日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

市河氏の「一信徒としての質疑」を破す②


(10)法水と法器について

 市河氏は、
「唯授一人の法体の血脈について宗門には「法水瀉瓶」とあります。清らかな水を一つの器から器に移すように、器が代わっても法水そのものに変わりがないことを指す言葉として理解しています。この場合、器に相当するのが代々の御法主であるとも伺っております。そうすると尊いのは、法水そのものであり、器そのものと大聖人の法水は区別されるのではないでしょうか。」
と述べているが、尊い法水であればこそ、唯授一人の器も清らかで立派なものでなくてはならない、器を離れての清らかな法水はないのである。
 宗祖大聖人は、「秋元御書」に、
「覆・漏・汗・雑の四の失を離れて候器をば完器と申して・またき器なり」
と仰せである。法水そのものの尊さと、その法水を受け継ぐにふさわしい歴代の御法主上人がおられればこそ、法水が清らかに伝わるのである。


(11)御本尊書写は委任について

 市河氏は、
「法体を後世に伝持すべき役目は、二祖日興上人より三祖日目上人、そしていま、第六十七世日顕上人へ受け継がれたものと伺い、御本尊書写の御資格も御本仏日蓮大聖人及び日興上人からの委任という意味で、私は理解し信ずることができます。」
と述べているが、何故に委任とするのか、これは唯授一人の尊厳性を否定しようとする心があるからではないのか。歴代の御法主上人は法体を相承された御身として、御本尊を書写されるのである。これを忘れると、本宗の信徒とは思えない「委任」などという言葉がでてくるのである。
 「当家三衣抄」に、
「南無本門寿量の肝心、文底秘沈の大法、本地難思境智冥合、久遠元初の自受用報身の当体、事の一念三千、無作本有、南無本門戒壇の大御本尊。
 南無本門弘通の大導師末法万年の総貫首、開山付法南無日興上人師、南無一閻浮提座主、伝法日目上人師、嫡々付法歴代の諸師。此くの如き三宝を一心に之れを念じ」
とある三宝を、よくよく拝すべきである。
 また市河氏は、
「御法主猊下を、法体もしくは法水そのものと観ることは、日蓮大聖人の仏法を法主信仰に変質してしまう恐れがあるように思います。」
と述べているが、宗門では、御法主上人を、法体もしくは法水そのものとはいっていない。法体を唯授一人の血脈によって相承された、あるいは法水を受け継がれた、現在において最も大切なお方と申し上げているのである。
 このことは、市河氏自身も「器が代わっても法水そのものに変わりがない」と述べているではないか。宗門において、御本仏と御法主を全同視するような曲解は、慎まねばならない。しかし、その上で、器を離れては法水はないのであるから、時の御法主上人を根本として拝することが大切なのである。


(12)唯授一人と一閻浮提総与

 市河氏は、
「唯授一人の血脈という言葉は法体の独占または宗務の独裁という響きがあります。しかし、戒壇の御本尊には『一閻浮提総与』とあります。一閻浮提総与には、唯授一人の独占的響きと異なり信徒一同、大聖人と信徒の直結、ひいては大聖人と人類の直結という響きがあります。唯授一人の独占性と非独占を意味する一閻浮提総与の開かれた大衆性とは、一般論としては矛盾の論理です。」
と述べているが、宗祖日蓮大聖人は、全民衆救済のために、唯授一人の血脈をもって、第二祖日興上人に法体の相承をなされたのである。市河氏には、総別の立て分けが全くできていない。大聖人は「曾谷殿御返事」に、
「総別の二義少しも相そむけば成仏思もよらず」
と仰せである。
 そして、法体の相承は、「日蓮一期弘法付嘱書」に、
「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す」
とお示しのように、別して日興上人であることが明らかである。さらに、日寛上人は「依義判文抄」に、
「日蓮一期の弘法とは即ち是れ本門の本尊なり、本門弘通等とは所弘は即ち是れ本門の題目なり、戒壇は文の如し、全く神力品結要付嘱の文に同じ」
と仰せであり、大聖人所持、所顕の三大秘法は日興上人に付嘱されたのである。そして、この付嘱は日興上人に止まるのでなく、代々の御法主上人に授与されてきたのである。
 「日興跡条条事」には、
「日興が身に宛て給わるところの弘安二年の大御本尊は日目に之れを授与す」
とある。ここに示されているように、日興上人に授与された弘安2年大御本尊は、第三祖日目上人に授与されたことが明らかである。その弘安2年の大御本尊は、唯授一人の相承によって、御当代日顕上人が御所持あそばされているのである。
 したがって、弘安2年の本門戒壇の大御本尊は、別して代々の御法主上人に授与せられ、総じて一閻浮提の一切衆生のために授与されたのである。


