正林寺御住職指導(R3.10月 第213号)
法華経の『如来寿量品第十六』に、
「是好良薬(是の好き良薬)」(法華経437)
と説かれています。朝夕の勤行での長行にて読誦する大事な経文であります。つまり、法華経は身心の良薬のことです。
緊急事態宣言は解除されましたが、コロナ禍において、様々な分野で想像以上の影響を残しています。その影響を回避するための良薬が「是好良薬」でもあります。当然ながら新型コロナ感染症に患わされることなく、良いワクチンに巡りあい、感染しても良い治療薬を投与されるよう、御本尊に題目を唱えるところに具わる有り難い力であります。
また、感染しても軽症で済んだり、後遺症にも患わされず、無症状でウイルスと共存する力用も存するでしょう。それが「是好良薬」であります。しかし、条件が満たされなければ信心の厚薄により「是好良薬」に具わる力をいただくことはできません。その条件とは、正直に疑うことなく信じることであります。
宗祖日蓮大聖人は『日女御前御返事』に、
「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり。以信得入とは是なり。日蓮が弟子檀那等『正直捨方便』『不受余経一偈』と無二に信ずる故によ(因)て、此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり。たのもしたのもし。如何にも後生をたし(嗜)なみ給ふべし、たしなみ給ふべし。穴賢。南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤も大切なり。信心の厚薄によるべきなり。仏法の根本は信を以て源とす。」(御書1388)
と仰せであります。
「是好良薬」について、日顕上人は、
「過去遠々劫以来の我々の謗法罪障は、今日の我々一人ひとりの命に具わっております。これを浄化していくためにも『是好良薬』を正しく拝し、受けて、これを行っていくこと、すなわち唱題行が大切であります。」(大日蓮 平成17年12月号 第718号)
と御指南です。御本尊に具わる有り難い「是好良薬」を罪障多き我が身に頂戴するには、強盛で水が流れるような信心の二字におさまります。地涌の菩薩の眷属を自覚され身軽法重・死身弘法の境界に到達している方は、衆生無辺誓願度を最優先し我が身を省みず、死をも厭わない方々が歴史上と現在、日蓮正宗の僧俗にはおられます。その歴史上の一端として、総本山第五十九世日亨上人は、
「六百有余年来未だ熱原法難の如きを見ずと雖も、千葉の法難に至つては疾風迅雷何等の陳弁を俟たずして極刑に処するあり、金沢に至ては小難断続百余年に亘り尾張も亦三十余年に及ぶ、其の罪科を数ふれば熱原に神四郎等の斬罪三人、千葉に源右衛門等斬罪四人、高瀬に日清三郎左衛門の牢死二人、寛政に寛道の牢死、仙台に覚林日如の流刑廿七年、其外重軽の追放及び逼塞閇門扶持離れ所払等の者は数百人に及べり」(富要9-247)
と御教示であります。
現在、いまだ入信されていない方には、謗法罪障が原因となる新型コロナ感染症により後遺症に悩まされ、尊い命を亡くされた多くの方が日本乃至世界中におられます。その方々の未来世をも見据えて救済する志を堅持された、「南無妙法蓮華経と唱ふる癩人(らいにん)とはなるべし。」(御書838)との自覚のもと精進される広布の戦士であります。その広布の戦士は、『妙法曼陀羅供養事』に、
「癩(らい)病の中の白癩(びゃくらい)病、白癩病の中の大白癩病なり。末代の一切衆生はいかなる大医いかなる良薬(ろうやく)を以てか治すべきとかんがへ候へば、(中略)末法の時のために、教主釈尊・多宝如来・十方分身(ふんじん)の諸仏を集めさせ給ふて一の仙薬をとヾめ給へり。所謂妙法蓮華経の五の文字なり。」(御書690)
との御指南を堅持された総じての法華経の行者であります。
大聖人は『観心本尊抄』に、
「『是好良薬』とは寿量品の肝要たる(中略)南無妙法蓮華経是(これ)なり。此の良薬(ろうやく)をば仏猶(なお)迹化に授与したまはず。何に況んや他方をや。」(御書658)
と、迹化や爾前諸経の他方ではない、まさに法華経の行者である地涌の菩薩の眷属が唱える題目のことであります。つまり『御義口伝』には、
「此を寿量品にして是好良薬とて三世の諸仏の好(この)みの良薬と説かれたり」(御書1789)
と仰せであります。法華経以外の爾前諸経を三世の諸仏は好まないということでもあります。まさに『御講聞書』に、
