日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

46 学会では「宗門は自らが、三宝の次第を越えた法主信仰を立て、僧宝としての働きを失っている」(聖教新聞 H三・一一・二〇)といっていますが、本当でしょうか。

 本宗には「法主信仰」などというものはありません。

 本宗においては今日に至るまでの七百余年にわたり、本門戒壇の大御本尊を法宝とし、宗祖日蓮大聖人を仏宝と仰ぎ、また第二祖日興上人を随一とする御歴代上人を僧宝と拝して、僧俗ともに信心修行に邁進してきたのです。
 僧宝とは、大聖人が『四恩抄』に、「仏宝、法宝は必ず僧によりて住す」(全集九三八頁)と示されているように、大聖人の仏法を令法久住・広宣流布せしめるために絶対になくてはならないものです。
 かつて池田大作氏は長野研修道場において、「日蓮正宗の根幹をなすものは血脈である。大御本尊を根本とし、代々の御法主上人が、唯授一人でこれを受け継ぎ、令法久住をされてこられた」(広布と人生を語る 三-二五六頁)といいましたが、当時も今も宗門は全く変わっておりません。
 現御法主日顕上人は毎朝の丑寅勤行はもちろんのこと、全国各地へ御親教され、休む間もなく宗内僧侶及び全国信徒の教導に当たられております。また、総本山の寺域整備や諸堂宇の荘厳にも心を砕かれ、常に正法興隆のため、率先して法務に務められているのです。しかも、平成五年十二月には、スペインに欧州初の本宗寺院を建立され、その入仏法要の大導師まで勤められました。宗内において、このお姿を知る人は、誰一人として尊敬の念を抱かない者はおりません。
 今の宗門は「僧宝の働きを失っている」どころか、本宗においては御法主上人が常に第一線に立たれて、大いに僧宝の働きをなしているのです。