第二項 「総別の二義」をはき違え、中心・肝要である「法体の血脈」否定を企てる邪義・妄説を破折する
「総別の二義少しも相そむけば成仏思いもよらず輪廻生死のもとい
たらん」(P.1055)とあるとおり別しての血脈を相承した御法主上人に背いては成仏は出来ない。
(文責者注・右文は創価学会が宗門の主張として挙げたもの)
これこそ宗門の得意な切り文(経文のごく一部を引いて本来の意味と違うことを主張すること)ではありませんか!ちゃんと御書を開いて拝読しないから、このような邪義を主張するようになるのです。
ここで彼等が言うことは、自分らの解釈こそ完全ではないにもかかわらず、一番最初の所で捨てぜりふを言うに過ぎません。ただ、この「総別の二義」の問題は非常に大事なことなのであり、彼等も最初にこれを挙げてきております。
申すまでもなく、ここに挙げてある、
「総別の二義少しも相そむけば成仏思ひもよらず。輪廻生死のもとゐたらん」(御書一〇三九)
とは、建治二年八月二日の『曽谷殿御返事』の御文です。
これについては、以前に私がこの御書を講じたとき、冒頭よりの南無妙法蓮華経の付嘱に関する一連の文を受けている「総別の二義」の文を、通途の法華経本門の神力、嘱累の二品における総付嘱、別付嘱の関係に当てて、一往、解釈したことがあります。
これは、地涌・上行菩薩への付嘱が神力結要を中心としつつ、かたわら嘱累総付嘱にもわたっていることと、その嘱累一経付嘱を内容とする迹化付嘱をも含むことから、意味を広く見たのです。すなわち、この御書の総別の関係を、与えて法華経の別付、総付に一往当てはめ、さらに進んで、別付の法体を寿量文底、すなわち種脱のけじめより、本仏大聖人の三大秘法として拝すべき趣意で述べたのであります(大日蓮 昭和五十六年七月号・五十七年四月号に掲載)。
しかし、『曽谷殿御返事』の冒頭より、南無妙法蓮華経の七字の上行結要のみを説き給う御文と、これを受けて「又是には総別の二義あり」に続く文義・文脈を子細に拝するとき、この文の正意は神力結要のみであって、嘱累にわたる意は全くありません。したがって、この御文の正義は、奪の意をもって神力結要の一筋に絞って総別の二義の立て分けを拝するところにあります。
故に、以前の解釈は経文上の全体より見た与の義でありましたが、これより拝考するところは、御文のとおり、神力別付の上の授与と弘通の御指南を元とする奪の義としての立て分けであることを、まず申しておきます。
彼等は「総別の二義」という問題について、血脈伝承との関係において、まず「本来の意味と違うことを主張しておる切り文だ」との旨を言っておるのです。しかし、きちんと御書を拝せば、総別の二義とは、仏法の本筋たる一切衆生の成仏教導と、血脈付法の相承・相伝の上からの意義があり、そのように拝すべきであります。ところが、彼等はこれを絶対に否定したいのであり、そういうところから、この文を最初に持ってきておると推察されます。
(1)まず最初に、大聖人は日顕宗が引用した「総別の二義」の文のすぐ後に、
『但し師なりとも誤りある者をば捨つべし又捨てざる義も有るべし世間・仏法の道理によるべきなり』(P.1056) (※曽谷殿御返事)
(通解:ただし、大聖人の後継の師(法主)であっても誤りがある者は捨てなければならない。また、捨てない義もある。その基準は、世間の道理や仏法の道理に背いているかどうかによるのである。)
と、たとえ大聖人の後継者であっても、誤りのある僧侶は捨てなければならない、その基準は世間や仏法の道理によらなければならないという、万人に納得出来る御指南をされています。したがって、世間の道理にも仏法の道理にも背いた淫乱法主などは絶対に捨てなければならないのです。
そもそも「法主には絶対に間違いがない」などとオカルトじみた主張をする日顕宗の狂信者に対しては、大聖人も日興上人も日寛上人も、日蓮正宗の正依に従えば、一貫して「法主も過ちを犯す」「誤れる法主は捨てよ」と説かれていることを教えてあげましょう。日興上人は、
『日蓮聖人に背き進らする師共をば捨てぬが還って失にて候と申す法門なり』(編年体御書P.1734) (※原殿御返事)
と、大聖人に反逆し広宣流布を破壊し、大御本尊を横領し私物化した魔王の化身のような坊主を捨てないは逆に罪になる、とまで御指南されており、日寛上人も「末法相応抄」において、法主も誤りを犯すことを厳しく指摘されているのです。
『補処(=法主)と云うと雖も何ぞ必ずしも謬り無からん、例せば慈覚等の如し』(六巻抄P.155)
と極めて明確ではありませんか。
ここで引いておるのは、今の『曽谷抄』の、
「総別の二義少しも相そむけば云云」(御書一〇三九)
のあとにある御文であり、いわゆる、
「但し師なりとも誤りある者をば捨つべし。又捨てざる義も有るべし。世間仏法の道理によるべきなり」(同)
という大事な御指南でありますが、これは当然なことであります。要は「世間仏法の道理」によって判断せよ、ということです。
しかるに、大聖人に反逆しているのは池田大作と、その一味徒党であり、真の広布を破壊したのは御遺命に背いて一言の反省もしない池田大作ですから、彼等こそ、まず仏法の道理に背いているのです。また、彼等が世法の上から道理に背いている現証はあとで述べます。
「大御本尊を横領し私物化した魔王の化身のような坊主」とはどういうことか、具体的に述べてみなさい。大御本尊の御内拝を、相伝という正しい筋道より平等に行っていたに
もかかわらず、「横領」「私物化」と言うのは、自分達が勝手に心の堰を作って参詣もしないでおきながら、他に責任をなすりつけるものです。宗門に「横領」「私物化」の所業など、どこにもありません。
したがって、世間、仏法の道理に外れておるのは、いったい、だれでしょうか。だれでもなく、創価学会であることが明らかです。