(13)信徒は胸中で総与の法体と直結

 市河氏は、
「猊下様が誤った裁量をされたとき信徒は胸中で総与の法体と直結することによって日蓮大聖人の流類に入ることができるのではないかと信じます。」
と述べている。まさしく教義違背であり、正信会と同様の血脈への異説である。市河氏は心の底に、御本尊に直結すればよい、大聖人に直結すればよい、という考えがあるようである。それでは、大聖人直筆の御本尊を拝んでいれば、邪宗日蓮宗等でもよいということになる。あるいはまた、大聖人直結として、日蓮宗等において御書を学んでいるが、大聖人直結の教学といえるだろうか。
 すなわち、本宗がなぜ正しいかといえば、唯授一人の血脈によって伝持せられた御法主上人がおられるからである。また相伝の上から、御書の意を正しく御教示される御法主上人がおられるからである。
 血脈付法の御法主上人を蔑ろにして、御本尊直結、日蓮大聖人直結はあり得ないことを肝に銘ずるべきである。


(14)久遠元初の妙法を覚知

 市河氏は、
「久遠元初の妙法を覚知するということは、大聖人の弟子または我々凡夫の身では不可能なことなのでしょうか。もしそうだとすれば、それは、日蓮正宗の教学は仏と弟子の差別観となり、『如我等無異』とされる仏の金言に反することになります。また、凡夫の生命に大聖人と同じ仏界、即ち、久遠元初の妙法が冥伏しているという生命観は否定され、凡夫の十界互具も成立しなくなります。十界互具の生命観に立脚する日蓮大聖人の教理からすれば、我々凡夫にも久遠元初の妙法を覚知することがあるのではないかと思いますが、御教示下さい。」
と述べている。氏の主張は、平等の語を知って、平等の中の差別を知らない。このところに、問題の原因がある。理としては仏も私達も平等であるが、全同というのはおかしい。大聖人のようになりたいという気持ちがあっても、自分が大聖人と同じであると思う人はいないはずである。
 市河氏は、仏においてすら差別があることを知らないのか。
「御義口伝」に、
「如来とは釈尊・惣じては十方三世の諸仏なり別しては本地無作の三身なり」
とあって、釈尊は人法勝劣の仏であり、大聖人は人法体一の仏であることが示されている。このように、仏身においても勝劣・差別があるのである。仏と衆生においては、なおのことではないか。そもそも仏界とはどのような内容・状態をいうのであるかを、三毒強盛の凡夫の智慧をもって、説明することは不可能である。宗祖大聖人は、「観心本尊抄」に、
「但仏界計り現じ難し九界を具するを以て強いて之を信じ疑惑せしむること勿れ」
と仰せられ、他の九界は具体的に説明されているものの、仏界のみは信ずべきことを御教示されている。したがって、私達は仏界を現ずることを信じて、久遠元初の妙法を唱えることが大切なのである。
 しかし、私達が妙法を受持して九界即仏界を現じたからといって、ただちに御本仏と同じ覚りとはいえない。「如我等無異」とは、仏の慈悲を表したものである。ましてや「覚知」という言葉は、あたかも大聖人と同じ立場で、独自に覚りを開いた響きがある。私達は、大聖人の妙法を信ずる身であるから、「信心の喜びを感じた」とか、「確信した」などの表現にすべきである。


