日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

謗法と同座すべからず、与同罪を恐るべき事

正林寺御住職指導(R2.5月 第196号)  

 

 令和時代になり一年が経過しました。平成時代と異なる新たな歴史が刻まれていきますが、令和時代では東京オリンピックが期待されています。しかし、新型コロナウイルス感染症により世の中を震撼させることを、誰が一年前に予期されたでしょう。
 宗祖日蓮大聖人は『立正安国論』を述作なされ、すでに七百数十年前から警告あそばされていました。釈尊が説かれた法華経を尊崇し、総本山に在す本門戒壇の大御本尊広宣流布の根源としなければ三世間は浄化されず、疫病が蔓延ることは仏法の上から当然の理であります。
 邪宗邪義を信じ、未顕真実である余経を重んじて、法華経を尊崇しない歴史は、大聖人滅後も変わることなく、依正不二の原理により、今から約百年前の大正時代(1918年)にも「スペイン風邪」が流行し、1918~20年(T7~9)にかけて多くの感染者と尊い命を失いました。その時にも残念ながら解決策を他方面に求め、法華経を心のより所とした祈りは爪上の土の如く稀であったために、終息まで数年かかりました。
 百年前の様子を当時大学頭であられ、後の総本山第58世日柱上人は「御書の明鏡」との御言葉に、貴重な当時の様子と、スペイン風邪流行の原因を御書に照らし省みるべきことを心から願われ、御指南あそばされました。
 疫病であるスペイン風邪や新型コロナも仏法の視点から邪宗邪義が原因となり法華経を軽視した正法誹謗の現証であり因果応報であります。
 大聖人は『日女御前御返事』に、
「今日本国の疫病は総罰なり。」(御書1233)
と、総罰であることを御指南であります。改めて「立正安国」の実現に向けて折伏の重要性を認識する必要があり、宗祖日蓮大聖人御聖誕800年までには終息してお迎えさせて頂けるように精進することであります。

 令和時代の今、日本国内では新型コロナウイルスの感染症拡大を防ぐため行動の自粛が求められています。衛生面と清潔感を保つため手洗いや咳エチケットなどを心がけて感染拡大の防止に努めましょう。日々、御本尊への勤行唱題を習慣として、末法の法華経を尊崇申し上げる祈りが大切です。行動自粛中でも終息を早めるためにも、折伏への意識を忘れてはいけません。
 折伏への意識は、特に唱題中、折伏対象の方を思い、具体的に御授戒や勧誡までに至る流れをシミュレーションすることが大事です。折伏で必要な事柄を着実に事前準備して実践に臨めるようにする準備期間でもあり、入信後の育成も想定した準備が必要です。

 また生活においても長期化すると経済的な打撃は回避できません。非常に厳しい現実に直面しております。まさに死活問題です。忍辱の鎧を着て忍ぶ時であります。その時の心得として大聖人は『四条金吾殿御返事』に、
「いかなる乞食にはなるとも法華経にきずをつけ給ふべからず。」(御書1162)
との御指南を心肝に染めて、さらに第26世日寛上人は『松任治兵衛殿御返事』に、 
「かならず、かならず身のまづしきことをなげくべからず。ただ信心のまづしき事をなげくべけれ」(金沢法難を尋ねて P84)
との御教示を拝して御本尊への唱題を心がけることが大事であります。
 生活していくためには仕事をしてお金が必要ですが、もし突然、私達は怪我や病気をした場合、衛生面でも安全に安心な治療を受診できるためにも、大事な医療従事者を守り医療・介護崩壊を防ぐため行政による苦渋の断行であると理解しなければなりません。
 私達も協力してできるところから感染症防止のための行動を心がけましょう。

 心がけとして集団(クラスター)発生を防止するため「三つの密」を避けることが大切です。

①換気の悪い密閉空間

②多数が集まる密集場所

③間近で会話や発声をする密接場面

 日頃の生活の中で三つの「密」が重ならないように工夫することです。
 また共同で使う物品には消毒などを行うことも必要です。不要不急の外出を控えて、もし急用で外出する時には人との距離をとる「ソーシャルディスタンス」が必要です。

 末寺への参詣は、三つの密を回避するため、総本山からの感染予防対策のもとに積極的な参詣自粛を促しております。もし葬儀、法事、御授戒等の個々の願い出により参詣される場合には、マスクの着用などの予防対策をお願いいたします。
 参詣自粛の定義は、参詣の休止、もしくは本堂への立ち入りを禁じたものではありません。罹患しないために、体調の優れない方、感染が心配な方、遠方からの参詣等は、信心強盛な方でも無理せず控えていただくよう御信徒の安全と健康を考慮して、未来広布につなげるためとの大切な趣旨があります。