例えば「信教は自由ですから」などと言っておきながら、裏では「脱会した者が自殺するまで追いつめろ」というような指導をしていたように漏れ聞きます(本書131頁を参照)。あるいは、池田大作の自語相違のことも非常にたくさんあるし、金権体質のことその他、仏法を悪用しての様々な姿があります。さらには、社会からあらゆる面で鼻つまみになっているような狡猾で攻撃的、人格無視等、自分勝手な、大法聖化を汚す形が色々あります。
要するに、大聖人様の仰せの道理に外れた者どもとして、大聖人より「悪しく敬う」と破折されるのは、池田創価学会であることが明らかであります。
次に、「日寛上人も『末法相応抄』において法主も誤りを犯すことを厳しく指摘されている」などと言っていますが、このような文は全く存在しません。
日寛上人は同抄に「補処」と言われ、「法主」とは言われていません。これは西山日代を指した言です。それをもじって「法主も誤りを犯す」など、本宗の法主のこととする彼
等の言い分は、実に理不尽です。彼等は「補処(=法主)」としていますが、他山の「補処」と本宗の「法主」の区別さえつかないとは、なんたる愚か者でしょう。
同抄をはじめとして、すべての日寛上人の御指南に、本宗の血脈上の法主の誤りを指摘されている所なぞ、全くありません。このように知ったかぶりでウソ八百を言うのが創価狂学なのです。確証を挙げてみろと、からかってみましょう。
これは第18世日精が犯した謗法を糾した日寛上人なればこその言葉です。日寛上人が猊座に就く前の研鑚の書をまとめた「抜書雑雑集」には日精の「日蓮聖人年譜」の文を引用されて、
『精師且く他解を述ぶ。是れ則ち日辰の意なり。故に本意に非るなり云云』
と、「日精が述べているのは他の解釈即ち日辰の意見である。したがって本来の解釈ではない」旨を明確に示されています。
なお、妙観講のようにこの「本意」を「本音」という意味に無理矢理解釈しようとすると、「故に」という接続詞が使われている日本語の意味が全く理解できなくなってしまうのです。
「他宗の解釈即ち日辰の意見である。したがって本来の考え方ではない」という文章を、
「他宗の解釈即ち日辰の意見である。したがって日精の本音ではない」と読むのは、妙観講が日本語が理解できていない証拠です。その場合は「故に」とは言わずに、「則ち」ぐらいの表現にしておくものでしょう。
「故に」という表現は、要法寺からスカウトされた日精にしか当てはまらない日本語であり、妙観講のお粗末な教学レベルがここでも暴露されています。
これは、「法主といえども誤りがある」ということを言いたい関係上、日精上人のことを挙げておるのであります。そして、特に「日精」と呼び捨てにしているように、学会の者どもは日精上人が非常に誤った法主であったとしたいために、このように述べておるのです。
それから、次に引く『抜書雑雑集』というのは総本山に所蔵の文献ですけれども、今まで宗門の正規の筋道からは出版されておらず、ちょっと別のほうからこれが流れ漏れまして、それで印刷等に回っておる意味があります。これは日寛上人の抜き書きをまとめたものであります。
そこに日精上人の『日蓮聖人年譜』という文献の一部が引いてあるのです。『年譜』は『富士宗学要集』の五巻に収められていますが、この文献を日寛上人が『抜書雑雑集』に言われておるとして、創価学会の者どもが引いておるのであります。
このことについて、妙観講員と創価学会の者どもが論じ合ったことがあるらしいのです。それで妙観講のことまで出して、その解釈の不当を言っておる次第です。
さて、その日精上人の『日蓮聖人年譜』を見ると、日精上人は、要法寺の日辰が『観心本尊抄』や『本尊問答抄』等について釈した文を『日蓮聖人年譜』のなかに引いておるのです。しかも、その日辰の義を日精上人は批判して、日辰の義が間違いだということを言っておられるのであります。すなわち、『日蓮聖人年譜』のなかに、
「其の上或抄に本尊問答抄を引き法華経を以て本尊と為す可しと此の相違はいかんが心得可きや、答へて云はく此の或る抄を見るに一偏にかける故に諸御書一貫せず」
(富士宗学要集五巻一一八)
つまり、答えとして「このある抄は偏った義において書いているから、この筋では大聖人の諸御書の意が一貫した正しいものとならない」という日精上人のお言葉があります。その「或る抄」というのは日辰の書であります。さらに続いて、
「其の上三箇の秘法の時は唯二箇となるの失あり今便に因みて略して之を出さん、其の中に……」(同)
と、日精上人が、日辰の義をちなみに略して引用しよう、と言われているのであります。そして、そのあと、
「初には本尊に二あり」(同)
とあるのは日辰の文であり、以下、ずっと日辰の義を挙げ、その最後の所で、日精上人はまたさらに、日辰の義をはっきり破しておられるのです。しかるに、日寛上人の『雑雑集』の文では、日精上人が日辰に与同したような考え方として表現されていると、学会の者どもは勘ぐるのです。
ですから、ここで学会が言う所は、初めから日精上人の説ではなく、日辰の説であるにもかかわらず、日寛上人が日辰与同の説として指摘されたものと見間違いをし、さらに日精上人の悪口を言い、また、それに関する妙観講の解釈を間違いだとしています。しかし、日寛上人の『雑雑集』の文について、彼等学会こそ、日本語の意味に反する僻解をしているのです。
すなわち、日寛上人の「精師且く他解を述ぶ。是れ則ち日辰の意なり。故に本意に非ざるなり」云々の文について、「且く」という意味を学会は全く無視しています。これは「一時」あるいは「かりそめに」という意であり、したがって、初めから「かりに述べている」のだから、この「故」という接続詞は、日精上人の本意ではないという意味に接続するのが当然です。学会はここでも、その解釈において「且く」の二字を無視して、切り文を犯しています。
