日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

十方は依報なり、衆生は正報なり

正林寺御住職指導(H25.11月 第118号)

 正報と依報について日蓮大聖人は『瑞相御書』に、
「夫十方は依報なり、衆生は正報なり。依報は影のごとし、正報は体のごとし。身なくば影なし、正報なくば依報なし。」(御書918)
と仰せであります。
 正報とは、過去の業の報いとして受けた我が身と心をいい、依報とは、正報の拠り所である環境・国土をいいます。一念三千の構成要素となる三世間の五陰世間と衆生世間は正報となり、国土世間は依報となります。
 正報と依報は、共に衆生の過去世の善悪にわたる業因が現在に現れた報いであるため、依正はともに衆生の一心一念に収まる不二一体となり、これを依正不二といいます。
 昨今、国内外において様々な情勢があります。その情勢は正報である衆生が作り出した果報であり、その影響が依報である十方に広がっていき様々な結果を環境や国土に残すことになります。衆生が善い行為をすれば善い影響が環境の依報に広がり、衆生が悪い行為をすれば悪い影響が環境の依報に広がるという道理です。その依報の影響が更に正報である私達、衆生の生活に影響していきます。この世の中は正報の善い影響と悪い影響が交錯した姿となり現実の依報として現代社会に存在しています。 

 正報の善い影響だけの安心できる住みよい世の中にするためには、正報である私達、衆生から意識を変えることが必要になります。
 その意識を変えるための方法について大聖人が『当体義抄』に、
「正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観・三諦即一心に顕はれ、其の人の所住の処は常寂光土なり。能居・所居、身土・色心、倶体倶用の無作三身、本門寿量の当体蓮華の仏とは、日蓮が弟子檀那等の中の事なり。」(御書694)
と仰せのように、諸天善神が住処とされない不正直な信心ではなく、正直な心で題目を唱えることにより、正報の衆生である凡夫の当体は直ちに妙法の当体と顕われ、その人の住する所となる依報の国土世間は常寂光の仏国土と開かれるのであります。
 つまり、安心できる住みよい世の中にするためには、正報である私達が正直な信心で御本尊に題目を唱えるところからはじまり、依報である私達が住む生活環境や国土へと、正直な人の頂を住処とされる諸天善神の加護を確実に得て、善い影響が広がっていきます。
 広げるためにも折伏が大事な法華講衆の修行となります。