日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

一身の安堵を思はゞ折伏を

 

正林寺御住職指導(H23.3月 第86号)

 日蓮大聖人は『立正安国論』に、
「汝須く一身の安堵を思はゞ先ず四表の静謐を祈るべきものか。」(御書249)
と自分自身の生活を安心できる境遇にするため、まず「四表の静謐を祈るべきである」と仰せです。人は周りから影響を受けやすい存在であるため、まず自身の安心できる境遇を願うならば、四表である東西南北の穏やかな環境と悪縁から影響されない堅固な信心を身につけて御本尊へ日々祈ることが大事でしょう。自分自身の幸せな人生を祈ると同時に、周りの幸せを御本尊へ祈っているかを確認することが大切です。

 「四表の静謐を祈る」という御本尊への祈りは自然と折伏へとつながる祈りでもあります。大聖人は『三大秘法稟承事』に、
「自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり。」(御書1595)
と御教示であり、さらに『御義口伝』にも、
「南無妙法蓮華経は自行化他に亘るなり。今日蓮等の類南無妙法蓮華経を勧めて持たしむるなり。」(御書1760)
と仰せです。御本尊へ祈り、自身の安穏な生活を守るためには東西南北に住む人々の静謐を祈り折伏をし信心を勧めることで、周囲の人をも幸せにし安堵させることが「四表の静謐を祈る」ことになります。

 その自行化他にわたる題目が広宣流布への実現に向かう祈りにつながります。『立正安国論』の「一身の安堵を思はゞ先ず四表の静謐を祈るべきものか。」とのお言葉は自行化他にわたる題目において、特に化他行の折伏による「四表の静謐」の実現があることを御教示であると拝します。
 本年は「実践行動の年」です。折伏においての実践行動では「四表の静謐を祈る」との御金言を心肝に染めて実践行動することです。その結果、「一身の安堵」が御本尊より有り難い境界として賜ることができると確信し実践しましょう。