故に、この所は妙観講の「本音」の解釈をさらに一歩進めて、文字どおり「日精上人の本意ではない」と解すべきであります。その証拠として、一連の前後の文に日精上人は日辰の邪義を明らかに破していることを、日寛上人が当然、御覧になっているのですから、このように解すべきが正当なのです。
そればかりか日亨上人などは、富士宗学要集第9巻で、
「殊に日精の如きは私権の利養せらるる限りの末寺に仏像を造立して富士の旧儀を破壊せるが、日俊已来此を撤廃して粛清に努めたるのみならず日寛の出現に依りて富士の宗義は一層の鮮明を加へたるを以て要山本末に不造不読の影響甚だしく通用に動揺を生ぜり」(富士宗学要集第9巻P.59)
(通解:ことに18世日精は、私権を利用できる限りの末寺に仏像を立て、富士大石寺の古い化儀を破壊したが、23世日俊以来これらを取り除いて粛清に努めただけでなく、26世日寛上人の出現によって富士の教義は一層鮮やかさを加えたので、要法寺やその末寺には、仏像を立てず、法華経一巻を読まないでご本尊に題目をあげるという教義の影響が大きく、広く動揺を生んだ)
と、明確に日精という邪義の法主の存在を断定しています。これらのことを考え合わせれば、もしも法主には誤りが無い、ということを主張する法華講員の方がいるならば、事実としてどれかの法主(ここでは日精または日亨上人)が誤りを犯しているという結論になり、法主無謬という主張はウソ八百であるということが明らかとなるのです。狂信ではなく、事実に基づいて正邪を確認しなければ本当のことは見えないのです。
この部分のあとの所で、彼等は「法主無謬という主張はウソ八百である」と結論づけていますが、このようなことは宗門のだれも言ったことがありません。ただ、彼等が勝手に言っているに過ぎない。だいいち、法主が無謬とか無謬でないとか、そんな子供のけんかみたいなことを言うのがおかしいのです。たとえ血脈相承を受けた法主であっても、思い違いや多少の間違いがあるようなことは、当たり前なのです。
大聖人様にも『観心本尊抄』に「章」という余分な一字をお書きになっている所があります。同様に、それ以下の法主だからといって、そういう思い違いやちょっとした間違いぐらい、だれもないなどとは言っていません。「そんなことは、むしろおまえらのほうが勝手に作り上げていることだ」と、はっきり責めておきましょう。
ただ、この所では、あまりにも創価学会は日精上人のことを悪く言っております。しかし、日精上人の造仏云々については宗史の全体観から、より大きな化儀の角度で見る必要があるとのです。
だいたい要法寺は、上行、住本両寺のいにしえ、開基日尊師の臨終間近い時の造仏をはじめとし、それより日興上人の大綱たる大漫荼羅中心の信仰と造仏主義とが相混交し、加えて京都における他の日蓮門下との関係もあって、それらが僧俗に影響しつつ種々の形で伝わったのです。そこへ、さらに石山と要山との通用時期があり、十五世日昌上人より二十三世日啓上人までの九代の法主上人は、要法寺関係の寺院で出家得度し、のちに富士に来て、時の法主上人に師事したという経緯があります。その間、僧俗のみならず、高位の檀徒との複雑な関係も生じたなかで、一時、造仏が富士の末流に一分の陰を落としたことがあったと言われています。
しかし、九代のうち、実に七代の方々が、若い学衆のうちに大石寺に登り、本宗の僧侶として当家の法義を修学されているのであり、そこに血脈法水への絶対の信が確立していることは明らかであります。
つまり、大石寺門家の正しく、かつ、有り難いところは、血脈相承を中心とし、背骨とする信条・化儀が、一時の表面上の在り方とは別に一貫していることです。そこに一時的現象とは異なる、清純・不濁の正道がいかなるものにも汚されず、一貫・不断に存在する。それこそ、創価学会が不信・否定する、唯授一人の血脈相承の不思議な法体なのです。また、その一時の表面上の在り方のなかには、一片の記録による推断よりほかに、深い背景と事情が存したことを見るべきであります。
ともあれ、日精上人がはっきりと造像家の日辰を、しかも本尊等の教義の解釈としての内容を破折しておられる以上、もう少し日精上人のことは、改めて考えなければならない意味があるのです。それを、日亨上人が言われたということだけをもって、いかにも口汚く日精上人を罵っているのが、この創価学会の者どもなのです。
創価学会の者どもは、日寛上人と日亨上人をこれ以上ないほど持ち上げますが、日亨上人がどんなに学匠だからといっても、絶対に無謬ということでもないのです。
今、日蓮正宗に『富士年表』というのがあります。これはずいぶん苦労したのです。日達上人の御指南で私どもが作りましたが、全部を作り上げるのに二十年ぐらいかかりました。そのときに、史料の上の難問は山積しており、今までの説を改めるべき色々な問題が出てくる。そうすると、やはり「日亨上人がこうおっしゃっているけれども、ここは違うから、このようにしよう」ということで訂正した箇所もありました。何もそれは日亨上人の研究を否定するということでなく、新たな資料の発見などによって当初の考えから、より真実に近づいた結論が出たからです。また、膨大な資料をお一人で見る場合に、やはりどうしても色々な意味でちょっとした思い違いなどもありうるのです。
要するに、宗門は何も、始めからしまいまで「法主に誤謬は絶対にない」などとは言ってないのです。彼等が勝手に誣告しているだけであって、私をも含め、ちょっとした間違い、思い違いぐらいはどこにでもあり、それは正直に訂正すればよいのです。ただし、血脈の法体に関する根本的な意義については、けっして誤りはありません。
要は、こういうことを言って御先師を誹謗する、創価学会の邪悪な体質こそ問題なのです。彼等は「信心、信心」と口にはしながら、日蓮正宗の本当の信心の筋道に狂っているから、こういうことを色々と言い立てるのである、と言っておきます。
