でよりよい生活を求め、社会のスピードに遅れまいとする心の表れといえます。
しかし、どんなに忙しい人でもまったく睡眠をとらないわけではないでしょうし、食事の時間や新聞を読む時間ぐらいはあるはずです。たいていの人は「忙しい忙しい」といいながら、友だちとのおしゃべりや晩酌、テレビなどで一時間や二時間を費やしているのではないでしょうか。
これは本当に時間がないのではなく、心にゆとりがないということであり、忙しいと感ずるかどうかは、その人の身体と心の許容量の問題であるといえましょう。
ですから「時間はできるものではない、時間は自ら作るものだ」という言葉も、自分自身の心にゆとりを持つことを教えているのです。
もし、身心の許容量が小さく、通常の生活で精一杯の人や、仕事と家庭以外には手が回らないという人がいたならば、このような人こそ仏法によって色心(肉体と精神)両面を錬磨し、力強い生命力と豊かな人間性をとり戻す必要があります。
また、もし本当に寝る時間もないほど忙しい人がいるならば、その人は自分の苦労や努力がはたして正しい方向にすすんでいるのかどうかを振り返るべきです。せっかく身を粉にして努力しているのに、正しい人生設計も明確な目的も持たないならば、「骨折り損のくたびれ儲け」になってしまいます。
仏法は人間としてもっとも大切な大目的を教え、人生のもっとも正しいあり方、考え方を説き示したものです。
正しい教えと正しい信仰によって、人生の苦労や努力が実ります。忙しい人ほど日蓮大聖人の仏法を人生の根本の指針とする正しい信仰が必要です。
