正林寺御住職指導(R6.12月 第251号)
日蓮正宗の信心は、始めの入信(御授戒)から中間の信行実践と臨終の終わりまで、捨てず退転せずに、三大秘法の御本尊を信心するところ、功徳無量無辺なりとの体験があります。
その心がけとして宗祖日蓮大聖人は『四条金吾殿御返事』に、
「始中終す(捨)てずして」(御書1392)
と「捨」の一字を誡めるよう仰せであります。
この「始中終」の「中」においては具体的に、日蓮大聖人の御法門を相承あそばされた時の御法主上人猊下から御指南を賜り、その御命題に向けて精進させて頂き、さらに年間方針及び年間実践テーマを中心とした錬磨があります。この筋道から外れた我慢偏執の信仰は、正しい日蓮正宗の信心とはいえません。
その仏法と申す道理の上から講中一結・異体同心する信心活動に、折伏成就へとつながり娑婆世界が寂光土へと変わります。
また「始中終」には、一日の始中終、一週間の始中終、一ヶ月の始中終、前半六ヶ月間の始中終、後半六ヶ月間の始中終、一年間の始中終と多岐にわたります。
この一年間の始中終には、年始において「正月は妙の一字のまつ(祭)り」である妙の一字の徳と縁を結ぶ大切さを自覚し、その後の中間での前半では「三月三日は法の一字のまつり」と「五月五日は蓮の一字のまつり」、そして後半では「七月七日は華の一字の祭り」と「九月九日は経の一字のまつり」との節句において、一年間の始中終を確認することが大事であります。
この始中終はさらに信心活動とは別に、生活全般におけるあらゆる場面に共通することでもあります。
令和六年も年の瀬の月となりましたが、本年の「始中終」は如何でしょうか。
大聖人は『新池御書』に、
「始めより終はりまで弥信心をいたすべし」(御書1457)
と仰せであります。日蓮正宗の信心は始めから終わりまで、善知識を大事にし悪縁を遠ざけて善知識に値うことが大切であります。悪縁を遠ざけるために、大聖人は『唱法華題目抄』において、
「悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び言を巧みにして愚癡の人の心を取って善心を破るといふ事なり。」(御書224)
と仰せであります。悪知識は悪縁になるため、善知識である善心を破られないように用心が必要です。富山の蘭室の友とは異なる、悪縁の仲間との語らいには、本心をひた隠し詐り媚びて言葉を巧みに、愚癡の命から魔が入られないようにしましょう。
そのためにも『三三蔵祈雨事』に、
「仏(ほとけ)になるみちは善知識(ぜんちしき)にはす(過)ぎず。わがちゑ(智慧)なににかせん。」(御書873)
と、成仏の道は日蓮正宗の寺院へ参詣し善知識に親近して聴聞が大切であります。第五十九世日亨上人は『有師化儀抄註解』に、
「始中終は種熟脱の意なるべし(中略)始中終とは聞名聞法聞恵を始とし・思恵解了を中とし修恵混達を終とするを解するが妥当なるか」(富要1-132)
と、御法門の上から始中終について御教示であります。「始」は聞名聞法聞恵であり、「中」は思恵解了、「終」は修恵混達との仰せであります。
その始中終での信行を惑わす「業欲」があります。釈尊が説かれた法華経の『方便品第二』に、
「過去所習の業 欲性精進力」(法華経119)
と説かれております。
「過去所習の業」とは、過去世において積み重ねてきた行為や経験の結果として形成された習慣や傾向を指します。現在の私たちの状態や行動が過去の経験や行為によって影響を受けているという因果観です。
「欲性精進力」とは、欲性が衆生の様々な欲望や性質を指し、精進力が修行や努力の力を意味します。仏が衆生の多様な欲望や性質、そして修行の力を理解し、それに応じて教えを説くことを示しています。御本尊への倦まず弛まない信行により、一切の業欲をコントロールすることができます。
まさに「知るべし、一切業欲に依ることを」であります。
具体的に信心の始中終を確認すべき、本年の年間方針は『折伏前進の年』です。年間実践テーマにおいては、①勤行・唱題で歓喜の活動、②講中一結して折伏実践、③支部総登山と寺院参詣で人材育成との実践テーマです。一年を振り返り念頭に折伏誓願目標成就を御祈念させていただいた結果はどうでしょう。最後まで諦めずに倦まず弛まず折伏弘通に取り組んでいくことが大切です。
同時に、明年の令和七年を見据えた「始中終」の活動準備にも着手していく大事な時期でもあります。令和七年の年間方針は『活動充実の年』になります。年間実践テーマは、①勤行・唱題で果敢に折伏、②登山推進と寺院参詣で講中の活性化、③活発な座談会で人材育成との実践テーマになります。
本年の折伏への前進を明年の活動充実へとつなげていきましょう。
最後に、御法主日如上人猊下は「令和6年 総本山御大会の砌」に、
「特に今、世情混沌としているなか、宗門は僧俗一致・異体同心の団結をもって、全国の各支部が本年度の折伏誓願を必ず達成すべく、全力を傾注して懸命に努力をしております。
折伏誓願達成のためには、各支部が、
『異体同心なれば万事を成ず』(御書1389)
との御金言のもと、講中一結・異体同心して全員参加の体勢を構築して、勇猛果敢に折伏戦を展開することが肝要であります。」(大白法 第1138号 R6.12.1)
と御指南あそばされました。一歩でも二歩でも明年の『活動充実の年』へ向けて精進いたしましょう。
宗祖日蓮大聖人『三三蔵祈雨事』に曰く、
「仏になるみちは善知識には過ぎず。 わがちゑなににかせん。 たゞ熱き冷たきばかりの智慧だにも候ならば、 善知識大切なり。 而るに善知識に値ふ事が第一の難き事なり。 されば仏は善知識に値ふ事をば 一眼の亀の浮木に入り、 梵天より糸を下げて 大地の針の目に入るにたとへ給へり。 而るに末代悪世には 悪知識は大地微塵よりも多く、 善知識は爪上の土よりも少なし。 」(御書873)