 長年の習慣と異なる困難な生活が強いられますが、これも仏道修行と心得て生活することです。

 人との距離をとる「ソーシャルディスタンス」を意識して行動することは慣れるまで時が必要です。信心の上から「ソーシャルディスタンス」をこのように考えてみるのはどうでしょう。
 山法山規の規範である第2祖日興上人の『日興遺誡置文』に、
「謗法と同座すべからず、与同罪を恐るべき事。」(御書1885)
という教えがあります。感染症を回避するためには「同座すべからず」を意識することにより「ソーシャルディスタンス」を保つことになります。もし、同座すれば「与同罪を恐るべき事」になり罪障として感染リスクがあります。
 この遺誡置文を身口意の三業にわたり実践することで、
「ソーシャルディスタンス」を意識して行動することができるでしょう。謗法厳誡への意識をさらに強く堅持することで可能になります。同時に十四誹謗を意識することも大事であります。
 この遺誡置文を日達上人は解釈あそばされて、
「謗法を折伏する宗でありながら謗法と同座すれば、謗法を認めることとなるから与同罪を蒙るのである。同座は禁物である。」(日達上人全集 第1輯4巻502)
と御指南であります。
 本来は謗法の与同罪を誡めるための遺誡置文ですが、日興上人は未来を見据えられて、正法誹謗が起因し愚癡から起こる疫病の感染症予防への警鐘ともなる遺誡置文と拝します。
 特に、国内だけでなく世界広布において、衛生面で不安要素が残る国々においては、より一層「謗法と同座すべからず、与同罪を恐るべき事。」の厳密性が求められることは感染防止の上で必要不可欠です。

 日興上人の「同座すべからず」との御指南には、感染症拡大防止のため心得て行くべき大事な教訓が秘められています。もし、多くの人と同座すれば三密を回避できずに感染リスクを高めます。そのなかに無症状の感染者がいた場合、与同罪を蒙りかねないため恐れる必要があります。
 これを機に、六根清浄の功徳を積むためにも、日頃の何気ない身口意の三業にわたる振る舞いはどうかを振り返り、信心においても自行化他はどうかを再確認すべき最適な自粛期間になります。

 しかし、医療従事者の皆さんには感染症を患った方を救済する重要な立場におられ、私達からは想像を絶する厳しい現実があります。医療従事者の方々の安全と健康を御本尊に御祈念させていただき、一日も早い収束を御本尊に祈っていきましょう。

 また状況により医療従事者ではない私達の立場においても、過去世からの謗法罪障が起因して感染症を発症するリスクもあります。まさに「与同罪を恐るべき事」であり、「今日は我が身の上」となりかねません。
 もしもの時に備え感染した場合、信心の上から心得るべきことがあります。それは護法の功徳力により罪障消滅の過程で現証となる転重軽受
であるとの確信です。本未有善のため、信伏随従すれども過去世に入信以前の罪障が消滅の過程で現れた「灸治のごとし」であり、感染して陽性反応が現れ発病したとしても落胆する必要は一切ありません。
 日蓮大聖人は『撰時抄』に、
「南無妙法蓮華経と唱ふる癩人(らいにん)とはなるべし。」(御書838)
との御指南を心肝に染めて、題目を唱えて病を克服していく仏道修行へと気持ちを切り替えて、四弘誓願の上から一生成仏を見据えていくべきでしょう。そして現世安穏・生善処が保証されることを御本尊へ祈り確信すべきです。
 さらに
「衆生無辺誓願度肝要なり」(御書1862)との御指南の上から、同じように感染された方やご家族へのケアのためのスキルを習得することになります。感染しない健康な人の一言よりも、感染症を患った人の一言には重みと説得力があり勇気づけられます。

 また感染症で大切な命を失われた方々へ、未来世での成仏を願い、罪障消滅がかない絶対的な幸福境界を得られるよう法華経による供養が日々(常盆常彼岸)必要です。
 もしも、私達が感染症を患った時には「癩人とはなるべし」との仰せのままに自行化他では、感染症を患った方を救済させていただく使命があると拝します。感染症を克服し妙法の功徳力を顕示させていただくためと、御本仏の願兼於業の一分を体験させていただく貴重な経験になります。
 大聖人は『妙心尼御前御返事』に、
「病によりて道心はおこり候か。」(御書900)
と仰せであります。
 また死魔が襲い命を失うことがあったとしても、護法の功徳力により罪障消滅の過程で現証となる転重軽受であり、人の一生は今世だけではありません。十二因縁の上から未来世が必ずあります。今世では過去遠々劫からの罪障を一時にすべて消滅させていただけたとの確信を堅持すべきでしょう。これはあらゆる死苦にいえることです。そして、御本尊が故人を安穏な未来世へと導いてくださることを心から信じることです。
 まさに、御法主日如上人猊下の常に御指南である、
「大御本尊への絶対的確信」(大日蓮 第743号)
であります。


