日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

末法の時を撰ぶ「撰時抄」

正林寺御住職指導(R5.6月 第233号)

 「時鳥(ほととぎす)は春ををくり、鶏鳥(にわとり)は暁をまつ」(御書834)

 初夏を迎えるこの時期、時鳥は時を待って鳴き、鶏も夜明けの時を待ち鳴きます。鳥も時を待って鳴くわけであります。
 宗祖日蓮大聖人は『如説修行抄』に、
「鶏(にわとり)の暁に鳴くは用(ゆう)なり、よい(宵)に鳴くは物怪(もっけ)なり」(御書672)
と御指南であります。時を逸すると心地よい音色も物怪となりかねません。

 仏法においての時は、『日蓮一期弘法付嘱書』に、
「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり。就中我が門弟等此の状を守るべきなり。」(御書1675)
と御指南である、時を重要視した「時を待つ」自行化他にわたる信心活動が大事であります。

 人間社会においても「時」は大事なことであり、時を見誤りますと人間関係も悪くなります。特に仕事の商談では、時間に遅れることは信用を失いかねません。自分一人だけではなく勤め先の会社に影響を与え、状況により始末書を提出して処分を受け昇進にも影響します。時を正確に判断し行動できるように、朝夕の勤行では日々時間の予定と正確性を磨いていきましょう。

 時は末法時代に入り971年の現在、世間では仏法を撰ぶよりも人工知能AI「ChatGPT」「Bard」「Bing」を撰び、利便性を追求し注目する業種もあるようです。「ChatGPT」等は活用次第により非常に充実させ効率よくできますが、懸念として反社会的に利用することは厳に慎むべきことです。AIの加速的な進化により、正しい仏法が見えなくなり盲目にならないよう「目を開きなさい」(信行要文199)との御指南を心肝に染めて利用の際は、特に仏法では、内外・権実雑乱した情報には注意が必要です。精査された正しい教学を正師から学び身につけてから利用することが望ましいです。
 現時点での人工知能「ChatGPT」等では、「文の底にしづめた」(御書526)極理の師伝に精通した認知度までは到達できず、「余事をまじ(交)へば、ゆヽしきひが(僻)事なり」(御書1219)との現状ではないでしょうか。

 さて、大聖人は『撰時抄』の冒頭に、
「夫(それ)仏法を学せん法は必ず先づ時をならうべし」(御書834)
と御指南であります。時である三時弘教の次第を知り、末法時代には法華経である三大秘法の教えを極理の師伝から習うことが大事であります。
 『撰時抄』は、建治元(1275)年6月10日、大聖人54歳の時に身延から駿河の国西山の由比氏に与えられた五大部十大部御書の一つであります。『撰時抄』の題号は大聖人が自ら題されたものです。
 御真蹟は全百十紙のうち、百七紙が静岡県玉沢妙法華寺(日蓮宗)に現存し、残りの三紙は、二紙が京都府立本寺(日蓮宗)などの四カ所に分蔵され、一紙が欠損している状態です。
 身延山久遠寺(日蓮宗)には、かつて妙法華寺本とは別の御真蹟が蔵されていましたが、明治8(1875)年の大火で烏有(うゆう)に帰しています。
 第二祖日興上人は『富士一跡門徒存知事』に、本抄を御書十大部の一つに選定されると共に、日興上人の外戚である、
「駿河国西山由比某」(御書1870)
に与えられた御書であることを記されています。
 本抄は、その題号が示す通り、仏法ではまず時を知ることが肝要であると述べられ、釈尊の白法が隠没する末法今時は「法華経の肝心たる南無妙法蓮華経」が広宣流布される時であることを明かされます。

 御法主日如上人猊下は、
「『撰時抄』の内容は、まず仏法には時が肝要であることが述べられ、釈尊在世および滅後の、正像末の三時における、インド・中国・日本の三国にわたる弘経の法を示し、それぞれの時代と、国土の正法を明かされています。」(信行要文 三 P32)
と御教示あそばされております。
 さらに三時弘教の次第について、
「まずインドでは、正法時代の初めの五百年には迦葉・阿難等が小乗教を流布し、正法時代ののちの五百年には竜樹・天親等が権大乗を弘めた。次に、像法時代の中期に中国で天台大師が法華経の迹門を流布し、像法時代の終わりには伝教大師が法華経迹門を日本に流布したと述べられております。そして末法に入って、釈尊の仏法の功力がなくなる白法隠没の時代となり、上行菩薩が出現して最大深秘の大法を広宣流布し、一切衆生を救うことを明かされています。さらに五濁悪世、末法の広宣流布に向けては不自惜身命で修行せよ、と仰せられているのであります」(信行要文 三 P33)
と御指南あそばされております。