(15)戸田会長の獄中悟達

 市河氏は、
「凡夫や弟子も、十界互具の生命なるが故に発迹顕本があり得るとすれば、たとえば、戸田先生が獄中で体得され、実感されたとされる妙法は、日蓮大聖人が久遠元初に覚知されたものと異質のものか、同一のものか。私は妙法である限り、そこに差別はないと信じます。」
と述べているが、「発迹顕本」なる用語を、凡夫や弟子に使おうとするところに初歩的な誤りがある。「発迹顕本」は本仏に用いる用語である。
 また、
「日蓮大聖人が久遠元初に覚知されたものと異質のものか、同一のものか。私は妙法である限り、そこに差別はないと信じます。」
と述べているが、「方便品」には、
「諸仏の智慧は甚深無量なり。其の智慧の門は難解難入なり」
とある。仏の智慧を知ることは難しいのである。「譬喩品」に、
「汝舎利弗すら 尚此の経に於いては 信を以って入ることを得たり 況や余の声聞をや 其の余の声聞も 仏語を信ずるが故に 此の経に随順す 己が智分に非ず」
とある。それを久遠の妙法を覚知するとは、増上慢も甚だしいといわざるを得ない。


(16)2代・3代会長によって正義宣揚

 市河氏は、
「さらにいえば、総罰ともいえる他国侵逼難の犠牲の上に、言論、信教、思想の自由が開かれ、折伏の舞台が拓けてきたという戦後日本の歴史的事実であります。そして、第二代戸田会長、第三代池田会長の闘いによって、日蓮大聖人の正義が社会に宣揚され、厳然たる勢力となってその姿を現出してきたことです。」
と述べている。これは、太平洋戦争・第二次世界大戦のことを指していると思うが、これを他国侵逼難といえば、国際社会から、つまはじきにされるであろう。これは日本の侵略に原因があったといわれているからである。
 そして、「第二代戸田会長、第三代池田会長の闘いによって」云々とあるが、初代の牧口会長は、どうなったのであろうか。これは、第2代戸田会長の獄中悟達などということを考えるため、戸田会長を原点としなければならないからである。創価学会の歴史に矛盾を作ることになるのではないか。
 また創価学会の会長の活躍も、御法主上人の御慈悲があったればこそである。そもそも、創価学会が宗教法人になり得たのは、時の御法主上人の御慈悲の賜物である。創価学会が、勝手に宗教法人を取ったのではない。その時の三条件には、
(1)折伏した人は信徒として各寺院に所属させる。
(2)当山の教義を守ること。
(3)仏法僧の三宝を守ること。
とある。こうした経緯を忘れたところに、今日の学会首脳や市河氏のような増上慢の発言がでてくるのである。


(17)創価学会のみが大難連続

 市河氏は、
「難を受けることの少ない宗門に比べて大難連続の創価学会に大聖人の仏法を観じてきた、私の見解は誤りなのでしょうか。」
と述べているが、宗門における七百星霜の正法護持に対し、何と理解しているのであろうか。
 日蓮正宗七百年の歴史は、大聖人はもとより、日興上人・日目上人等の御歴代上人をはじめ、数々の難を乗り越えての今日の姿なのである。第3祖日目上人は、実に42度にわたる国諌をされている。法華講衆とともに凌いだ法難として、熱原法難をはじめ、千葉、金沢、讃岐、仙台、尾張、伊那、八戸等の法難がある。また明治以降にあっても、日蓮宗との合同問題等を、時の御法主上人のもとに切り抜けてきたのである。
 創価学会の大難とは、いつを指すのであろうか。昭和18年から19年の牧口会長・戸田会長等への弾圧は、まさにその通りであるが、その後、大難といえるのは何を指すのだろうか。昭和45年の言論出版妨害問題だろうか。また昭和52年路線より起きた宗門・学会問題だろうか。あるいは今回の宗門・学会問題を指すのだろうか。
 法難とは、正法を弘通するときにおいて起きた難のみをいうのである。社会のルールを犯して起きた問題をもって法難とはいえない。創価学会だけが法の上の大難連続とはいえないのである。

