日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

南条時光殿(大行尊霊)

 

正林寺御住職指導(H22.5月 第76号)

 南条時光殿は、総本山大石寺開創の大功労者であり開基大檀那です。
 日蓮大聖人から御書を五十編も賜り、十七歳の頃、建治元年(一二七五年)十月に大聖人より御本尊を賜っております。
 大聖人の御書と日興上人直々の御指南により、時光殿の信心が磨かれて大檀那へと成長されました。
 折伏弘教においても日興上人の陣頭指揮のもと、自邸を拠点として富士地方の折伏に立ち上がりました。その折伏の勢いが起因となり、弘安二年の熱原の法難へと発展していきます。

 熱原の法難では時光殿の活躍が目ざましいもので、師を外護し直ちに自邸を対策拠点とし同志を自邸の奥深くにかくまい、幕府に対し不法処分の取り消しを訴え、さらに不当な処分を受けないよう手を打ちつつ逮捕された者の家族を激励するなど、同志の中心的な役目として活躍をされました。
 大聖人はこの法難を本懐成就の時期と察せられ、弘安二年十月十二日、本懐の中の本懐である本門戒壇の大御本尊を建立なされました。同年の十一月六日に時光殿の不惜身命の信行に対し、大聖人は御書を認められその宛名に「上野賢人殿」と称賛され功績を讃えられています。

 この法難の後、幕府はあらゆる手段をもって南条家に制裁を加えてきたため極度の窮乏生活を強いられました。しかし、苦境でも一層強い信心に立ち大聖人のもと真心の御供養を続けられました。
 大聖人の御遷化の際は散華の大役をつとめ、御入滅後、他の有力信徒が五老僧などの指導を受けるなかを、時光殿は日興上人に信伏随従し血脈付法の大導師として信心の誠を尽くされました。
 毎年、五月一日は南条時光殿の祥月命日です。過去帳の一日には大行尊霊と戒名が記載されています。毎月一日には回向を申し上げることが大事です。