 『撰時抄』は、正・像・末の三時弘教の次第や念仏・禅・真言宗等への破折、大聖人の三度の高名など、日本第一の法華経の行者である日蓮が「寿量品の南無妙法蓮華経」を末法に流布すると述べられて、弟子檀那に妙法五字の弘通を勧奨されています。

 現在の末法では、どの仏法を学び習うべきかを見極めてから、修行に専念することが求められる時代であります。まさに、正法・像法時代の教えではなく、末法時代の時を撰び時に適った教えを知り学ぶ必要があります。

 題号の『撰時抄』の「撰時」は、時を選ぶという意味であり、日寛上人は『撰時抄愚記』に、
「『撰』は只是れ撰取、『時』は只是れ末法、故に本意は別して末法の時を撰取するに在り、故に『撰時抄』と云うなり」(御書文段289)
と、末法の時を選ぶという意味で『撰時抄』との仰せであります。その末法の時を撰取するとは、
「一には今末法に於ては、必ず応に文底深秘の大法広宣流布すべし。二には今末法に於ては、応に日蓮を以て下種の本尊と為すべし」(御書文段289)
と仰せになり、一つは末法に必ず文底秘沈の大法が広宣流布すること、二番目に、末法においては日蓮大聖人をもって下種の本尊とすべきこと。この二つの意味があると日寛上人は御指南であります。
 つまり、『教行証御書』に、
「今末法に入っては(中略)本門の肝心寿量品の南無妙法蓮華経を以て下種と為(な)す。」(御書1103)
と御指南である、時であります。
 『開目抄』に、
「仏法は時によるべし。(中略)後生には大楽をうくべければ大いに悦ばし」(御書578)
と。
 さらに日寛上人は『撰時抄愚記』に、本抄の抄題を通・別の両釈から、文通(撰は撰捨・撰取。時は正・像・末の三時)と意別(撰は撰取。時は末法)をもって釈されています。
 そして題号の本意は、正像二時を「撰捨」し、ただ末法の時を「撰取」することにあると教示されています。

 また、題号の下に自署された「釈子日蓮述」の「釈子」について五義を御教示であります。
①蓮祖は是れ本化の再誕なるが故に。
②蓮祖は能く法の邪正を糾したもうが故に。
③蓮祖は能く謗法を呵責したもうが故に。
④蓮祖は能く此の経を読持したもうが故に。
⑤蓮祖は即ち是れ本因妙の釈尊なるが故に。(御書文段291※趣意)
と五義を挙げて、外用の辺からは上行菩薩の再誕・法華経の行者としての「釈子」、内証の辺からは本因妙の釈尊としての「釈子」という本義があると釈されています。
 