(2)次に、教義に基づいて破折すれば、この文は「法華経の付属には総別の二義がある」という意味であって、明らかに文上の付属についての総別を述べているのです。属累品における迹化の菩薩も含めた弟子への滅後流布の付属を総付属と言い、神力品における本化の菩薩への付属を別付属と呼ぶことに照らせば、この文には法主への付属などという意味は一切ありません。
ここの所で、彼等は「総別の二義」という『曽谷抄』の御文について「明らかに文上の付属についての総別を述べている」と述べ、法主への付嘱などの意味は一切ない、と言っています。文上の付嘱ということの上からは、嘱累品における付嘱を総付嘱、神力品における本化の菩薩への付嘱を別付嘱と言うことは古来の通義です。そして『曾谷抄』の総別の二義は、この総別の付嘱のことで文上の意味だ、と彼等学会は言っているわけです。
これは私も一往のこととして、かつて述べたことがありますが、やはりもう一歩深く入るべきなのです。『曽谷抄』の御文を初めから拝読してみましょう。
夫法華経第一方便品に云はく「諸仏の智慧は甚深無量なり」云云。釈に云はく「境淵無辺なる故に甚深と云ひ、智水測り難き故に無量と云ふ」と。抑此の経釈の心は仏になる道は豈境智の二法にあらずや。されば境と云ふは万法の体を云ひ、智と云ふは自体顕照の姿を云ふなり。而るに境の淵ほとりなくふかき時は、智慧の水ながるゝ事つゝがなし。此の境智合しぬれば即身成仏するなり。法華以前の経は、境智各別にして、而も権教方便なるが故に成仏せず。今法華経にして境智一如なる間、開示悟入の四仏知見をさとりて成仏するなり。此の内証に声聞・辟支仏更に及ばざるところを、次下に「一切声聞辟支仏所不能知」と説かるゝなり。此の境智の二法は何物ぞ。但南無妙法蓮華経の五字なり。此の五字を地涌の大士を召し出だして結要付嘱せしめ給ふ。是を本化付嘱の法門とは云ふなり。(御書一〇三八)
ここの所は、方便品の「諸仏智慧 甚深無量」の「甚深」と「無量」という文義において、仏の境智の深義があるということを仰せになり、その境智をずっと釈され、結局、この境智の二法とはなんであるかといえば、迹門の妙法を本門に摂し、さらに、文底三大秘法惣在の妙法に摂せられた意において「但南無妙法蓮華経の五字なり」と御指南であります。したがって、「此の境智の二法は何物ぞ」以下は、全く本門結要の法体を示し給うのです。
故に、続いて「此の五字を地涌の大士を召し出だして結要付嘱せしめ給ふ。是を本化付嘱の法門とは云ふなり」と仰せですが、ここの所で、方便品の文より境智を示されるのは、その本体を結要として表すためであるから、総付嘱という意味は本来ありません。法華一経も神力別付のなかに含まれた上行菩薩への付嘱なのです。故に、迹化とその付嘱のことは何もおっしゃってないのです。この境智の二法は南無妙法蓮華経であり、それを地涌の菩薩を召し出だして結要付嘱せしむという、神力品の付嘱だけをここにきちんとおっしゃって、付嘱の法体をまずお示しになられています。
然るに上行菩薩等末法の始めの五百年に出生して、此の境智の二法たる五字を弘めさせ給ふべしと見えたり。経文赫々たり、明々たり。誰か是を論ぜん。日蓮は其の人にも非ず、又御使ひにもあらざれども、先づ序分にあらあら弘め候なり。 (同一〇三九)
ここの所は、上行菩薩の末法出現を仰せになります。そして、その所弘の法とは南無妙法蓮華経であるとして、これが経文において明らかである、とお示しであります。この五字は、当然、前の結要付嘱を受けた御文体です。
けだし、非常に深い大聖人の大仏法の上において、この尊い結要の仏法を弘めるということ、しかも上行菩薩が出現するということ、これについて「日蓮がその人である」ということはなかなか仰せになれない大事なのであり、それをはっきりおっしゃっておるのは、弘安五年の『三大秘法抄』なのです。したがって、まだこの建治二年の『曽谷殿御返事』のところでは、直ちに日蓮なりと仰せになっていないのですが、しかし、元意は当然、そこにあるのです。
ですから、「日蓮は其の人にも非ず、又御使ひ」でもないけれども、序分に既に弘めておる、と仰せです。これはそのまま、日蓮が上行であるということが、このあとの御文との関連で明らかであります。すなわち、上行の末法五百年の出現をここで仰せになっておるのです。
既に上行菩薩、釈迦如来より妙法の智水を受けて、末代悪世の枯槁の衆生に流れかよはし給ふ。是智慧の義なり。釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給ふ。然るに日蓮又日本国にして此の法門を弘む。又是には総別の二義あり。総別の二義少しも相そむけば成仏思ひもよらず。輪廻生死のもとゐたらん。(同)
さて、この所からが特に大切な御文です。まず第一に、この文についても、「上行菩薩、釈迦如来より妙法の智水を受けて、末代悪世の枯槁の衆生に流れかよはし給ふ」という文は、釈尊から上行が結要付嘱を受けるということと、次にそれによって今度は、上行菩薩が末法悪世の功徳の枯れた、善根のない衆生に流れかよわせて、これを救わんがために弘通あそばされるという、二筋が拝せられるのです。
この文の趣意も、やはり南無妙法蓮華経の弘通にあります。ほかのものではありません。だから、彼等が言うような、文上の付嘱による迹化の菩薩の弘通の範囲や、嘱累品の付嘱の意味は、一往、与えた解釈であって、奪って言えば、始めからしまいまで、迹化の付嘱のことは述べられていないのです。それを明確にしておくことが大事だと思います。
次に「是智慧の義なり」の文に続き「釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給ふ」とありますが、これはどういうことでしょう。前の文は、釈迦如来から妙法を受けて、それを末法の一切衆生に上行が弘め給うということです。そしてこの文は、もう一度「釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給ふ」とあります。したがって、前文とこの文が一体の関係にあるということが拝せられます。その意味での師匠から弟子への付嘱の意義を、ここではおっしゃっているのです。もちろん、これは結要付嘱です。
