日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

七、宗門では「御書部分論」を主張しているが、大聖人の 仏法はすべて御書に明かされているのではないか

 創価学会は「(宗門が)御書は大聖人の仏法の一部分を明らかにしたものにすぎず、全部を受け継いでいるのは法主だけである」といって、あたかも宗門が御書部分論なるものを主張しているかのように言い掛かりをつけています。

 しかし、宗門が「御書部分論」なるものを主張したことは、まったくありません。「御書部分論」という名称は、創価学会が勝手に作り出したものです。
 日蓮正宗において、御本仏大聖人の御書が宗義の根幹をなす最重要書であることはいうまでもありません。
 第二祖日興上人は、後代の弟子に対して、
 「当門流に於ては御抄を心肝に染め極理を師伝し云云」(日興遺誡置文 御書一八八四㌻)
と仰せられ、日蓮大聖人が著わされた御書を心肝に染め、法義の極理を師弟相対によって会得すべきことを教誡されています。
 すなわち、御書の深義を正しく拝していくためには、極理の師伝である唯授一人の血脈相伝にもとづかなければならないのです。
 日蓮大聖人は唯授一人の血脈相伝について、『御義口伝』に、
 「秘すべし秘すべし唯授一人の相承なり。口外すべからず」(御書一七九六㌻)
と御教示されています。
 また第二十六世日寛上人は、『寿量品談義』に、
 「今二十四代伝て大石の精舎にあり金口の御相承切紙相承其の外種々の御相伝有るげにありと云云」

(富要一〇―二五四㌻)

と仰せられ、日蓮大聖人の仏法の奥義は、唯授一人の血脈相承によって伝えられていると御指南されています。
 創価学会は、御書さえあれば日蓮大聖人の仏法はすべて理解できると主張していますが、他門の日蓮宗も大聖人の御書を拝読していながら、邪義異説を唱えています。これは相伝がないからです。したがって、創価学会が「御書さえあれば相伝などいらない」と主張することは、日蓮大聖人や御歴代上人の御教示に背く、浅識・慢謗法というほかはありません。
 創価学会が、宗門に対して「御書部分論を唱えている」といって誹謗するのは、唯授一人の血脈相伝に背く自分たちを、正当化するための詭弁にすぎないのです。


第六章 八、宗門では「信心の血脈は枝葉」「法体の血脈こそ根本」として、「信徒の成仏は法主によって決まる」と主張しているのではないか