日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

名聞名利・我慢偏執を誡める

持妙法華問答抄(新編296頁1・全集463頁16)

 只(ただ)須(すべから)く汝仏にならんと思はゞ、慢のはたほこ(幢)をたをし、忿(いか)りの杖をすてゝ偏(ひとえ)に一乗に帰すべし。名聞名利は今生(こんじょう)のかざり、我慢偏執(がまんへんしゅう)は後生のほだ(紲)しなり。嗚呼(ああ)、恥ずべし恥ずべし、恐るべし恐るべし。

 

持妙法華問答抄(新編299頁1・全集466頁11)

臨終已(すで)に今にありとは知りながら、我慢偏執名聞利養(がまんへんしゅうみょうもんりよう)に著(じゃく)して妙法を唱へ奉らざらん事は、志の程無下(むげ)にかひなし。 

 

新池御書(新編1461頁5・全集1443頁17)

末代の衆生は法門を少分をこゝろえ、僧をあなづり、法をいるが(忽)せにして悪道におつべしと説き給へり。法をこゝろえたるしるしには、僧を敬ひ、法をあがめ、仏を供養すべし。今は仏ましまさず、解悟の智識を仏と敬ふべし、争でか徳分なからんや。後世を願はん者は名利名聞を捨てゝ、何に賤(いや)しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬ふべし。是正しく経文なり。