日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

第三項 「世界広布の時は本尊下付の法主独占を禁止」の妄説を破折する

 

  第三項

 創価学会が言う「世界広布の時は本尊下付の法主独占を禁止」の妄説を破折する



(3)世界広布の時は本尊下付の法主独占を禁止
 五十九世堀日亨上人は、世界広布の時には、法主が御本尊の授与を独占してはならないと御指南されており、形木の本尊をその具体例として挙げられています。「宗運漸次に開けて・異族に海外に妙法の唱え盛なるに至らば・曼陀羅授与の事豈法主一人の手に成ることを得んや、或は本条の如き事実を再現するに至らんか・或は形木を以て之を補はんか・已に故人となれる学頭日照師が朝鮮に布教するや、紫宸殿御本尊を有師の模写せるものによりて写真石版に縮写し・新入の信徒に授与せり」(富士宗学要集第一巻「有師化儀抄註解」P.113)
 (通解:宗運がだんだん開けて、異民族や海外で妙法の唱えが盛んになったならば、曼陀羅の授与について、どうして法主一人の手で行うようなことができようか。あるいは化儀抄二十五、六条のような事実すなわち末寺での本尊書写を再現することに至るだろう。あるいは形木本尊でこれを補うだろう。以下略)

 この「(3)世界広布の時は本尊下付の法主独占を禁止」という表題は、まさに日亨上人の『有師化儀抄註解』の文についての創価学会独特の切り文であり、文意のスリ替えであります。「法主独占を禁止」などという、「禁止」などの文意は『化儀抄註解』のなかの、どこにもないのであります。これは『化儀抄』の第二十六条の本文、すなわち、
  「曼荼羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし、判形は為すべからず云云、但し本寺住持は即身成仏の信心一定の道俗には・判形を為さるる事も之有り・希なる義なり云云」(富士宗学要集一巻一一一)
の文について、かなり長文の註解をされた所でありますが、このかなり長い文章のなかで、まず厳正なる宗門の漫荼羅義について、次のように言われているのです。
  「曼荼羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に在り・敢て・沙弥輩の呶々する事を許さんや、故に今唯文に付いて且らく愚註を加ふ、元意の重は更に予の窺ひ知る所にあらざるなり」(同一一二)
 この文のなかの「敢て・沙弥輩の呶々する事を許さんや……」以下の文で日亨上人が特に謙下されているのは、この『註解』が明治四十年から大正六年、すなわち、四十歳代に書かれたものを、四十余年後、『宗学要集』再版に際し編入されたもので、登座以前、相承を受けておられぬ時の著述だからであります。したがって、本尊に関する決定をなすお立場でなかったことは、火を見るより明らかであります。
 故に、この辺からも、この『註解』の文中に「法主独占を禁止」するなどの趣意があろうはずはないのであります。まさにこれ、日亨上人に対する冒涜の言であります。
 そして、その次が大事なのであって、
  「曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり」(同)
と断られております。ここに、書写と授与と、共に「宗門第一尊厳の化儀」とされている文をしっかりと拝さなければいけない。これは創価学会のような勝手な本尊授与を「不可」として誡められている文であります。しかし、こういう自分に都合の悪い所は、頬被りしてわざと抜き、引文していない。これは切り文の証拠です。
 日亨上人はさらに論を進めて、
  「然るに本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り授与せらるる人は信行不退の決定者に限るとせば・仮令不退の行者たりとも・本山を距ること遠きにある人は・交通不便戦乱絶えず山河梗塞の戦国時代には・何を以つて大曼荼羅を拝するの栄を得んや、故に古来形木の曼荼羅あり仮に之を安す、本山も亦影師の時之を用ひられしと聞く、此に於いて有師仮に守護及び常住の本尊をも・末寺の住持に之を書写して檀那弟子に授与する事を可なりとし給ふ・即本文の如し」(同)
と言われています。つまり本尊授与は、古来の厳正なる法規において法主に限ることを述べておる。しかし、交通の不便、戦乱等によることによって、日影上人が形木にせられ、日有上人が末寺住職へ判形を禁じた書写を許されたことを挙げ、「そのようなことも一時はあった」と言われつつ、実際においてその後の宗門は、祖意を守り、本尊に関して厳正であったことを次の如く述べられております。
  「有師斯の如く時の宜しきに従ひて寛容の度を示し給ふといへど、しかも爾後数百年宗門の真俗能く祖意を守りて苟くも授与せず書写せず・以て寛仁の化儀に馴るゝこと無かりしは、実に宗門の幸福なりしなり」(同一一三)
 この文中、「寛容の度」というのはゆるやかなこと、すなわち、御形木にしたり、あるいはまた、判形を加えなければ末寺の住職も御本尊を書写してもよいということを言われたということです。また、「祖意」というのは大聖人、日興上人の御本尊に対する厳正なお心ということですが、日亨上人がこのように述べられる意は、いったんはこういうことを許可されたけれども、その後、長い間、創価学会の如き不逞の輩がほとんど出ていなかったことを、逆に証明されているわけなのです。
 さて、この文に続くのが、皆さんの手元の資料にある創価学会の引文の所になります。
 彼等の引く、この日亨上人の「異族に海外に妙法の唱え盛なるに至らば・曼陀羅授与の事豈法主一人の手に成ることを得んや」という文は、原文には「法主御一人」とあるにもかかわらず、彼等は意図的に「御」の字を削り、「法主一人」として、日亨上人の意を歪曲しているのです。
 さて、この文は、特に御本尊書写における法主一人の身に対する配慮であり、その時間的、物理的な分量の限界を心配されているのです。
 多忙を極める法主の日常では、多くの御本尊書写は容易ではないので、広布が進み、信徒が増加したときを考察された結果、次に続く二文の案を擬推されただけであります。したがって、創価学会の言う如き「法主独占を禁止」などの意趣は全くありません。まさしく文義のスリ替えそのものであります。
 故に、続いて「本条の如き事実」すなわち、判形なく書写を許す方式と、形木による弘通の方式を述べておられるに過ぎません。そして、その後、宗門は具体的事実として、まさしく形木方式で広く御本尊流布を行っているのであり、その一方で、可能な範囲で法主の書写による御本尊下附をも行っているのです。
 また、この日亨上人の文は、過去の例より未来を推し量って、自らの意見をもってあてがわれている所である。つまり、ここに示される「至らんか」とか「補はんか」等は疑問を示す語で、自ら決せざる言葉なのであり、けっして決定した意見ではない。また、仮りにそういうことが行われる時が来たにせよ、金口血脈の法主の許可を得ないで、勝手にやってよいなどということは、このなかのどこにも言われておりません。
 前文の、
  「大権は唯授一人金口相承の法主に在り」
  「曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり」
と言われているお言葉からも、資格のない在家団体が行うべからざる趣意が明らかであります。しかるに彼等は、自分らの引く文の日亨上人の言をもって「本尊下付の法主独占を禁止」した、などと言うのは、意味も趣旨も違う断定をしておるのです。これは「耳を覆うて鈴を盗む」のたぐいであり、まさに文意の誇張であり、スリ替えであり、切り文であります。
 こういう欺瞞を平気で行うのが創価学会なのです。創価学会の会員は、このような明らかな目暗ましによる人権無視をされているということを、強く感ずるものであります。


