「受持即持戒」とは、本門戒壇の大御本尊を受持することによる功徳を表現したものであって、信仰の出発となる授戒の儀式が不要であるという意味ではありません。
日蓮正宗では御授戒の儀式により、邪宗の謗法を捨てて、三大秘法を持つことを誓います。
日蓮大聖人は、『最蓮房御返事』に「結句は卯月八日・夜半・寅の時に妙法の本円戒を以て受職灌頂せしめ奉る者なり、この受職を得るの人争か現在なりとも妙覚の仏を成ぜざらん」(全集 一三四二頁)と示され、また『得受職人功徳法門抄』には、「釈迦すでに妙法の智水をもって日蓮の頂に潅いで面授口決せしめ給う。日蓮又日浄に受職せしむ」(新定 一―八五四頁)と仰せになり、大聖人自ら最蓮房に対し、本円戒を授けたことを明示されています。
この授戒は僧侶に対してでありますが、信徒もこれに準じて考えるべきです。
「受持即持戒」の大法だからこそ、正法を受持することを誓う御授戒は大切な儀式なのです。
