これこそ、創価学会の指導が一貫していない見本であり、明らかな邪義です。
学会は『生死一大事血脈抄』の講義で、「ここで心すべきことは血脈には別しての法体の血脈と、総じての信心の血脈とがあり、明確に立て分けなければならないことである。すなわち、法体の血脈についていえば、久遠元初の自受用報身如来の再誕たる日蓮大聖人の御生命こそが、生死一大事血脈の究極であられ、その大聖人の御生命をそのまま移された法体が南無妙法蓮華経の大御本尊である。その血脈は、唯授一人血脈付法の代々の御法主上人が伝持されるところである」(学講 三〇上-五八頁)と述べていますが、この池田氏の言葉は間違っていたのでしょうか。
第五十六世日応上人は、『弁惑観心抄』に「法体とは則ち吾山に秘蔵する本門戒壇の大御本尊是れなり(中略)この法体相承を受くるに付き尚唯授一人金口嫡々相承なるものあり」(同書 二一二頁)と仰せのように、日蓮大聖人の御内証と戒壇の大御本尊は代々の御法主上人お一人に「法体相承」されているのです。
※(聖教新聞 H五・九・二〇)文献参照
