『聖教新聞』(平成3年3月29日付)に掲載された
中野毅氏の「檀家制度の形成とその影響」を破す
時局協議会文書作成班3班
血脈付法の御法主上人への師弟相対の筋目を外したならば、たとえ本仏日蓮大聖人直筆の御本尊に向かって題目を唱えようとも、その題目に功徳はない。このことは、『生死一大事血脈抄』に、
「信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」
と説かれるとおり、日蓮正宗における信仰上の最低限の基本である。また、この基本は、当然、本宗における化法・化儀の一切に及ぶものであるから、本宗の化法・化儀について述べる場合、必ず血脈付法の御法主上人の御指南を拝した上でなされなければならない。
そこで、中野氏に伺いたい。氏の所論は、日蓮正宗の化法・化儀に関わることであるが、その所論は、御当代日顕上人猊下の御指南を拝し、御認可をいただいた上でのものであろうか。もし、そうでないとするならば、中野氏の所論は、全くの己義であると断ぜざるをえない。
以下、中野氏の僻説をはじめに総合的に破し、次にその所論に沿って個別に破すこととする。総合的に見た場合、その所論が、一には仏法破壊の己義であること、二には中野氏の己義は邪説であること、の2点が挙げられる。
1、仏法破壊の己義
信仰の筋目は、本宗の信仰にとって、実に重要なことである。その筋目とは何か。結論からいえば、「師弟の筋目」である。すなわち、我々の信仰は、血脈付法の御法主上人を通じて、はじめて大聖人の仏法の極意に至ることができるのである。代々の御法主上人を飛び越した、「大聖人直結」などということは異説であり、僧俗ともに絶対にいってはならない邪義なのである。
宗祖大聖人は、『一大聖教大意』に、
「此の経は相伝に有らざれば知り難し」
と仰せである。宗祖日蓮大聖人の法義は、相伝を受けられた代々の御法主上人の御指南に基づいてこそ、はじめて会得することができるのである。すなわち、代々の御法主上人は、『御本尊七箇之相承』に、
「日蓮在御判と嫡嫡代代と書くべしとの給う事如何。師の曰わく、深秘なり、代代の聖人悉く日蓮なりと申す意なり」
と明示されているとおり、その時々における本仏大聖人という意義にまします方だからである。したがって、大聖人の法義・法体を、そのまま御所持あそばされる代々の御法主上人への信こそ、まことに重要なのである。
これは、何も氏のいうような、江戸時代に制定されたものではない。大聖人直々の御教示であり、大聖人以来の当宗の信仰の根幹なのである。それは、『百六箇抄』に、
「就中六人の遺弟を定むる表事は、先先に沙汰するが如し云云。但し直授結要付嘱は唯一人なり。白蓮阿闍梨日興を以って総貫首と為して、日蓮が正義を悉く以って毛頭程も之れを残さず、悉く付嘱せしめ畢んぬ。上首巳下並びに末弟等異論なく尽未来際に至るまで、予が存日の如く、日興嫡嫡付法の上人を以つて総貫首と仰ぐべきものなり」
と、「日興嫡嫡付法の上人」をもって師となし、信仰の筋道を正すべきことを御教示されていることからも明らかである。
筋目とは、御本尊の功徳を我が身に顕わす上で、決して踏み外してはならない筋道の順序次第のことである。この筋目を外し、御法主上人の御指南を離れて述べる所論は、己の義にして邪義なのである。日蓮正宗の化法・化儀を述べるに際し、最も重要なことは、時の御法主上人の御指南を通して宗祖大聖人に至るという、「師弟の筋目」を正すことである。故に、日有上人は、『化儀抄』に、
「一、手続の師匠の所は、三世の諸仏高祖已来代代上人のもぬけられたる故に、師匠の所を能く能く取り定めて信を取るべし、又我が弟子も此くの如く我に信を取るべし、此の時は何れも妙法蓮華経の色心にして全く一仏なり、是れを即身成仏と云うなり云云」
