池田氏は本門戒壇の大御本尊とその他の御本尊を混同し、会員の心を本門戒壇の大御本尊から離れさせようと企てているのです。
御本仏日蓮大聖人が出世の本懐として、弘安二年十月十二日に御図顕された人法一箇の「本門戒壇の大御本尊」が本宗の根本の御本尊です。
これに対して、各家庭や各人に下付される御本尊は、その根源の本門戒壇の大御本尊の御内証を、唯授一人血脈付法の御法主上人が、その権能において書写され、本宗僧俗に下付されるのです。
したがって、本門戒壇の大御本尊とその他の御本尊は、もとより能開と所開の関係にあることを知らなければなりません。
かつて創価学会では「私どもが留意すべき点について申し上げます。それはまず第一に、戒壇の大御本尊根本の信心に立ち、総本山大石寺こそ、信仰の根本道場であることを、ふたたび原点に戻って確認したいのであります。戒壇の大御本尊を離れて、われわれの信仰はありません」(特別学習会テキスト 五六頁)と指導していました。
大聖人は『題目弥陀名号勝劣事』に、「能開所開を弁へずして物知りがほに申し侍るなり」(全集 一一五頁 取意)と仰せですが、現在の池田氏率いる創価学会は、まさに大聖人のこの厳しい責めをこうむる大謗法を犯しているのです。