 本抄の大意は、仏法を学ぶ方法について、まずは時を習うことが肝要と明示され、時を待った大通智勝仏や釈尊、弥勒菩薩などの事例を挙げて仏法の修行者は時を糾すべきであると説かれます。
 そして、寂滅道場(華厳経)において上根の大菩薩にも説かれなかった二乗作仏・久遠実成・即身成仏・一念三千(法華経)を、霊山会上にて不孝・謗法の阿闍世王提婆達多などに対して説かれたことを示し、それは衆生の機根の熟不熟によるのではなく、説示される時が至ったためであると明かされます。
 次いで、機根ではなく時を判断基準として説くべき道理を法華経や天台等の文証を挙げて説かれます。つまり「機に随って法を説くと申すは大なる僻見(びゃっけん)なり」(御書846)と。
 次に、いかなる時に法華経を説くべきかとの問いを設けられ、仏眼を借りて時機を考え、仏日をもって国を照らせと仰せられ、大集経の滅後における五箇の五百歳の経文を引かれます。
 まず大集経の教説に対する浄土教の曇鸞・道綽・善導の見解(末法では法華経は難行道、未有一人得者、千中無一等であり、浄土教が流布するとの主張)を批判すると共に、釈尊の白法が隠没する第五の五百年は、末法今時であることを経証を挙げて説明され、白法隠没の次に弘まるのは法華経の肝心たる南無妙法蓮華経であると説かれます。
 そして、末法における法華弘通には怨嫉が多く、法華経の行者を用いずに迫害する故に、天変地夭や前代未聞の大闘諍が起こり、その結果、末法万年尽未来際を見据えられ一切の万民は頭を地に付け掌を合わせて南無妙法蓮華経と唱えるだろうと述べられ、法華経の流布の時が在世の八年と滅後末法の二度あることを教示されます。
 次に、先の大集経の五箇の五百歳によって、正像末の三時におけるインド・中国・日本の弘教の次第を詳述されます。
 まず、正法一千年(解脱堅固、禅定堅固)のインドの仏法と像法一千年(読誦多聞堅固、多造塔寺堅固)の中国、日本の仏法における弘通の次第を示されます。
 特に、像法八百年の時、日本に出生した伝教大師最澄が、南都六宗の碩学を屈服せしめ、比叡山に法華経の円頓戒壇を建立したことを挙げ、竜樹・天親・天台・妙楽にも勝れた聖人であると述べられます。
 次に、末法は闘諍堅固・白法隠没の経文の如く、一閻浮提に闘諍が起きているため、この時に上行菩薩が法華経の大白法(妙法蓮華経の五字)を日本乃至一閻浮提に広宣流布することは疑いなく、そうであるならば日蓮は日本国の人々の父母、師範、主君であると仰せられます。
 そして、この閻浮第一の法華経の行者を上下万民が迫害したので、正嘉の大地震や文永の大彗星という閻浮第一の大難が起きたのであると説かれます。
 続いて、最上の上機の竜樹・天親が出現した正法時代も、法華の淵底を極めた天台大師、円頓の大戒場を建立した伝教大師が出世した像法時代も、共に真の法華経流布の時ではなく、また正像二時の諸師は法華経の実義を宣説していないことを示して、正像二千年に未だ弘通されていない最大深秘の正法が、法華経の経文の面に現前であると明かされます。
 次に、それはどのような秘法かとの問いを設けられ、答えの前提として、まず三つ、禍である念仏、禅、真言の三宗の邪義を挙げて破折されます。特に真言宗は念仏・禅の二宗以上の誤った宗旨であるとして、中国に真言三部経を渡した善無畏等や日本の真言宗の祖である弘法について詳説されます。
 そして、弘法が主張する「法華経は戯論、盗人、無明の辺域」との義は、一切経や大日三部経に説示のない義であること、法華経を醍醐味とするのは涅槃経によるもので、真言宗の者共は仏の明鏡(経典)に照らして自らが謗法であることを知るべきであると破折されます。
 次に、先の三宗よりも最大の悪事として真言勝法華劣の邪義を主張する慈覚を破折されます。
 また、安然が『教時諍論』に第一真言宗、第二禅宗、第三天台法華宗と判じて禅宗が日本に充満したこと、慧心が『往生要集』の序を著して念仏宗が興隆したことを挙げて、これらの叡山の先師は法華経を失淵源にして、師子身中の虫であると指弾されます。
 さらに、伝教に背いた慈覚における理同事勝義と日輪を射た夢想に言及され、「依法不依人」を基本とすべきこと、そして真言亡国の現証を示されて破折されます。
 次いで、兆しが大きければ災難も甚大である道理から、日蓮に対する不軽菩薩や覚徳比丘にも過ぎる迫害により、仏滅後未曽有の地震や彗星が起きたこと、そして権大乗の阿弥陀経の題目が弘まった後に法華実経の題目が流布する道理から南無妙法蓮華経が広宣流布することは間違いないことを示して、弘通する日蓮は日本第一の法華経の行者であるとの確信を述べられます。
 また、災難の原因について、国主が亡国の法である禅・念仏・真言を用いたためであることを経証を引かれて説き明かされ、この三宗の元祖を三虫、天台宗の慈覚・安然・恵心を法華経と伝教の師子身中の三虫であると断じられます。
 そして、これらの大謗法の根源を糾弾したので天変地夭という最第一の瑞相が起きたのであるから、今、蒙古が襲来する時に、上下万民が南無妙法蓮華経と唱え、助けを請ことを思えば悦ばしきことである。しかし、たとえ日本の高僧たちが「南無日蓮聖人」と唱えようとしても「南無」だけで終わってしまうであろうことは、まことに気の毒なことであると仰せられます。
 次に、外典と内典に未来乃至三世を知る者を聖人というが、日蓮には「三度の高名」があるとして、文応元(1260)年7月16日に提出した『立正安国論』、文永8(1271)年9月12日の平左衛門尉頼綱への諌暁、文永11年4月8日に平頼綱と会見した際の諌言を提示され、これらの的中はひとえに釈尊の教説による故であると述べられ、法華経の一念三千の大事の法門とはこのことであると教示されます。
 そして、末代悪世に少しの智解がなくても、三説超過の法華経を強盛に信じる者は、菩薩や論師人師にも勝れると説かれて、日本国の智人は衆星、法華経の行者日蓮は満月のように心得るべきことを説示されます。
 是後に、我が弟子らは身命を惜しまずに随力弘通し、また諸宗の謗法を破折するよう勧奨され、そうすれば必ず釈迦・多宝、十方分身の諸仏、地涌千界の菩薩、諸天等の加護があることを述べられて、本抄を結ばれています。
 