(18)地涌の四菩薩

 市河氏は、その主張の中で、「観心本尊抄」の、
「是くの如き高貴の大菩薩・三仏に約束して之を受持す末法の初に出で給わざる可きか、当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成って正法を弘持す」
との御文を曲解して、次のように述べている。
「『四菩薩折伏を行ずるときは賢王となって』とは化儀の広布の時において本化四菩薩が在家の身で出現し、広布のために活動することを予言されたものと拝しています。そうすると、出家となるも、在家の活動家となるも、四菩薩の流れに見る二面性であって、根本的には上下なく、広布のための役割の相違と見ることができます。
 本化地湧の二面性と云っても、本尊抄によれば出家の方は摂受であり在家は折伏です。しかも、末法における日蓮大聖人の法門は折伏を面(おもて)としていますから、今日における化儀の広布においては在家が舞台の表面に立つ時であり、在家本番の時と自覚しています。」
 ここにおける大きな誤りは、僧俗平等といいつつも、「在家本番」という在家主・出家従とする、本末転倒の末法の行相観である。末法においては、大聖人の出現によって確立された法体の折伏、すなわち開顕されたところの本地の本法を、日興上人以下、僧宝伝持の折伏をもって久住し、摂折二門の化導の方軌の中、折伏を表とした摂折、時に適う折伏をもって、僧俗ともどもに広布に邁進するのが本義である。
 その意味において、「諸法実相抄」に、
「地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」
とあるように、大聖人と同意の上の地涌の菩薩の眷属としての自覚をもって、また「観心本尊抄」の、
「此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成って正法を弘持す」
との御教示のように、深く自他の正見をもって進むことが肝要である。
 そうであるにもかかわらず、「諸法実相抄」の、
「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」
との御文に接して、大聖人と同意であるから、自らも地涌の菩薩であると、ただちに解釈するのは大いなる僻見である。これは、「地涌の義の総体・別体」を知らないところにその原因がある。「御義口伝」には、
「御義口伝に云く涌出の一品は悉く本化の菩薩の事なり、本化の菩薩の所作としては南無妙法蓮華経なり此れを唱と云うなり導とは日本国の一切衆生を霊山浄土へ引導する事なり、末法の導師とは本化に限ると云うを師と云うなり、此の四大菩薩の事を釈する時、疏の九を受けて輔正記の九に云く『経に四導師有りとは今四徳を表す上行は我を表し無辺行は常を表し浄行は浄を表し安立行は楽を表す、有る時には一人に此の四義を具す』」
と明かされ、また、日寛上人はこの文を釈して、「開目抄愚記」に、
「『或る時は一人に此の四義を具す』とは、即ちこれ総体の地涌なり。当に知るべし、在世はこれ別体の地涌なり、末法はこれ総体の地涌なり、故に『或る時』という。或る時というは、即ち末法を指す」
と示されている。すなわち、地涌の菩薩における在末の総・別を明かし、そして四徳・四菩薩総体の導師、上行再誕日蓮大聖人の末法涌出を結示されているのである。つまり、末法における四菩薩の出現は、市河氏の説のようなものではなく、大聖人の一身に、四菩薩・四徳の全てを具した「総体の地涌」であるという結示なのである。
 故にこそ、また「御義口伝」には、
「今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱え奉る者は皆地涌の流類なり」
と仰せられ、大聖人以下の我々僧俗は、大聖人と同意の上において「流類」であると明示されるのである。末法においては、四菩薩の徳を、総じて上首唱導の上行菩薩に具するのが本義である。故に、四菩薩総体の上首上行日蓮大聖人と顕われるのである。我々僧俗は、ここに同意であるから、その眷属・流類となり得るのである。これを知らずに、「在家本番」などと在家本仏論をほのめかすことは、信徒が上行再誕日蓮大聖人と同一であるとするものであり、「謂己均仏」の大慢の僻見であると断ずるものである。
 また、四菩薩は大聖人として出現されるのであるから、市河氏のような、四菩薩大聖人が再び出現するという解釈は間違いである。
 このことは、市河氏の、
「諸法実相抄に『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱えしが、二人、三人、百人と次第に唱えつたふるなり』の次下に『未来もまたしかるべし、是あに地湧の義に非ずや』とあるからです。この御文は、大聖人御在世における法体の広布にあっても、また、今日における化儀の広布の時にあっても、広布の原理は同じであり、同じ様相をもって妙法が宣揚されていくことを予見されたものと拝されます。」
という、「戸田会長の獄中の悟達」との、いわゆるためにする、新たな唱導の流れがあるような、曲解の根拠を示すものでもあるといえる。「諸法実相抄」の「未来も又しかるべし」とは、末法の本仏大聖人に始まる題目を、門下僧俗が、大聖人に連なって折伏する未来の様相を示したもの以外の何ものでもない。
 確かに「観心本尊抄」には、国王による化儀の折伏を説示している。しかし、日寛上人の「観心本尊抄文段」には、国王とは仙予国王等とある。仙予国王とは、「仏教哲学大辞典」によれば、「純善」の人である。広宣流布の日には、必ずこのような方が現れるであろうが、現在の池田氏等のような、三宝を破壊する極悪謗法の人のことでは、断じてない。
 氏はまた、
「本尊抄によれば出家の方は摂受であり在家は折伏です。」
と述べているが、末法は、僧俗ともに折伏の時である。「開目抄」に、
「無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし」
とあるごとくである。正像の本已有善の時ならいざ知らず、末法の本未有善の衆生には、随自意の教法をもって折伏を行ずることは明らかである。その折伏の上に立った摂受もあることは、幾多の御書にも明らかなところである。法華講とともに折伏に励む僧を、摂受といえるだろうか。寺院での御本尊を頭に頂く御授戒は、摂受であろうか。
 まして、「当家三衣抄」には、当宗の法衣を指して、
「末法折伏の行に宜しき故なり」
と示され、大聖人は「出家功徳御書」に、
「されば其の身は無智無行にもあれかみをそり袈裟をかくる形には天魔も恐をなすと見えたり」
と示されている。仏を期すゆえに、僧となって法衣を着する形そのものが、すでに折伏であることが了解できるではないか。市河氏には、いたずらに出家=摂受、在家=折伏、などという愚かな解釈をして、僧俗の和合破壊を行なわないよう、反省を求めるものである。このような作為があるからこそ、また「在家本番」などという、三宝破壊の邪説を立てるのである。いつの時代になろうとも、当宗においては、血脈付法の御法主上人、すなわち現時における一閻浮提の大導師を師として教えを蒙るのである。
 「化儀抄」に云く、
「一、手続の師匠の所は三世の諸仏高祖已来代々上人のもぬけられたる故に師匠の所を能ク々取り定メて信を取るべし、又我カ弟子も此クの如く我レに信を取るべし、此ノ時は何レも妙法蓮華経の色心にして全く一仏なり、是レを即身成仏と云ふなり」
 御文中の「我レに信を取るべし」の「我レ」とは、時の御法主、日有上人であることに留意せねばならない。
 また、「御本尊七箇相承」に云く、
「一、日蓮在御判と嫡嫡代代と書くべしとの給う事如何。師の曰く、深秘なり、代代の聖人悉く日蓮なりと申す意なり」
 市川氏には、右御文を虚心坦壊に拝しての猛省を促すものである。