と、大聖人以来もぬけられたる手続の師を離れたならば、即身成仏が遂げられないことを明示され、門下僧俗に対して、重々御制誡されているのである。「我に信を取るべし」の「我」とは血脈相承の師、日有上人のことである。故に、また日亨上人は、『化儀抄註解』に、
「『師匠の所を能々取り定めて信を取るべし』と仰せなるは、千古の金言として仰ぐべき事なり、『又我弟子も此の如く我に信を取るべし』とは三世の諸仏も高祖も開山も三祖も導師も行師も・各各其師範より法水を受けて信心を獲得決定し給ふ如く・有師も影師に依りて信を取り給へば・有師の弟子たらん者は・此の如く我にと即有師に信頼して信心決定すべしとなり、『此時は何も妙法蓮華経の色心にして全く一仏なり』等とは・信の手続きに依りて師弟不二の妙理を顕はし・能所一体の妙義を証するを以つて本仏所証の妙法蓮華の色心は即所化の弟子の色心となるが故に・生仏一如師弟不二の即身成仏の域に達する事を得、是れ葢し信の手続によりて生する所のものなり」
と明解に註釈されているのである。日蓮正宗の僧俗にとって、この「師弟の筋目」、すなわち御法主上人に信を取ることこそ、大聖人に至る筋道であり、我が身に功徳を得る道であると、拝信しなければならない。
以上の、大聖人以来の本宗伝統の根本法義より拝するとき、中野氏の説が、ためにする己義・邪説であることは明白である。まず、何よりも、大聖人の法義に違背していることが挙げられる。更に、その師弟の筋目を違える己義は、血脈付法の御法主上人に対する冒涜の邪説でもある。
この、本宗根幹の正義を踏まえた上で、更に言及しなければならないことは、化儀・法義の決定も、時の御法主上人の大権であるということの無知についてである。
中野氏に限らず、最近の創価学会首脳の、新思考に基づく偽教義の展開の中には、「大聖人時代には」云云といういい回しの、錯覚した大聖人直結の邪義がある。これは、大聖人の法義・法体の全てを継承遊ばされたお立場から、時の御法主上人が心血を注ぎ、時代に応じて展開された化法・化儀を、学会運営の都合の上から否定し、冒涜するものである。それは、学会首脳が、血脈付法の御法主上人を、単に御本尊書写係としてしか捉えることができないところにあるといえる。
『四恩抄』に、
「次に僧の恩をいはば仏宝法宝は必ず僧によりて住す」
と仰せのように、本因下種の三宝の法義・法体は、唯授一人の血脈相承をもって久住されるのである。故に、また『本因妙抄』には、
「此の血脈並に本尊の大事は日蓮嫡嫡座主伝法の書・塔中相承の禀承唯授一人の血脈なり」
と、代々の御法主上人が立てる化儀・法義は、血脈相承に基づく大聖人の御心そのままの立義であることを示されているのである。故に、『日蓮正宗略解』には、本宗の信仰の法体と血脈相承を、
「大聖人はこの三大秘法の法体とともに、法華経本門の文底にひそむ法義のすべてを、数多の弟子のなかから、ひとり日興上人を選んで相承された。父から子へ血統が伝わるように、大聖人の宗旨の深義は口伝により、筆受によって、常随給仕の間に凝りなく日興上人の伝承されたのである。故にこれを血脈相承という。」
と解説し、また、
「ゆえに、本宗においては法主上人のみ、唯一人本尊を書写する大権を持たれている。この血脈相承によってこそ、一切衆生即身成仏の大法が正しく保持されて来たのであり、ここに日蓮正宗の存する所以がある。」
と、本宗根幹の大事を記されているのである。代々の御法主上人は、血脈相承によって宗祖大聖人の法義・法体の全てを継承されているために、ただ御一人、御本尊書写の権能を有されるのである。すなわち、代々の御法主上人が相承された大聖人の血脈には、御本尊書写の権能のみならず、難解な大聖人の化法・化儀を、時代に即応して敷衍される大権をも含むのである。この大聖人の法義よりするならば、中野氏及び学会首脳の都合による己義・新義は、まさに大聖人の仏法からの逸脱であり、その破壊行為と断ずるものである。