 「三には後代の法主が宗祖開山等の曼陀羅を其侭模写し給ひて更に模写の判形を為されたるものを形木又は写真版等となしたるもの・四には先師先聖の模写版又は形木に平僧が自らの判形を加へ又は平僧自ら書写して判形(自己)まで加へたるもの等に分つを得べきか・此中に一と三とは事なかるべし」(富士宗学要集第一巻 「有師化儀抄註解」P.113)
 (通解:三番目は、後代の法主が大聖人、日興上人等の曼陀羅をそのまま書写し、さらに書写した旨の判形を書いたものを形木又は写真製版等で印刷したもの。四番目は、代々の法主が書写した版又は形木に、平僧が自分の判形を加えて、又は平僧が自分で御本尊を書写して自分の判形まで加えたもの等に分けられよう。この中で一番目と三番目とは問題ない。)
 しかも、後段の文では、今回の学会の下付のやり方にそのまま該当する方法を挙げられて、「事なかるべし」と、全く問題ない旨の判定をされています。すなわち、
 「後代の法主(今回は日寛上人)が宗祖開山等の曼陀羅(今回は戒壇の大御本尊)を其侭模写し給ひて更に模写の判形を(今回は日寛上人が)為されたるものを形木又は写真版等となしたるもの」
とは、まさに僣聖増上慢の出現する今の「時」を見越した御仏智としか思えないような的確な御指南ではありませんか。