(19)有徳王・覚徳比丘

 市河氏は、
「仏が出現されるとき、そのお立場は必ずしも出家僧でないことは、涅槃経の有徳王、覚徳比丘の法理に照らしても明白であります。」
「ところで、大聖人の仏法においても化儀の広布の時を明示して三大秘法抄に、『有徳王、覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時』とあり、有徳王の出現を明示されております。(中略)出現されたときの立場は在家であること(中略)その人は在家でありながら内証の辺は地涌の四菩薩であること等は、まちがいないと思います。」
と述べ、有徳王・覚徳比丘の故事を引いて、本仏大聖人以外の本仏を、今のこの時代につくるための、根拠不明・牽強付会の大謗法の説を立てている。なぜ日蓮正宗で大聖人以外の仏を必要とするのだろうか。これは、まさに仏法破壊の大謗法といえる。涅槃経に説かれる有徳王・覚徳比丘の故事は、正法護持の信仰者の心構えと、正法を守る者の功徳の大きさを讃えるもの以外の何ものでもない。
 「立正安国論」に、
「迦葉・爾の時の王とは即ち我が身是なり、説法の比丘は迦葉仏是なり、迦葉正法を護る者は是くの如き等の無量の果報を得ん」
と、大聖人が引用されるのも、その意味において同様である。
 この意味においてこそ、「三大秘法抄」の「未来に移さん時」という御教示をも拝すべきである。すなわち、大聖人の眷属として、その自覚に立って大聖人のように前代に異なる自行化他の南無妙法蓮華経を、広宣流布の暁を目指して行ずることが、我々の信仰姿勢なのである。
 この本義を習いそこない、広布の達成せざる今に、有徳王の確定を求めるような、氏の、
「有徳王を特定するには、広布史上におけるはたらき、現実の振舞い、実績等で判断する以外にありません。宗門の見解をご教示願いたいと思います。」
との言は、まさに僧俗の本分を忘失した論であるといえる。