そして、次に「然るに日蓮又日本国にして此の法門を弘む」とあります。この文こそ、これまでずっと述べられてきたところの中心になるわけです。いわゆる日蓮が出世して発迹顕本し、久遠元初の自受用身としての日蓮が出現して、そしてこの南無妙法蓮華経の法門を弘めるというのは、一つには総じて日本国乃至、世界一切衆生に弘通するという意味であります。それと同時に、「此の法門を弘む」ということのなかに、大聖人一期の御化導、そして日興上人との御関係におけるところの御文を拝するに、
「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す」(御書一六七五)
という、切り離せない意義があるのです。したがって、ここの言葉はその両意を含んでおるわけです。
それはなぜかと言うと、その前の所に「釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給ふ」とあるのは、別しての師匠から弟子への付嘱、また、能化より能化への付嘱であります。それからさらに、一行前の「上行菩薩、釈迦如来より妙法の智水を受けて、末代悪世の枯槁の衆生に流れかよはし給ふ」の文は、能化より所化への弘通、すなわち、末法の一切衆生に総じて上行菩薩が弘通するという表現です。これと同様に、今度は日蓮として、末法出現の大聖人様の寿量文底の法体、三大秘法の御法門の上において、別して大聖人より日興上人へ、師と弟子でありながら能化より能化への付嘱が存し、さらに総じてその大法が血脈相伝の上に、能化より所化へ、すなわち、大聖人の仏法を日本国の一切衆生に弘通し給うという意味があります。
これが、次の文に「又是には総別の二義あり」とある御文からひるがえって拝考した正意なのです。すなわち、右文の「是には」とは、疑いもなく、前に述べられている文を受けている語です。したがって、その総別の二義とは、明らかに前から述べられておる結要付嘱と末法弘通の意義についてのことであります。
そして、次の「総別の二義少しも相そむけば成仏思ひもよらず」ということは、日蓮大聖人様の御法門においては、別して大聖人から日興上人、日目上人と師弟の付嘱があり、その上において、いわゆる大聖人様の本仏の御慈悲と、それからその妙法の法体が付嘱の上において、総じて一切衆生に伝わっていくのであり、そこに「総別の二義」をきちんと立て分けられておるのであります。その上から言っても、「この文には法主への付属などという意味は一切ありません」などという創価学会の主張は、総別の主意が結要の弘通にあることを見失った迷見です。
総別の二義のなかの、別の上において日蓮大聖人の末法弘通の血脈の法体相承と、総の上から一切衆生へ妙法を弘通して一切を救うという意味との両面があります。しかも、それが「日蓮又日本国にして此の法門を弘む」という文において一つになっておるわけで、そう拝すべきことを申しておきます。
このあと、同抄には大海の水の譬えを説かれております。そして師についての誡めの所へ入り、
「法華経の大海の智慧の水を受けたる根源の師を忘れて、余へ心をうつさば必ず輪廻生死のわざはひなるべし」(御書一〇三九)
と仰せられます。これはもちろん、一往上行菩薩、再往本仏大聖人様こそ、末法の衆生が智慧の水を受けた根源の師であり、そこに大聖人を拝し、大聖人を根本として、その血脈の上から一切の人々に、その時その時の相伝の法主が取り次いでいくわけであります。
ですから、そこのところを忘れてよそへ心を移すということは、今、創価学会がやっているようなことであり、これこそ、この御指南の破折に当たる、ということを申しておきます。
また、一歩譲って文上と文底の意味だと解釈しようとしても、日寛上人はそのようには言われていないのです。
法華経の総別の付属とは、正依に基づけば文上に限られており、釈尊から迹化の菩薩への総付属と上行菩薩への別付属です。文底から読んだ場合については、日寛上人が、久遠実成の釈尊から上行菩薩への授与が一の重であり、久遠元初の自受用報身如来の垂迹(日寛上人は「再誕」とする)である大聖人から一切衆生への授与が二の重である、という二重の授与の意味があると示されているのです。日寛上人は、
『この授与に二重の授与あり。一には釈尊より上行菩薩に授与す、今の御文言はこれ一の重なり。二には上行菩薩より一切衆生に授与するなり。本尊抄に云く「地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華教の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う」文』
(文段集 妙法曼陀羅供養見聞筆記P.743、富士宗学要集第10巻P.82)
この対比は総別と呼ばないのです。更に一歩深く、外用浅近と内証深秘という立て分けまで理解しなければ正しい大聖人の仏法ではないのです。それを日顕宗は何でも僧俗の差別に結び付けたくて「総別総別」とつぶやいていますが、日寛上人は「当流行事抄」にも、
『血脈抄に云く『本地自受用身の・垂迹上行菩薩の・再誕日蓮』等云云、再誕の言、上の二句に冠す、若し外用に拠らば今の所問の如く上行の再誕日蓮なり、若し内証に拠らば自受用身の再誕日蓮なり』(六巻抄P.209)
と示されているとおりで、内証深秘の辺では自受用身の再誕日蓮大聖人と一切衆生の関係しかないのです。
ここが、彼等が一往、一生懸命考えて、なんとか総別の二義の上からの大聖人の御法が血脈相承の上において存することを否定しようという所であります。
しかし、やはり都合が悪いと見えて、一往、文上の解釈というところに総別という語を当てたいのです。
