日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

82 「昭和五十二年路線」とはどういうことですか。

 昭和五十二年当時の創価学会が、「人間革命は現代の御書」「会長に帰命する」「寺院は単なる儀式法要の場」などの指導を行ない、日蓮正宗の教義から逸脱し、独立路線を企てたことです。

 学会の『山崎・八尋文書』(昭和四十九年四月十二日付)には、「長期にわたる本山管理の仕掛けを今やっておいて背後を固める」とあり、また『北条文書』(昭和四十九年六月十八日付)にも「長期的に見れば、うまくわかれる以外にはないと思う」とあるように、当時の創価学会は宗門を実質的に支配して乗っ取るか、それができなければ分離独立するという陰謀を計画していました。そして昭和五十二年に至って、学会に批判的な僧侶を学会本部に呼びつけての吊るし上げを始め、池田氏や学会幹部は会合のたびに宗門批判、僧侶攻撃を行ない、ついには御本尊模刻などの大謗法路線を突き進んだのです。
 これが昭和五十二年路線といわれるものです。
 しかし、創価学会は、日達上人の御叱責と宗門の指摘を受け、その責任をとって池田氏が会長を辞任し、大幹部全員が登山して謝罪することによって、日達上人は、再びこのような過ちを犯さないことを条件として一応収束の形をとられたのです。