〔御文証の解釈〕
御本仏への信心が、不善・不浄の邪心・迷信となり、仏意に背く姿となったときには、御本仏からの法水は、通路がふさがってしまい流れません。根本に信順しなければ、迷いの衆生となり、即身成仏の血脈・信心の血脈を受ける資格が消滅してしまいます。
〔創価学会の解釈〕
○日顕(上人)は、仏意仏勅の学会を破門し、仏意に背いた邪信の徒であり、「即身成仏の血脈」を受ける資格を失っている。よって御本尊を書写し、下付する資格も消滅した。(聖教新聞 H五・九・一九 取意)
〔創価学会の解釈に対する破折〕
この御文は「信心の血脈」についての一段ですが、学会は「学会こそ仏意仏勅の団体」という前提に基づいて、その学会を破門した日顕上人と宗門こそ「悪」であり「仏意に背いた邪信の徒」と解釈しています。
しかし、仏意とは御本仏日蓮大聖人のお心であり、それは血脈相承として御歴代上人に受け継がれています。
創価学会は昭和二十六年、宗教法人を取得する時に宗門と約束をしました。それは
①折伏した人は信徒として各寺院に所属させること
②当山の教義を守ること
③仏法僧の三宝を守ること
の三ケ条を遵守することです。
以来、総本山大石寺を根本と仰ぎ、この大原則を守りつつ宗門外護と、広宣流布への前進があったことは周知の事実です。
しかし正本堂建立のころから、徐々に仏法上の逸脱が現われ始め、ついに「昭和五十二年路線」で当初の三ケ条の約束を完全に破棄し、学会は「仏意に従う団体」の資格を自ら放棄したのです。一度は日達上人に謝罪し、反省をしたうえで正道に進むことを誓いましたが、平成二年の末に至り、その反省が虚偽であったことが明らかになりました。
宗門から仏法の道理に基づく教導を受けながらも、「仏意に違う」姿となって反目し、誹謗を繰り返し、自らの団体が定めた基本原則をも捨て去ったために、学会は破門となったのです。
「即身成仏の血脈」を受ける資格を失ったのは創価学会なのです。
この御文の真意は、本門戒壇の大御本尊と、唯授一人血脈相承を「仏意」と拝さなければ正しく理解できないのです。