法華経の付嘱に総付嘱と別付嘱とがあり、それを「総別の二義」という大聖人の御文言に当てはめるのですが、奪って言えば、すなわち正確には、総付の内容はこの文に初めから説かれていないことは指摘したとおりです。それで、やはり文上だけだと不都合かと考えたのでしょう。そこで、次にずる賢く、今度は「文底から読んだ場合については」と、一往、文上と言いつつ、また、文底を立てておるわけです。そして今度は、それを日寛上人の『妙法曼陀羅供養抄談義』を引いて、今読んだ所の立て分けにおいて示しておるわけであります。それはつまり、
「此授与に二重の授与あり、一には釈尊より上行菩薩に授与す、今の御文言是れ一重なり、二には上行菩薩より一切衆生に授与するなり、本尊抄に云く、地涌云云」 (富士宗学要集一〇巻八二)
と日寛上人が示されたところです。
しかし、この趣意は『曽谷殿御返事』の御文の、
「既に上行菩薩、釈迦如来より妙法の智水を受けて、末代悪世の枯槁の衆生に流れかよはし給ふ。是れ智慧の義なり。釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給ふ」 (御書一〇三九)
の御文とそっくり同じです。学会はこれについて挙げて、「この対比は総別と呼ばない」のだと、自分らで勝手に言っております。しかし、上行菩薩のお立場からの弘通は、釈尊より上行への授与と並ぶ外用の意義であり、文底は末法出現の日蓮大聖人の弘通にあるのです。故に、これらの文に、能化より能化への授与と、能化より一切衆生大衆への弘通との違いがあることは明らかです。そこに、大聖人様が『曽谷抄』では「総別の二義」と言われている所以があるのです。
つまり、以上の文について、しかも、それをまとめた、
「日蓮又日本国にして此の法門を弘む」(同)
との文を挙げられて、
「是には総別の二義あり」(同)
と言われる以上は、大聖人様のお言葉において、能化一人へと一切大衆へとの二筋について「総別の二義」と言われておることが、文義脈絡して、正当かつ妥当の解釈であります。
そして、学会で「更に一歩深く、外用浅近と内証深秘」などと、先に文上だと言っておきながら、今度は文底の解釈の如く言っておりますが、結局、一往、右のように能化のほうの部分だけに論議を寄せるかと思うと、今度はまた、ずるく一番最後の文で「日蓮大聖人と一切衆生の関係しかないのです」と、また一切衆生を持ってくる。こういう勝手次第のずるさが彼等の教学の在り方である、ということを指摘しておきます。
結局、学会が「外用浅近と内証深秘という立て分けまで理解しなければ……」などと言うのは、弘通の大綱、特にこれが二筋あるにもかかわらず、すなわち、『曽谷抄』の御文も、また日寛上人の『妙法曼荼羅供養抄談義』のなかで、一には「釈尊より上行菩薩」、二には「上行菩薩より一切衆生」ということで、前のほうは師匠から弟子へ、能化より能化への付嘱、後のほうは受けた能化から所化の一切衆生への弘通という、この二筋がある御文を、勝手に能化のほうだけに限っているわけです。
次に「血脈抄に云く『本地自受用身云云』」という日寛上人の御文によって、外用は上行の再誕、内証によれば自受用身の再誕ということを挙げますが、これは宗門の極秘の大事な御文として「内証深秘の辺では自受用身の再誕日蓮大聖人」だと言うところまでなら当然です。ところが、このあとすぐに「一切衆生の関係」を言うこと、これが彼等特有のずるさなのです。
この『血脈抄』の御文のどこに「一切衆生」という所がありますか。どこにもないではありませんか。しかるに、この文意へすぐ「一切衆生」を自分で勝手にくっつけておいて、だから一切衆生と大聖人だと言って血脈を否定する、実に卑怯・下劣な論議であります。
これを簡単に整理すれば以下のとおりです。
○文上(総付属):釈尊 ↓(相承)↓ 迹化の菩薩
(別付属):釈尊 ↓(相承)↓ 本化の菩薩(上行菩薩)
◎文底(一の重):久遠実成の釈尊 ↓(授与)↓ 上行菩薩
(二の重):垂迹上行菩薩の再誕日蓮(外用浅近)↓(授与)↓ 一切衆生
本地自受用身の再誕日蓮(内証深秘)↓(授与)↓ 一切衆生
これが、彼等の今まで言ってきたところからの結論として、このようにきちんとなるということを見せて、自分達の考え方が正しいという言い方をしたいのでしょう。けれども、この文上のほうは、この『曽谷抄』の冒頭より総別の二義の御文のしまいまで、文上からの総付嘱という意味はないのです。その総付嘱という意味は全部、別付嘱を説かれているなかに含まれる。だから、こんな文上などというのは余計なことなのです。
それから、彼等の主張する文底の意味はおかしいのです。『曽谷抄』の御文で、末法弘通ということにおいて、久遠実成の釈尊から上行菩薩、上行菩薩から一切衆生ということが並んで説かれているでしょう。これは文上の意義であります。さらに、文底の大法出現の意をもって説かれた、
「然るに日蓮又日本国にして此の法門を弘む」(御書一〇三九)
の御文の所に、附文・元意、隠文顕義等の深い意味がある。その上からして、久遠元初の自受用身の再誕・日蓮大聖人から、日興、日目、日道と続く、縦の線において別しての相承があり、さらに、その血脈相承を中心とする全体において、一切衆生に対して総じての弘通の姿があるのです。したがって、学会の図表は誤りです。
彼等の言っていることのすべてに「一切衆生」というのがあり、大聖人と一切衆生とが直結であるとしたいのです。その底意において、こういう形を作っておるけれども、これは全く『曽谷抄』の「総別の二義」を正しく拝せず、聖意に背いておるという所以であります。
日寛上人は文底の授与の立て分けを総別とは言われていません。御本仏と一切衆生の関係だけの、差別を超えた普遍的な教えなのです。これらの御文のどこに法主や坊主と信徒の差別があるというのでしょうか?