2、中野氏の己義は偽説
前に記したように、日蓮正宗の根幹は、「師弟の筋目」に基づく信仰である。これは、大聖人自らが立てられた絶対不変の掟である。この「手続の筋目」に基づいて、大聖人が形成せしめられたのが、時の御法主上人を師とする師弟子の法門であり、本宗の本末関係である。それにもかかわらず、中野氏は、これを「檀家制度の形成とその影響」であるといい、「江戸時代以来の封建的宗教観の見直しを」、更に「残念なことに現在、あらわになった宗門の態度には、そして私たちの考え方のなかにも、この封建的な体制によって生み出された考え方、意識がきわめて色濃く反映されているし、いまだに残っていると言わざるを得ません」として、大聖人の教示に基づくものではなく、江戸期の幕府政策の落とし子であると主張しているのである。ここに、中野氏の邪説たる所以が明らかである。 他宗における檀家制度はともかくとして、本宗においては、氏の説は全く当てはまらない。
時の御法主上人を師とする師弟子の法門、師弟子を正して成仏を遂げるという法義は、江戸期に形成されたものではない。宗祖大聖人の御制定である。このことは前項で引用した大聖人御自身の、「相伝に有らざれば知り難し」、「信心の血脈なくんば(乃至)無益なり」等の御教示にも明らかである。故に、日興上人は、
「しでしだにもちがい候へば、おなじほくゑをたもちまいらせて候へども、むげんぢごくにおち候也」
と示され、後の門下に対しても『遺誡置文』に、
「一、当門流に於ては御書を心肝に染め極理を師伝して」
と、師伝の要を示され、師弟子を正して成仏を遂げるという、本宗の法軌を強調されているのである。この師とは、時の御法主上人であることは、前項に重々述べたところである。この大聖人、日興上人の御教示が、果たして江戸期のものであるといえようか。
これが、なぜ中野氏の所論のように、
「このように江戸時代に本山を中心とし、その管理者たる貫主(かんず)を頂点とする宗教制度が作られて、寺院は役所と化し、民衆は寺院の統制の下におかれてしまいました。信徒の上に君臨する権威的な僧侶や寺院の体質が、こうして生まれたのです。」
と、歪曲されるのだろうか。全くの邪説といえよう。
次に、本宗の本末関係について述べれば、これも先に示すように、本宗根幹の「師弟の筋道」より生じたものであって、大聖人以来のものである。江戸期の形成では断じてない。中野氏は、本宗には江戸期以前に本寺も末寺も存在せず、その本末関係もなかったといいたいのであろうか。師弟子を正して成仏を遂げるという大聖人の仏法に対して、一分でも信があるならば、中野氏のような所論は、到底できない主張である。大聖人は、『新池御書』に、
「後世を願はん者は名利名聞を捨てて何に賤しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬ふべし、是れ正く経文なり」
と、法華経を正しく説く僧に、信を取る大事を示されている。大聖人の滅後にあって、僧宝とは別して日興上人、総じて血脈付法の御歴代上人であることは、本宗の宗是である。すなわち、仏宝と法宝たる人法一箇の戒壇の大御本尊、並びに僧宝たる日興上人以来の代々の御法主上人のまします処、それが本山であり、信仰の大本なのである。この大本に、「師弟の筋目」を違えずに連なる寺院、これが末寺である。宗祖大聖人の御在世当時より、大聖人が住する処、大聖人の魂魄まします処を真の霊山浄土と称し、本寺としていた事実を何と拝するのか。また、日興上人の、
「一、予が後代の徒衆等権実を弁えざる間は父母師匠の恩を振り捨て出離証道の為に本寺に詣で学文す可き事」
