正林寺御住職指導(H24.4月 第99号)
身口意の三業にわたる信心に本当の功徳を積むことができ成仏します。
身口意の三業とは身業・口業・意業の三つをいい、人間の行為を身・口・意志の三種に分類したものです。業とは行為・造作の義で、善悪にわたる行為そのものだけでなく、その行為の余力としての習慣力が含まれます。人の行為経験は、いかなるものでもそのまま消滅することなく必ずその余力を残し、それは知能・性格などの素質として保存・蓄積されます。
故に身業とは動作や振る舞いに現れること、口業とは言葉に表現されること、意業とは心に思う思慮分別のことをいいます。
特に信心修行において毎日の勤行唱題や折伏では、きちんと身口意の三業にわたり信心が勤められているか、自宅の御本尊に対するお給仕の姿勢などを常に確認することで功徳を積み一生成仏には大事です。
日蓮大聖人は『土篭御書』に、
「法華経を余人のよみ候は、口ばかりことばばかりはよめども心はよまず、心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ。」(御書483)
と身口意の三業に怠りなく法華経を読むことが貴いことであると仰せです。末法は自行化他にわたって身口意の三業に法華経を読むことが大事です。つまり、勤行唱題をして折伏することです。
大聖人の御書や御法主上人猊下の御指南を口ばかり言葉だけで読み、読んだつもりになるのではなく心肝に染めて、さらに身で読む動作・振る舞いにまで読むことができるようにすることが身口意の三業にわたる本当の信心です。また身口意の三業が貪瞋癡の三毒から生じる遊戯雑談に生活が乱されないよう誡めることも貴い信心になります。