(20)大聖人己心の弥四郎国重

 市河氏は、
「一閻浮提総与の御本尊様の対告衆は弥四郎国重と賜わっております。弥四郎国重は、出家ではなく在家の名とも伺っています。大聖人己心の弥四郎国重がどなたなのかは、私どもは知る由もありませんが、御本仏の己心の人である以上、必ず広布の途上に出現する方と見るべきでしょう。」
と述べている。
 唖然とする。まさに仏法破壊の珍説である。日蓮大聖人は、発迹顕本をもって久遠元初の仏身を示され、内外の因縁充実をもって大聖人己心の弥四郎国重を願主として、人法一箇の大御本尊を顕わされたのである。
 そのことは「富士宗学要集」に、大御本尊脇書として、
「右現当二世の為に造立件の如し、本門戒壇の願主弥四郎国重、法華講衆等敬白、弘安二年十月十二日」
とあるごとくである。このことにつき、市河氏はいわれなき珍説を立てている。しかし、「己心」とは己の心で、大聖人己心の弥四郎国重とは、大聖人の内証としての弥四郎国重である。これがなぜ、大聖人と別な人間として顕われなくてはならないのか。大聖人己心の弥四郎国重は、すでに大聖人自身の末法出現とともに顕われ、一閻浮提総与の大御本尊の中に、願主として存在しているではないか。
 また、僧形をもって末法救済のために出現された大聖人己心の弥四郎国重を、出家であるか在家であるか、何の必要があってそのような論理を弄さなければならないのか。そこに、市河氏の信心不在の邪念による作為を感じる。
 本来、大聖人所顕の大曼荼羅御本尊は、大きく分けて二種に分けることができる。すなわち、意味の相違による分類である。一には、出家在家への個人賜与の御本尊であり、その中の多くは、信行の対象として安置すべき御本尊であるが、まれに守り本尊の意味で顕わされ、授与されたものもある。この個人の場合は、ほとんどの御本尊に受者の名前が書かれている。二には、特別な意義と目的のもとに顕わされるか、またその時々の境地より顕発される御本尊で、授与書が示されていない。もちろん願主と授与者とが一つでない場合があるのは、法華経の説法に発起衆と影響衆・当機衆・結縁衆とが、それぞれ分かれているのと同様である。文永・建治・弘安の各期にわたって、授与書のない御本尊を相当数拝する。授与書がなくとも、それぞれ大小の目的に従って、委任すべき弟子に譲られるのは当然である。本門戒壇の大御本尊は、唯一究竟の大目的のもとに、大聖人の境界中の弥四郎国重の願いによって顕わされ、広宣流布の本門戒壇建立の時のため、日興上人へ特別に授与になったから、日興上人は、また次に一閻浮提の座主として、日目上人に譲られたのである。個人への授与でないから、大聖人より日興上人への授与書が示されていないのは当然である。
 我々にとって、まことに肝要なことは、一閻浮提の座主たる御法主上人を、現今の師としてそこに信を取り、宗祖大聖人出世の本懐たる大御本尊を拝することである。いかに大聖人所顕の御本尊とはいえ、身延・池上の御本尊を信仰しても、その益なきは論をまたない。何の必要あって、市河氏はこのような珍説を立てるのだろうか。まさに、ためにする仏法破壊の大僻説であるといえる。
 日亨上人は、「化儀抄註解」において、
「本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り」
と述べられている。御本尊のことは、大聖人御内証の所談であり、これを通釈できるのは、唯一、血脈付法の御法主上人のみであることを再度心に刻み、そこに信を取って正信に歩むことを、市河氏に願うものである。

以 上