 拝読の際に心がけて心肝に染めるべきことは申すまでもなく、時を知ることが絶対不可欠であります。再確認ですが、正・像・末の各時代の相違を把握し、時に適った正しい教えによってこそ、私たちの成仏が叶うためです。
 故に本抄には、「時」と「機」の関係について、
「寂滅道場の砌には(中略)即身成仏・一念三千の肝心其の義を宣べ給はず。此等は偏にこれ機は有りしかども時の来たらざればのべさせ給はず」
と、「時」を「機」に優先させることを明確に示され、また、
「せんずるところ機にはよらず、時いたらざればいかにもとかせ給はぬにや」
と、人々の機根の上下や善悪によって論ずるのではなく、時によって論ずるべきことを教えられ、機に随って法を説くことは大なる僻見となります。
 日寛上人は『法華取要抄文段』に、
「時を知るとは、具には撰時抄の如し。今、一言を以て之を示さん。末法今時は本門三箇の秘法広宣流布の時なり。当に知るべし、今末法に入り小大・権実・顕密共に皆悉く滅尽す」(御書文段535)
と、末法とは後五百歳、すなわち白法隠没の時であるため、釈尊が説かれた小乗・大乗、権教・実教、顕教・密教等の教えには一切衆生救済の力がなくなる時であることを教示されています。
 したがって、正法・像法・末法の各時代の違いを正しく知り、今末法の時代は「此の本尊は広布の根源なり」(御書文段290)との三大秘法が広宣流布すべき時であることを知ることが、「時を知る」ことなのです。

 御法主日如上人猊下は、
「正法と像法と二千年は、小乗と権大乗が流布する時であり、末法は、この三大秘法の仏法が広宣流布していく時である。しかるに、この時は経文に闘諍堅固・白法隠没の時と定められて、権教と実教とが入り乱れ、正邪の区別がつきかねる濁悪の時である。かかる時には、我らは実教すなわち、三大秘法の仏法の立場から責めなければならない。これを摂折二門の中には法華の折伏と言うのである。天台大師が『法華玄義』に『法華は折伏して権門の理を破す』と言われたのは、まことに故ある言葉である。しかるに今、末法において折伏を行ずべき時に摂受を修行するのは、あたかも冬に種をまいて、春に収穫しようとする愚かな考えである。鶏は暁に鳴くものである。宵に鳴くのは物怪である。権教と実教が雑乱している末法の今日、法華経の敵を知りながら責めもせず、折伏もせず、山林に閉じ篭もって、摂受を修行する者は、法華経修行の時を失う物怪である」(御書672 趣意)
と、厳しく仰せられているのであります。」(大日蓮 第928号 R5.6)
と御指南あそばされております。

 末法においては、文底深秘の大法である三大秘法の随一であり本門戒壇の大御本尊を根本崇拝申し上げて、広宣流布の根源となる究極の御本尊であることを末法の時において撰ぶことが肝要であります。

 最後に、大聖人仰せの「今末法に入っては教のみ有って行証無く在世結縁の者一人も無し」(御書1103)との時代では、まずはじめに、「心に残る一言」として「時を撰ぶ」ことを化他行では伝えるべきであります。
 ゆえに「力あらば一文一句なりともかたらせ給ふべし」(御書668)と。

 

宗祖日蓮大聖人『教行証御書』に曰く、
「今末法に入っては教のみ有って行証無く在世結縁(けちえん)の者一人も無し。権実の二機悉(ことごと)く失(う)せり。此の時は濁悪たる当世の逆謗の二人に、初めて本門の肝心寿量品の南無妙法蓮華経を以て下種と為(な)す。『是の好き良薬(ろうやく)を今留めて此に在(お)く。汝取って服すべし。差(い)えじと憂(うれ)ふること勿(なか)れ』とは是なり。」(御書1103)