日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

総論 第3章 創価学会の謗法

第三章 創価学会の謗法


  一、大御本尊から離れた創価学会

 日蓮大聖人の仏法を正しく信仰するということは、大聖人以来の血脈に随順して、根本の法体である本門戒壇の大御本尊を信受することであり、その信仰こそ真実の功徳と成仏があるのです。
 しかし、現在の創価学会員は、総本山大石寺に参詣することも、本門戒壇の大御本尊を拝むこともできない状態です。
 それは創価学会が許されざる謗法集団と断定されたからにほかなりません。
 創価学会では、会員に対して、総本山に参詣できなくなった理由として、
 「宗門が学会員の参詣を拒否したから」
 「大石寺が謗法の山となったため、参詣し供養することは謗法与同になる
 から」
 「現在、戒壇の大御本尊は、日顕宗に乗っ取られた状態にあるから」
などと言い訳をしていますが、大御本尊から離れた者が、いかに理屈を並べても、正しい教えから外れているという事実に変わりはないのです。


【資料】
◇「本門戒壇の御本尊は、究竟の中の究竟、本懐の中の本懐なり。既に是れ三大秘法の随一なり」

                                                                                    (日寛上人・文段一九七㌻)
◇「総本山の大御本尊にお会いするのは、親もとへ帰りたいといった気持ちで、なつかしがってくるようでなければなりません」(戸田城聖全集二―二七㌻)


  二、唯授一人の血脈を否定する創価学会

 創価学会は、血脈について、
 「法主だけに流れる血脈などはない」
 「信心さえあれば誰にでも血脈が流れる」
 「創価学会の信心にこそ血脈が流れている」
などと主張していますが、これは明らかに日蓮大聖人の御教示に背く邪説です。
 このように創価学会は、一方では唯授一人の血脈の存在を全面的に否定しながら、もう一方では「法主の血脈が途中で断絶した」とか、「相承の儀式が行われていない」「血脈が汚れた」などといって、唯授一人の血脈の存在を認めたうえで誹謗するなど、まったく矛盾した言動を繰り返しています。
 つまり、創価学会には宗祖大聖人以来の唯授一人の血脈に関して、一貫した主張などはなく、ただ唯授一人の血脈の尊厳を貶めようとする〝罵り〟があるだけなのです。


【資料】
◇「よく信心の血脈を問題にする者がいる。生死一大事血脈抄に『信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり』とある文をもって、信心さえあればよいとする立論である。誰でも自由に継承できるなどというのはこれだ。(中略)有名無実の信心をふりまわして、付属相承を否定するのは、総別の二義に迷惑し、師弟相対の深義に暗く自ら混乱を好む仕わざではないか」(大白蓮華 掲載論文 昭和四十一年九月号三五㌻)

◇「正信会の輩が血脈の否定にいかなる口実をかまえようとも、ことの本質は彼らの信心の根本の狂いにある」
(平成三年一月一日付文書「『お尋ね』に対する回答」秋谷栄之助 大日蓮号外八九㌻)

  三、僧宝を誹謗する創価学会

 総本山第二十六世日寛上人は、『当家三衣抄』に、
「南無本門弘通の大導師、末法万年の総貫首、開山・付法・南無日興上人師。南無一閻浮提の座主、伝法・日目上人師。嫡々付法歴代の諸師」(六巻抄二二五㌻)

と仰せられ、日興上人をはじめとする代々の御法主上人を僧宝として敬うべきことを教えられています。
 しかし、創価学会はこの日寛上人の御教示に反して、日興上人お一人が僧宝であると決めつけ、御歴代上人に対してさまざまに誹謗中傷を加えています。
 これら創価学会の法主誹謗は、会員に「法主にも謗法や誤りがある」との考えを植えつけ、創価学会を破門した処置は「日顕(上人)の誤りによるもの」であり、「学会には非がなかった」と、自らを正当化するためのものなのです。
 しかし、創価学会が日蓮正宗から破門された原因は、ひとえに創価学会が謗法を犯したからであり、その責任はすべて池田大作にあるのです。にもかかわらず、その一切の責任を日顕上人になすりつけるなどは、卑劣きわまりない行為というほかはありません。
 創価学会は連日、口をきわめて日顕上人を誹謗し、御歴代上人の非をあげつらっていますが、日蓮大聖人は『四恩抄』に、
 「僧の恩をいはゞ、仏宝・法宝は必ず僧によて住す」(御書二六八㌻)
と仰せになり、僧宝によって仏宝・法宝が正しく伝えられていくことを示され、僧宝を敬うべきことを教えられています。
 御法主上人への悪口雑言を繰り返す創価学会は、僧宝誹謗の大罪を犯し、日蓮大聖人の教えに反逆していることを知るべきです。


【資料】
◇「人のなかでも、りっぱな僧侶と名づくべき百数十人の小さな教団がある。この教団こそ日本の宝であり、仏のおおせの僧宝であると、万人の尊敬すべきところで、まことにめずらしい教団である。日蓮正宗の僧侶の教団こそ、これである」(戸田城聖全集一―四三㌻)

  四、『ニセ本尊』を配布する創価学会

 創価学会は平成五年十月に至り、突然、本尊を勝手に作製し配布し始めました。
 この本尊は、栃木県・浄圓寺に所蔵されている日寛上人御書写の御本尊をコピーし、さらに御本尊に認められていた「本證坊日證授与」という授与書きを抹消して作り上げたものです。
 日蓮正宗では、この創価学会作製の本尊を『ニセ本尊』といっています。
 その理由は次の三点に要約されます。
  ○御法主上人の許可を受けていない
  ○総本山から下附されたものではない
  ○創価学会が勝手に作製したものである
 創価学会では、「自分たちは和合僧団であり、信心の血脈が流れているから、御本尊を配布する資格がある」「広布を願う一念があれば資格がそなわる」などと吹聴しています。
 しかし、『本因妙抄』に、
 「血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承唯授一人の血脈なり」(御書一六八四㌻)
と御教示されているように、戒壇の大御本尊の護持並びに御本尊の書写と授与など、御本尊に関する一切の権能は、唯授一人血脈付法の御法主上人に限るのです。
 したがって、創価学会が勝手にコピーして作った『ニセ本尊』は、姿や形は日寛上人の御真筆とそっくりであっても、御法主上人の許可も開眼もないので、御本仏の「たましい」が込められていない偽物です。
 しかも『ニセ本尊』は、正法に敵対する者の手によって作られたものですから、『ニセ本尊』には魔の力がこもっており、これを拝むと大謗法の罪によって厳罰を受け、永く地獄に堕ちる結果となります。


【資料】
◇「いわゆる付属のないもの。これは偽札本尊といって、これらを本尊と立てる連中は、御本尊は誰が書いてもよいなどと考えているのである」(折伏教典改訂三十二版三四五㌻)
◇「ただ、大御本尊だけは、われわれは作るわけにはゆかない。日蓮大聖人様のお悟り、唯授一人、代々の法主猊下以外にはどうしようもない(中略)ニセですから、力がぜんぜんない。むしろ、魔性が入っている。魔性の力が入っている。だからコワイ」(戸田城聖指導 大白蓮華 昭和三十四年七月号九㌻)


第四章 創価学会の体質