「薬とは是好良薬の南無妙法蓮華経なり」(御書1837)
とも仰せであります。それは「六万九千三百八十四文字の仏」に護られる衣座室の三軌の一つ柔和忍辱衣の意味もあります。
大聖人は『法華取要抄』に、
「諸病の中には法華経を謗ずるが第一の重病なり。諸薬の中に南無妙法蓮華経は第一の良薬なり」(御書735)
と仰せです。「是好良薬」の南無妙法蓮華経の大法は、末法濁悪の世に生まれた私たちの謗法の極大重病を悉く救済し消滅させる最勝の功徳を具えています。しかし、『善無畏三蔵抄』に、
「法華経の文のまゝに説き候ひしかばか(斯)うおれさせ給へり。忠言耳に逆(さか)らひ良薬口に苦(にが)しと申す事は是なり。」(御書445)
と仰せのように、逆縁成仏の機根が多いために「是好良薬」を正直に聞き入れることは難しい現実があります。「良薬口に苦し」となる原因は、「是好良薬」ではない、第一の重病である諸病の中の法華経を謗ずることであります。その根本的な原因について、御法主日如上人猊下は、
「不幸の根源たる邪義邪宗の謗法」(大日蓮 令和3年10月号 第908号)
と御指南であります。また、御法主上人は、
「『いかなる大善』すなわち、この上ない善行、勝れた善根・功徳を積んだ者であったとしても、また法華経を千万部も読み、書写し、一念三千の観心の法門を会得した人であっても『法華経のかたき』すなわち、邪義邪宗の謗法を破折しなければ、折伏をしなければ、成仏得道することはできない。それは例えば、朝廷に仕えている人が、十年、二十年と長年にわたって勤めてきたとしても、主君に敵対する者がいることを知りながら、主君にも知らせず、また私にも恨みに思わず、そのまま放置していたとすれば、せっかく積んだ長年の奉公の功績も皆、消えてしまい、かえって怠慢の者として罪に問われるようなものである。されば今、末法濁悪の当世の多くの人々は謗法の者と知り、折伏を行じていかなければならないと仰せられているのであります。」(大日蓮 令和3年10月号 第908号)
とも御指南です。
さらに「是好良薬」について、第二十六世日寛上人は『観心本尊抄文段』に、
「『妙法蓮華経の五字』は『是好良薬』なり。」(御書文段283)
と、また『法華取要抄文段』に、
「『是好良薬』の一句は本門の本尊、即ちこれ一大秘法なり。一大秘法というと雖も、自ら三大秘法を含むなり。」(御書文段548)
と御教示であり、極理の師伝から「是好良薬」の文底には、三大秘法の本門の本尊が存します。そのため非常に有り難い力用があるわけです。また『依義判文抄』に、
「三大秘法を明かすなり。所謂『是好良薬』は即ち是れ本門の本尊なり。『今留在此』は即ち是れ本門の戒壇なり。『汝可取服』は即ち是れ本門の題目なり。」(六巻抄94)
と、末法濁世における真の「是好良薬」とは、日蓮大聖人が一切衆生救済のために御図顕あそばされた究極の御本尊、本門戒壇の大御本尊であります。
まさに、大聖人は『経王殿御返事』に、
「此の曼茶羅能く能く信じさせ給ふべし。南無妙法蓮華経は師子吼(く)の如し。いかなる病さは(障)りをなすべきや。」(御書685)
と仰せであります。
本門戒壇の大御本尊は、熱原法難(御書1402)を契機に「よき師とよき檀那とよき法と、此の三つ寄り合ひて」(御書1314)との条件が調った時を、日蓮大聖人は御照覧なされ出現あそばされた究極の御本尊であります。その重要な日が10月12日です。「よき師」とは日蓮大聖人、「よき檀那」とは熱原の三烈士、「よき法」とは本門戒壇の大御本尊であります。
最後に、御会式奉修の月になります。宗祖御聖誕八百年に当たる本年の10月は、特に「出世の本懐を遂げ」(御書1396)られた月と同時に、御入滅あそばされた月にも当たります。すべては宗祖日蓮大聖人の大慈大悲による御化導は御誕生から始まると拝し奉ります。
宗祖日蓮大聖人『聖人御難事』に曰く、
「清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして、午(うま)の時に此の法門申しはじめて今に二十七年、弘安二年太歳己卯なり。仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。其の中の大難申す計(ばか)りなし。先々に申すがごとし。余は二十七年なり。其の間の大難は各々かつしろしめせり。」(御書1396)