宗門の主張するような、「別しての血脈」(法体相承)は法主のみに、「総じての血脈」(法門相承)は門流檀信徒に流れていると言う主張(56世日応が邪宗日蓮宗との法論「弁惑観心抄」の中で創唱した)は、日蓮正宗の宗規にも定められていないばかりか、「正依」とされる御書、日興上人・日寛上人の言葉のどこにも残されていません。要するに、正しい日蓮正宗の教義でなく、人師の己義であることが明らかなのです。
まず、「日寛上人は文底の授与の立て分けを総別とは言われていません」と言いますけれども、日寛上人は『妙法曼陀羅供養事』の当面の御文についてのみの判釈であり、だからこそ、上行より一切衆生への授与は、上行出現を特に主意として示される『観心本尊抄』を引かれているのです。そこに、おのずから一往文上の総別の二意があるのであって、それを否定されてはいません。しかるに、否定されているかの如く言う、学会の視野の狭いことを指摘しておきます。
大聖人は『曽谷抄』において、能化より能化へ、また、能化より一切衆生へと、文上および文底の両意における「総別の二義」の授与・弘通があることを仰せられているのです。したがって、彼等が言う「御本仏と一切衆生の関係だけ」だ、などということは、全く我見・邪意の考え方であるのです。
宗内で、彼等が言う如き、信徒を軽蔑するとか、信徒と僧侶とを立て分けて僧侶のほうが偉いとか、そんなことを言わんとするのではなく、言うはずもないのです。本当に大聖人の大慈大悲が、血脈の仏法として、日興上人、日目上人に、厳として伝わっておるということです。そこに総別の二義が明らかに拝せられるのであります。
次に彼等は、総別の血脈について、日応上人が創唱したとか、日蓮正宗の「宗規」にも定められていないとか、また、正依とする日興上人、日寛上人の言葉にも残されていないなどの、たわけた言を吐いています。
まず、「宗規」については、まさにきちんと血脈の伝承が述べられていることは後の所で、その文を挙げて破折します(本書154頁を参照)。
次に、日寛上人は『文底秘沈抄』に、
「答う、延山は本是れ清浄の霊地なり、所以に蓮師に此の言有り。而るに宗祖滅度の後地頭の謗法重畳せり、興師諌暁すれども止めず、蓮祖の御心寧ろ謗法の処に住せんや、故に彼の山を去り遂に富山に移り、倍先師の旧業を継ぎ更に一塵の汚れ有ること無し。而して後、法を日目に付し、日目亦日道に付す、今に至るまで四百余年の間一器の水を一器に移すが如く清浄の法水断絶せしむる事無し、蓮師の心月豈此に移らざらんや、是の故に御心今は富山に住したもうなり」(大石寺版六巻抄六五)
と示されており、また『寿量品談義』には、
「所詮宗祖大聖人の教の如く少も添ず削らず修行する則んば、本因の釈迦菩薩一迷先達して如百迷盲に教へ玉ふ如くぞと信じ奉る可き也。具に此の本因本果の法門を尋んと欲ば、今廿四代伝て大石の精舎にあり金口の御相承切紙相承其の外種々の御相伝有るげにありと云云」(富士宗学要集一〇巻二五四)
と示されています。この「一器の水を一器に移す」の文と「今廿四代伝て大石の精舎にあり金口の御相承」云々の文を、創価学会の者どもはなんと見るや。富士大石寺における血脈の伝承、まことに明らかではありませんか。これは日寛上人の、つまり彼等の言う「正依」の文です。どこが「人師の己義」なのか、聞きたいものです。
このような、おまえ達学会員の血脈否定の邪義は、まさに日寛上人が否定あそばすところなのです。
さらに、日寛上人の『抜書雑雑集』のなかで、左京日教という人が書いた『類聚翰集私』という文書を挙げられておるのですが、そこに、その文をそのまま日寛上人の筆で実際に写されておるのです。そのなかに、
「末法の本尊は日蓮聖人にて御座すなり。然るに日蓮聖人御入滅有るとき補処を定む、其の次ぎ其の次ぎに仏法相属して当代の法主の所に本尊の躰有るべきなり、此の法主に値ひ奉るは聖人の生れ代りて出世したまふ故に、生身の聖人に値遇結縁して師弟相対の題目を同声に唱へ奉り(乃至)当代の聖人の信心無二の所にこそ生身の御本尊なれ」(富士宗学要集二巻三〇九)
という文を実際に書いておられます。これは当然のことであるが故に書き写されているのです。それにもかかわらず、彼等は「正依の文献として日寛上人はそんなことを言っていない」などと莫迦なことを言っておりますが、本当の深さを知らない、まさしく浅識誹謗の者どもである、と決しておきましょう。
『若し外用の浅近に望めば上行の再誕日蓮なり、若し内証の深秘に望まば本地自受用身の再誕日蓮なり、故に知りぬ本地は自受用身・垂迹は上行菩薩・顕本は日蓮なり』(六巻抄P.87)
