正林寺御住職指導(R5.12月 第239号)
謗法厳誡の信仰を宗是とする日蓮正宗の僧俗において、毎年向かえる12月16日には、決して忘れてはならない憶持不忘の御手紙があります。
宗祖日蓮大聖人から唯授一人の血脈相承を受けられた第二祖日興上人は、正応元(1288)年12月16日の御手紙『原殿御返事』に、
「身延沢を罷り出で候事面目なさ本意なさ申し尽くし難く候えども、打ち還し案じ候えば、いずくにても聖人の御義を相継ぎ進らせて、世に立て候わん事こそ詮にて候え。さりともと思い奉るに、御弟子悉く師敵対せられ候いぬ。日興一人本師の正義を存じて、本懐を遂げ奉り候べき仁に相当って覚え候えば、本意忘るること無くて候」(聖典改訂版698)
と、身延の地頭波木井実長の子息である原殿に宛てられた御手紙です。師敵対の学頭民部日向に誑惑された実長により、身延の霊地は謗法の山となり、離山に当たり日興上人は御心情を披瀝されました。
現在の日蓮正宗大石寺と日蓮宗身延派との大きな異なりを物語る日興上人の御手紙でもあります。
特に「身延沢を罷り出で候事面目なさ本意なさ申し尽くし難く候えども」との一文は、日興上人にとって、大聖人の九ヵ年にわたり住まわれ、また大聖人の御廟所でもある身延を離れることが実に忍びがたく、断腸の思いであったことを物語っております。
しかし、大聖人の御義を相承し継いでいく使命は、身延において御廟所を守るよりも重要であり、大聖人の『三大秘法抄』の「最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき」(御書1595)との御指南、さらに『日蓮一期弘法付嘱書』の「富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」(御書1675)と仰せである御遺命・御付嘱の大事を第一にされたのであります。
第五十九世日亨上人の「日興上人 身延離山史」には、「身延沢を罷り出で候事面目なさ本意なさ申し尽くし難く候えども」について、
「愚人の泣き言なんど思ふ者あらば罰當りの悪魔である。師命に依って身延山久遠寺の別當として院主として本門弘通の大導師として宗祖大聖御滅後の閻浮提の大法主としての責任は本寺を死守する事にある、十八人の代表として祖廟に奉侍する事にある、然して血脈の次第日蓮より日興への面目が持たるゝのである」(離山史137)
と御教示であります。
日興上人の身延離山は、波木井実長の謗法によりますが、真実の意義は、富士山に本門寺の戒壇を建立する本願を遂げるためでありました。まさに、「日興一人本師の正義を存じて」であります。その「本師の正義」とは、「本師」が御本仏日蓮大聖人の御事であり、「正義」が「富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」であります。
この「本師の正義」は、優曇華や一眼の亀に譬えられる「この経に値ひたてまつる事」(御書355)に相当します。まさに大聖人は『法華題目抄』に、
「この経に値ひたてまつる事をば、三千年に一度花さく優曇華(うどんげ)、無量無辺劫に一度値(あ)ふなる一眼の亀にもたとへたり。(中略)法華経の題目に値ひ奉る事はかたし。さればこの経の題目をとなえさせ給はんにはをぼしめすべし。」(御書355)
と仰せであり、富士の立義ともなる「日興一人本師の正義」を心肝に染めた、法華の題目を唱えることであります。
身延離山により、大聖人の正法と謗法厳誡の精神は、一分も違えることなく後代に伝えられたのであります。
正応2(1289)年春、日興上人は大聖人の出世の本懐たる本門戒壇の大御本尊をはじめ、御霊骨等の一切の重宝を捧持し、御弟子方を率いて、大聖人御入滅後、7年間住まわれた身延の沢をあとにし、富士河合の外祖父の家に向かわれました。
日興上人は、河合の由比入道の家に逗留されたのち、富士上野郷の地頭南条時光の熱心な招請に応じて、南条家に入られました。南条時光の屋敷の持仏堂にて、将来、本門寺の戒壇を建立する場所を日興上人は検討されました。
結果、『富士一跡門徒存知事』に、
「駿河国富士山は広博(こうばく)の地なり。一には扶桑国(ふそうこく)なり、二には四神相応(しじんそうおう)の勝地なり。尤(もっと)も本門寺と王城と一所なるべき由、且(か)つは往古(おうこ)の佳例(かれい)なり、且つは日蓮大聖の本願を祈る所なり」(御書1873)
と称賛あそばされました。南条家領内の北東、大石ヶ原(おおいしがはら)の地こそ最勝の地であると決定され、正応2(1289)年の秋より建設が始められ、同3年10月12日、大石寺が創建されました。まさしく「富士山は広宣流布の根源」であります。日興上人は45歳、南条時光は32歳の時でした。
このことを契機に、翌13日、日興上人は大聖人より血脈を日目上人に内付され、譲座御本尊を授与されました。
日興上人の身延離山から大石寺の創建については、「日興上人略伝」と「日興上人身延離山史」に詳細を拝見することができます。
「日興一人本師の正義」である「正義」の根本は、日蓮大聖人が隠し持たれてきた秘法との「本門戒壇の大御本尊」であります。まさに「法華経の題目に値ひ奉る事はかたし」であり、「さればこの経の題目をとなえさせ給はんにはをぼしめすべし。」(御書355)であります。つまり、本門の本尊を信じて本門の題目を唱える意です。
本年も残り1ヶ月を切りました。御法主日如上人猊下は、
「本年『折伏躍動の年』は、誓願達成の鍵を握る、まことに大事な年であります。
私どもの信心にとって、残りこれからの(中略)一日一日が貴重な時間であります。この貴重な時間を一時たりとも無駄にすることなく、広布のために有効的に使いきっていかなければなりません。
しかも、この(中略)時間は、すべての人に平等に与えられた時間であります。この平等に与えられた時間をいかに価値ある時間とすることができるか。いかにしたら広布のために役立つ、すばらしい時間とすることができるか。それを決めるのは、我々自身であり、我々の信心であります。」(大日蓮 第934号 R5.12)
と御指南あそばされております。このことを銘記して本年「折伏躍動の年」を最後まで諦めず、同時に明年の「折伏前進の年」を見据えた信行に精進しましょう。
宗祖日蓮大聖人『法華題目抄』に曰く、
「この経に値ひたてまつる事をば、三千年に一度花さく優曇華(うどんげ)、無量無辺劫に一度値(あ)ふなる一眼の亀にもたとへたり。大地の上に針を立てゝ、大梵天王宮より芥子(けし)をな(投)ぐるに、針のさきに芥子のつらぬ(貫)かれたるよりも、法華経の題目に値ふことはかたし。此の須弥山(しゅみせん)に針を立てゝ、かの須弥山より大風つよく吹く日、いと(糸)をわたさんに、いた(至)りてはり(針)の穴にいとのさき(先)のいりたらんよりも、法華経の題目に値ひ奉る事はかたし。さればこの経の題目をとなえさせ給はんにはをぼしめすべし。」(御書355)