 新型コロナの影響により二次的問題も発生しています。差別や偏見(社会的スティグマ)、DV被害、コロナ鬱、給付金詐欺などの負の連鎖です。邪宗邪義の害毒が様々な形で現れた正法誹謗の現証であります。
 御法主日如上人猊下は「令和2年4月度広布唱題会の砌」に、
「邪義邪宗の間違った教えは個人を無間大城に堕とすのみならず、一国をも、また世界をも地獄に堕とすと言われています。されば、この邪義邪宗の謗法を対治し、塗炭の苦しみに喘ぐ人々を救っていくのが我々の大事な役目であります。」(大日蓮 令和2年5月号 第891号
と御指南です。世法的にも様々な取り組みは為されていますが、法華講の皆さんは御法主上人猊下の御指南を心肝に染めて、御命題達成を目指し折伏による人々の苦しみを取り除き救っていく重要な使命を託されていることを再確認しましょう。
 いよいよ明年(令和3年)は、宗祖日蓮大聖人御聖誕800年をお迎えする前年に、このような国難が出現することは、大聖人が『減劫御書』に、
「大悪は大善の来たるべき瑞相なり。」(御書926)
との仰せを心肝に染めていくことが大切であります。

 最後に、今や新型コロナウイルス感染症は世界にまん延し、国内も非常事態宣言が発令され、三密(密閉・密集・密接)を避け、外出・移動の自粛が要請されています。
 このような事態について、大聖人は『立正安国論』に、「疫癘遍く天下に満ち、広く地上に迸る」(御書234)と警告され、その原因は「謗法」にあることを明示されています。
 この国難に際し、日蓮正宗僧俗の使命は重大であり、自行化他の信行に励み、その功徳を世界に及ぼさなければなりません。
 講中の皆さんにおかれても朝夕の勤行では御本尊に御祈念のことと存じます。
 寺院でも朝夕の勤行、唱題行を行っております。僧俗一致・異体同心の団結をさらに深めるため寺院の時間に合わせて行って頂けるよう、寺院で行われる時間帯をお知らせ致します。
 時間は次のとおりです。

  勤 行 朝・午前7時~
       夕・午後7時30分~

 勤行は、なるべく家族そろって励行しましょう。また、一人暮らしの方、諸事情で時間を合わせることができない方は、時間を決めて行うように勤めるといいでしょう。
 当支部の場合は唱題行を同じ時間に行うことは、生活リズムが異なるため難しい現実があります。各自で時間を決めて合計一時間以上を目標に唱題行を勤めましょう。例えば、朝の勤行後30分、夕の勤行後30分。勤行時間外に午前30分以上、午後30分以上などを家族と相談して、さらなる一家和楽の信心につながるよう精進願います。まだ家族内で未入信の方がおられる場合、一日も早く収束できるよう勤行唱題を勧めて折伏に勧誡につなげる機会になります。在宅勤務など外出できない環境でイライラし三毒災いした時に、唱題行はストレス発散や自分自身を見つめ直す大切な時間にもなります。
 そして、同じ時間に行うことは、諸外国では外出自粛のためお互いを元気づけるためと医療従事者へのエールを送るため、ベランダなどに出て拍手を送る習慣があります。同じ時間に勤行唱題を行うことには、一切衆生の恩を知って医療従事者にエールを送り、信心での異体同心を構築する大切な意味も当然あります。

 次に、折伏は、常に心がけることが重要です。下種先の友人・知人に、電話かメール、あるいは手紙を書き「題目の功徳で困難を乗り切ること」を伝え正法に導いてください。いま自分ができることから実践しましょう。
 今は、一人ひとりが強盛な信心を奮い起こす時です。信心を根本に実践していくことで、大きな功徳を頂くことができます。ご家族の皆様と力を合わせ、一人暮らしの方にも、一日も早い安穏な生活がもどるように御本尊に願い、この難局を乗り越えてまいりましょう。
 緊急事態に鑑み、正林寺支部講員各位には、さらなる僧俗一致・異体同心を構築するための精進を期待致します。

 

宗祖日蓮大聖人『如説修行抄』に曰く、
「末法の始めの五百歳には純円一実の法華経のみ広宣流布の時なり。此の時は闘諍堅固・白法隠没の時と定めて権実雑乱の砌なり。敵有る時は刀杖(とうじょう)弓箭(きゅうせん)を持つべし、敵無き時は弓箭(きゅうせん)兵杖(ひょうじょう)なにかせん。今の時は権教即実教の敵と成る。一乗流布の代の時は権教有って敵と成る。まぎ(紛)らはしくば実教より之を責むべし。是を摂折の修行の中には法華折伏と申すなり。」(御書672)