正林寺御住職指導(H18.11月 第34号)
御本尊様を信じる人は、互いに悪口をいったり毀ってはいけません。
日蓮大聖人は『松野殿御返事』に、
「忘れても法華経を持つ者をば互ひに毀るべからざるか。其の故は法華経を持つ者は必ず皆仏なり。仏を毀りては罪を得るなり。」(御書一〇四七㌻)
と仰せであります。御本尊様を信じる人は必ず未来に仏になるため、その仏を毀り悪口をいっては罪を得ることになります。罪をつくることになるため悪口や毀ることはいけないと日蓮大聖人が誡められております。
罪について具体的には法華経の『譬喩品第三』に、
「経を読誦し 書持すること有らん者を見て 軽賎憎嫉して 而も結恨を懐かん 此の人の罪報を 汝今復聴け 其の人命終して 阿鼻獄に入らん」(法華経一七六㌻)
と説かれています。つまり総本山大石寺の奉安堂に在す本門戒壇の大御本尊からの血脈が通った最も正しい御本尊様に、お経を読み受持している日蓮正宗の僧俗を見て、軽賎・憎嫉・結恨となる悪口や毀るすべての人は、命終において阿鼻獄である無間地獄にいく非常に厳しい報いを受けるとの意味になります。
互いに毀らないことは御本尊様を信じる日蓮正宗信徒が、異体同心を心がけるために忘れてはいけない大切なことであり、法華講員同士が地涌の菩薩の眷属として絆をより深めるため非常に大事なことです。悪口や毀ったりして罪をつくらないためには、悪口と毀るために使う三毒強盛で無駄な時間を、自分の幸せである成仏のため御本尊様に御題目を唱える時間へと、また広宣流布を実現するための折伏に罪をつくる時間を変える心がけが必要です。さらに毀らないためには互いの長所を尊重し、短所や失敗を補い助け合う慈悲の気持ちが大事であります。