との御遺誡は、地方末寺に住する末弟等に対して、出離証道のために、父母師匠のもとより離れて総本山に登り、血脈付法の本師より大聖人の法義を学ぶことを示された明文である。なぜ、大聖人、日興上人の上古に、本末関係がなかったとすることができよう。
日興上人は更に、
「右の条目大略此くの如し、万年救護の為に二十六箇条を置く後代の学侶敢て疑惑を生ずる事勿れ、此の内一箇条に於ても犯す者は日興が末流に有る可からず、仍つて定むる所の条条件の如し」
と結ばれ、この箇条を破る者は「日興が末流に有る可からず」とまで、厳しく誡められているのである。
中野氏は、どうしてこの大聖人、日興上人の定められた本末関係を見ることができないのであろうか。しかも、
「一、まず一六〇一年から三十四通におよぶ『諸寺院法度』が発布されます。この法度により、諸宗に本山と末寺の上下関係を明確にさせ、本山が下部の諸寺院の住職の任免権をもつなど、一切の権限が、本山に集中する体制を作らせました。本寺-末寺体制の確立です。」
と述べ、それを本宗に当てはめるのであろうか。学会の都合のために、助教授などという権威ぶった肩書を振り回して、返って「当世の習いそこないの学者」として、世間に恥を曝しているだけである。
この他、中野氏の所論の1601年から、遡ること約200年、1402年出生の日有上人の『化儀抄』にも、大聖人、日興上人以来の本末関係を条文化されていることは明らかである。この点でも、氏の所説は邪説であることが明らかであろう。
その上、先の日興上人の『遺誡置文』の結びにも明らかなように、仏法上の筋目である以上、厳格であってしかるべき本宗伝統の本末関係を、「封建的宗教観」と太字で見出しに大書するに至っては、笑止の極みである。
日興上人は、「本寺に詣で学文すべき事」と示す条文に従わない者に対して、「日興が末流に有る可からず」とまで厳格に誡められている。このように、師弟子・本末の上下関係は、仏法上の法軌なのである。『佐渡御書』に、
「日蓮御房は師匠にておはせども余りにこはし我等はやはらかに法華経を弘むべしと云んは螢火が日月をわらひ云云」
と、退転者を叱責されているが、中野氏並びに学会首脳のとっている行為は、まさしくこの退転者そのものである。したがって、中野氏等は、その精神において、もはや日蓮正宗の信徒とはいえないのである。
3、本文に沿っての破折
中野氏は、その所論の中で、
「一、一連の宗門とのやりとりを通して感じることは、宗門に寺院・僧侶中心という考え方がいかに強いかという点です。」
と述べ、あたかも宗門の本末関係、師弟子を正して正義を得るという仏法上の上下関係が、誤りであるように述べているが、これは大いなる僻説である。本末の手続の重要さは、『化儀抄』に重々制誡されるところである。このことは、師弟子と同様、既に述べたところである。人間としての平等は当然として、これをすり替えて、仏法上の上下関係を否定する中野氏の言は、まさに仏法破壊の行為である。『化儀抄』の、
「一、貴賎道俗の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり、然れども竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」
との明文を、正しく拝受すべきである。文中の「上下の節」ありとする御文、「位」を乱してはいけないとする御文は、仏法上の上下関係を明示されたものである。
まして、あえて血脈付法の日興上人や一般僧侶と信徒とを別にすることなく、
「日蓮大聖人は、出家者としての弟子と在家の檀那を『我が一門』と親しく呼ばれ、両者を一体とみられて」
等と述べるに至っては、信仰の筋目をはきちがえた暴論といえよう。先に述べたように、宗門においては、日興上人が、
「このほうもんはしでしを、たゞして、ほとけになるほうもんにて候なり」