 先程も読みましたが、『化儀抄』第二十六条の本文をもう一度紹介しますと、
  「曼荼羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし、判形は為すべからず云云、但し本寺住持は即身成仏の信心一定の道俗には・判形を為さるる事も之有り・希なる義なり云云」(富士宗学要集一巻一一一)
という文があります。この条文中の「本寺住持」以下の文について日亨上人が、その事例はこのようなものであろうかと推測して解釈されたのが、一、二、三、四の解釈であり、そのうちの三と四が、創価学会がここに引いておる所です。ただし、これはあくまで日亨上人が推測されている文であり、それを忘れてはいけないのです。
 さて、その末文において「一と三とは事なかるべし」と言われたのは、「形式としては違法には当たらぬであろう」と言われただけであります。それよりも、創価学会が一連の愚論の終わりに「僣聖増上慢の出現する今の『時』を見越した御仏智としか思えないような的確な御指南だ」などと大見得を切っているのは、実際は全然、的外れの、不成立の言であることを教えてあげましょう。
 『註解』中の一、二、三、四における、三の文中の字をよく確かめてみなさい。
  「後代の法主が宗祖開山等の曼荼羅を其儘模写し給ひて……」(同一一三)
とあるではありませんか。「模写」と「書写」とは富士門流の用語において、意味が違うことも知らないのか、と指摘するものです。
 しかるに、そのあとの創価学会の「通解」では、『註解』の「模写」の字を「書写」と書き変えております。模写と書写の意味の違いを知っていて、わざと頬被りしているなら狡猾な欺瞞であり、知らずに同じと思っているなら本尊を論ずる資格もない素人の低見である。すなわち、模写と書写は全く違った本尊形式なのであります。
 現在、総本山御宝蔵に安置する、文安二年、日有上人が、古来、総本山に蔵する弘安三年三月御顕示の大聖人御真筆御本尊を模写ならびに模刻され、模写の判形をなされたのが、いわゆる模写の本尊であり、これは、他にも宗門内の類例が存するのです。 『註解』の三の趣旨は、この本尊をさらに形木または写真版としたことを言われているのであり、だから「其儘」と書かれているのであります。
 一方、書写の本尊とは、「其儘」の形に模写するのでなく、大御本尊の御内証を拝した法主の唯授一人の血脈相伝の上から、存略自在の意をもって書写されるのであります。
 学会では先の文に、『註解』三の文を評して、
  「今回の学会の下付のやり方にそのまま該当する方法を挙げられ(中略)全く問題ない旨の判定をされている」
として、さらに、
  「後代の法主(今回は日寛上人)が宗祖開山等の曼陀羅(今回は戒壇の大御本尊)を其侭模写し給ひて更に模写の判形を(今回は日寛上人が)為されたるものを形木又は写真版等となしたるもの……」
がそれだと、御丁寧な説明つきで述べています。この所をよく見ると、学会の「通解」で「書写」と変えたにもかかわらず、再び「模写」にしているのです。要するに「模写」と「書写」の区別さえ判らぬ、噴飯の誤解であると言えましょう。
 模写とは、その形態を、文字の字体や位置等まで原形の御本尊の如く写し奉ることを言うのです。しかるに、日寛上人の御本尊は模写ではなく書写であり、しかもその相貌は戒壇の大御本尊とは異なる略本尊なのです。
 したがって、日亨上人『化儀抄註解』中の三の条項に的確に該当するとして得々たる今回の学会の『ニセ本尊』作製の根拠は、日亨上人が挙げられた一乃至、四の条項のなかの第三のみならず、他のいずれにも該当しません。敢えてこれを言うならば、日寛上人が本門戒壇の大御本尊を御書写あそばされた大行阿闍梨本證坊日證師授与の御本尊は「曼荼羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に在り」と日亨上人が仰せられたところに該当しますが、この尊い日寛上人の御本尊を、総本山から離脱した謗法僧と邪教集団が結託して、本宗本来の血脈の法義に背反して手前勝手に授与書きを削除した上、写真版として頒布するところに『ニセ本尊』の所以があります。
 まさしく『ニセ本尊』は、後代の御本尊の類型を種々に擬推された日亨上人の想定にもない、大謗法の産物であります。したがって、「世界広布の時は本尊下付の法主独占を禁止」という表題は、真っ赤な嘘を恐れげもなく主張し、自分らの作り上げた嘘を誇張しておるという次第であります。

 

※『第四項 「御本尊の開眼という化儀は坊主(教師)の正式なマニュアルには無い」の妄説を破折する 』へつづく