正林寺御住職指導(H22.7月 第78号)
正しい宗教を判定するなかで「教を知る」とは、それぞれの宗教の教義を比較検討し、何が真実であり、最勝の教えであるかを判釈することです。
日蓮大聖人は『顕謗法抄』に、
「第一に教とは、如来一代五十年の説教は大小・権実・顕密の差別あり」(御書285㌻)
と御教示のように釈尊が説かれた仏教の教えに千差万別、様々な異なりがあります。つまり仏の教えには大乗教と小乗教、権教と実教、顕教と密教とがありますが、それらには高低・浅深の立て分けがあり、まずそれを弁えなくてはならないと仰せです。
さらに大聖人は『開目抄』に、
「教の浅深をしらざれば理の浅深弁ふものなし」(御書561㌻)
と教の浅い深いを弁えるように仰せです。
そこで、その「教」を比較判定するための基準が必要となります。大聖人の御書の各所には、教法の勝劣・浅深が説かれていますが、体系的なものとしては『開目抄』に説かれる「五重相対」があります。五重相対は、仏教及び仏教以外の一切の教えを五段階に比較相対し、次第に従浅至深していく教判です。
①内外相対
内道と外道の比較相対です。内道は仏教で、外道は仏教以外の宗教をいい、三世の因果を明確に説いているかどうかを比較し外道は仏教に比べ劣っているといえます。
②大小相対
大乗教と小乗教の比較相対です。自他共に大勢の人々を救う大乗の教えからみれば、小乗は自らの解脱のみを説くため劣った教えとなります。
③権実相対
権教(方便の教え)と実教(法華経)の比較相対です。法華経に一念三千の法門や久遠実成が明かされ法華経こそ真実の教えです。
④本迹相対
法華経の本門と迹門の比較相対です。本門は仏の久遠の成道を説き明かしているので勝れ、迹門は始成正覚の垂迹の仏が説く法なので劣ります。
⑤種脱相対
文底下種の仏法と文上脱益の仏法の比較相対です。文底下種の仏法は、成仏の根源である下種の本法を久遠元初の本仏によって顕されるので勝れ、文上脱益の仏法は、久遠五百塵点劫の垂迹の仏の法なので劣るのです。
以上が「教を知る」ことになります。
