日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

74 現在の創価学会は、本当に日寛上人の御精神に適った教団なのですか。

 創価学会では、「日寛上人が生涯をかけて築かれた信心の遺産の全て」は「創価学会のためにあった」(大白蓮華 五一五-四二頁)といって、日寛上人をあたかも学会のシンボル的存在として宣伝しています。しかし、現在の創価学会は日寛上人の御精神に背反しております。その例をいくつか挙げてみましょう。

 第一に、学会では、三座の報恩謝徳の観念文から日寛上人をはじめとする御歴代上人を削除していますが、日寛上人は『福原式治状』の中で勤行の観念について、「第三座は十如・壽量、祖師代々」と記されており、総本山大石寺の歴代上人への御報恩謝徳の観念を欠かされなかったのです。
 第二に、学会では、三宝の中の僧宝を日興上人お一人に限定したり、「創価学会こそ僧宝である」などといっておりますが、日寛上人は『当家三衣抄』に、本宗の三宝を明かす中で僧宝として日興上人、日目上人を挙げたのち、「嫡嫡付法歴代の諸師。此くの如き三宝を云云」(聖典 九七一頁)と、御歴代上人を僧宝と立てられています。
 第三に、学会では、唯授一人金口相承を否定し、“三大秘法の御本尊も法主から法主に付嘱されるのではなく、万人に与えられたもの”といっていますが、日寛上人は『寿量品談義』に「二十四代金口の相承と申して一器の水を一器に写すが如く三大秘法を付属なされて大石寺にのみ止まれり」(富要 一〇-一三一頁)と仰せられ、本門戒壇の大御本尊が唯授一人の金口相承として、代々の御法主上人に受け継がれ、厳然と大石寺にましますことを説示されています。
 第四に、日寛上人は総本山大石寺の御法主として、『六巻抄』『文段』等を著わされ、邪義邪宗の徒から大石寺を厳護するために、全力を傾注されましたが、現在の学会は総本山を敵視し、宗門を攻撃しています。この学会の姿を見られたならば、日寛上人の憤りはいかばかりでありましょう。
 このような事実を覆い隠し、総本山大石寺に敵対して“学会の御本尊授与は日寛上人御自身の誓願”などとうそぶく創価学会は、まさに不知恩の徒というべきです。
  今や創価学会は、「宗教団体」とは名ばかりで、その中味は、本尊も題目も化儀もすべて、大石寺のそれを模倣したものばかりではありませんか。迷走する創価学会は、いずれ日寛上人をも否定することになるのは明白です。