と示されたように、時の御法主上人を通じて、大聖人の本義に至るという「師弟の筋目」が肝要なのである。逆にいえば、大聖人より血脈付法の御法主上人、更に門下僧俗へという血脈法水の流れる次第が肝要なのである。すなわち、それは上から下へ、御法主上人から門下僧俗へと蒙らしめるものなのである。
氏の所論のように、「両者を一体とみられ」という、血脈付法の御法主上人と一般僧侶、並びに信徒が対等であるという説は、一体どこに存在するのか。まして、その仏法の上における「信徒としてあるまじき態度」を、非は非、悪は悪と善導される御法主上人、及び御法主上人の意を体した宗務院の指導が、なぜ「信徒を見下すような姿勢」の根拠になるのであろうか。
「出家者は折伏をやらなくとも葬儀や塔婆供養をしていればよいという教えも慣習も存在していませんでした」
と、御法主上人及び宗門への侮蔑を広言するに至っては、何をかいわんやである。まさに「信徒としてあるまじき態度」以外の、何物でもないと断言せざるをえない。
また、中野氏は、
「最近の日蓮正宗のように、僧俗の区別を必要以上に厳しく立て分け」
と述べているが、僧俗の区別は、何も最近に始まるものではない。宗祖大聖人以来の信仰の筋目である。これは既に述べたとおりである。だいいち、寺院中心の信仰形態の、どこに間違いがあるというのか。本末・師弟子の筋目は、大聖人の仏法形態の上からも明らかである。大聖人御自身が、久遠寺建立をもって定められた本寺中心の信仰形態に対して、それまでも否定しようとする氏の言にこそ、単独の在家教団設立を目論む底意を感じるのである。それは、まさに大聖人の仏法自体の否定である。
また、中野氏は、
「葬送儀礼の多くは仏教本来の理念、ましてや、大聖人の仏法とは何の関係もないものだったのです」
と、見てきたかのように述べているが、大聖人御自身の滅不滅の相に対する葬送儀礼の御遷化記録を、どうやって否定するのだろうか。
更に、問題なのは、本宗にとって、まことに重要な儀式・法要を、「仏教本来の理念でも何でもない」云々と否定するすり替えの論法である。日蓮正宗は、釈尊仏教でも何でもない。日蓮大聖人を本仏と仰ぎ、大聖人御一身の当体たる大御本尊を信仰の根幹とする宗旨である。それ以前の、インドや日本における形態が本義ではないのである。大切なのは、大聖人御自身がどうであられたか、またこの血脈を相承された代々の御法主上人がどう定められたか、という点である。すなわち、血脈の法義・法体に基づいた化義・化法であるか否かということが根本なのである。
化儀において、全てが大聖人当時と寸分違わぬかと問えば、それは否である。代々の血脈付法の御法主上人が、所持される本因下種の意義の上から心胆を砕かれ、その時々に応じた化儀を展開されてきたのである。逆にいえば、時代に対応する中で、本義を失わないために残された、大聖人の大慈大悲が血脈の法水であるといえよう。
ただし、絶対に忘失してはならないことは、血脈付法の正師でない者が、勝手に法義を解釈したり、化儀を改変してはならないという点である。これは既に述べたところでもあるが、大聖人の法義・法体の全てを相承されているのが代々の御法主上人である。時代即応といっても、全て御指南に基づくものでなくてはならないのは、むしろ当然のことである。
大聖人の法義、そして代々の御法主上人の御指南に基づく、縦横無尽の活動こそ、創価学会の誉れであったはずである。この原点に目覚めること、見失わないことを、中野氏に求めるものである。
宗門は、何も時代即応の「新思考」を否定するものではない。ただし、それが本宗の大事たる「師弟の筋目」を違えたものであってはならない、と指摘するのである。
中野氏及び創価学会首脳にあっては、現在進められている、単独の在家教団確立への暴走、大聖人の仏法破壊の行為等の非に、一刻も早く気付き、大聖人の仏法の本義に還られんことを望むものである。
以 上