日顕が「御本仏と不二の尊体」などという文証もない邪義を主張しようとする輩に対しては、この「文底秘沈抄」の御文に照らして「日顕の本地は何だ!垂迹は何だ!顕本は何だ!」と攻めましょう。
また、日顕宗の主張は、「生死一大事血脈抄」に示された血脈に関する大聖人の教えからも明らかに逸脱していますし、日寛上人の主張する「本地自受用身=御本仏」から「一切衆生」への授与こそが正しい日蓮正宗の教義なのです。
また、ここで「一切衆生」が出てきました。日本国の一切衆生を救うということの上からの大聖人様の御一生のお振る舞いであったわけですから、そんなことは今さら、創価宗に教えてもらう必要もありません。けれども、大聖人の御弘通の筋道において、血脈の相伝が厳然として存するのであります。
その上からの内証は御本仏大聖人に通じ、そこへ一切衆生を導くのが法主の立場であります。したがって、「日顕が『御本仏と不二の尊体』」だと、直ちに言うことはありません。
それからまた、『生死一大事血脈抄』を引いていますけれども、この『生死一大事血脈抄』の御文は、いわゆる「信心の血脈」ということを中心に置いて最蓮房に示された御指南なのです。いわゆる一般の法門として、御本尊を信じて成仏するという趣旨をお示しになっていらっしゃるのです。すなわち、最蓮房が御本尊様の御当体によって得道する「信心の血脈」を示されているということであります。この文が血脈相伝を否定するものでは絶対にありません。法門の筋が違うのであり、御書の御文のそれぞれの趣意に暗い彼等の無智が明らかです。
『久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、此の事但日蓮が弟子檀那等の肝要なり法華経を持つとは是なり』(P.1337) (※生死一大事血脈抄)
(通解:久遠実成の釈尊(文底では大聖人)と皆成仏道の法華経(文底では御本尊)と我等衆生との三つが全く差別が無いと自覚して南無妙法蓮華経と唱える所を生死一大事の血脈と言うのである。このことはただ日蓮の弟子檀那等の肝要である。法華経を持つとはこのことを言うのである。)
『相構えて相構えて強盛の大信力を致して南無妙法蓮華経・臨終正念と祈念し給へ、生死一大事の血脈此れより外に全く求むることなかれ』(P.1338) ※生死一大事血脈抄)
(通解:相構えて相構えて強盛の大信力を出して命がけの題目をあげて祈念しなさい。生死一大事の血脈はこれ以外に全く求めてはならない。)
『我等この本尊を信受し、南無妙法蓮華経と唱え奉れば、我が身即ち一念三千の本尊、蓮祖聖人なり』(観心本尊抄文段 文段集P.548)
『「三道即三徳」とは人の本尊を証得して、我が身全く蓮祖聖人と顕るるなり』 (当体義抄文段 同P.683)
この平等の法を正しく伝えるべき代々の法主が権威主義に陥って、仏法を外道の法に堕さしめたのです。だから法華経の行者たちは、堕落の法主を捨てたのです。
ここで彼等の引く御文はすべて、総じての法門相承の文証であって、これらは別しての血脈相承の意義のなかに、当然、入っておるのです。その別しての唯授一人血脈相承は、厳として日興上人以下、歴代上人への相伝に存するのであります。しかして、その総別二義中の別に含まれる総の大綱から、一機一縁の対告衆に応じて下種本門を受持する上の悟りと大きな功徳を述べられておるのであります。
「此れより外に全く求むることなかれ」とは「生死一大事の血脈」と限られており、万年伝承の下種仏法全体の血脈を否定された文ではありません。したがって、何もこの御文があるからといって、日興上人以下の血脈相承がないなどということは全くありえないのであり、そこに彼等の文証の不当な所以が存します。
次に「この平等の法を正しく伝えるべき代々の法主が権威主義に陥って……」と言っております。ここに「代々の法主」とありますが、日興上人以下、歴代の法主がすべて権威主義に陥って、仏法を外道に落とした、と言うのです。なんという、無恥忘恩極まる者どもでしょう。
「代々の法主」のなかには当然、日寛上人も入るはずです。それなら、なぜ勝手に日寛上人書写の本尊に改変するのでしょうか。やみくもに血脈相承を否定しようとするから、このような論理の破綻をきたすのです。
これは、彼等が常々、「日顕宗を破す」と言いながら、その実、日蓮正宗歴代上人、七百年の仏法すべてを破壊せんとする底意を露呈したものであります。
また、自分らを法華経の行者にあてがっている、どうしようもないうぬぼれは、のちに、その所で破すことにします(本書124・148頁を参照)。
