日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

第七項 血脈法水に具わる僧宝の意義を否定する、下種三宝破壊の妄説を破折する

 

 第七項 血脈法水に具わる僧宝の意義を否定する、下種三宝破壊の妄説を破折する

 

 「凡そ謗法とは謗仏・謗僧なり三宝一体なる故なり」(P.142)とあるとおり、僧宝である法主を誹謗するのは謗法である。
   (文責者注・右文は創価学会が宗門の主張として挙げたもの)

 この文こそ「時の法主は久遠元初の僧宝ではない」すなわち「尊信の対象ではない」ことを証明する最適の文証であることを知らなかったのでしょうか。そもそも正しく法を伝えない単なるハゲを僧宝とは言わないのです。日蓮正宗における三宝については、日寛上人が「当流行事抄」で、
『久遠元初は仏法の根本なり故に根本を信ずと云うなり(中略)故に応に久遠元初の三宝を信じ奉るべし(中略)久遠元初の僧宝とは即ち是れ開山上人なり』(六巻抄P.224~6)
と定義されているとおり、信仰の対象としての「久遠元初の三宝」のうち、「久遠元初の僧宝」とは日興上人のことであると明確です。
 また、日寛上人が日蓮正宗の三宝について解釈された「三宝抄」には、
  『此れ須らく分別すべし、若し内体に約せば実に是れ体一なり。所謂法宝の全体即ち是れ仏宝なり・故に一念三千即自受用身と云うなり、又十界具足方名円仏と云うなり。亦復一器の水を一器に寫す故に師弟体一なり、故に三宝一体なり。若し外相に約せば任運勝劣あり。所謂仏は法を以て師と為し、僧は仏を以て師と為す故なり故に法宝を以て中央に安置し、仏及び僧を以て左右に安置するなり。』
と、仏・法・僧にはそれぞれ勝劣があり、三宝を安置する際には真ん中に法宝、左右に仏宝と僧宝とを安置するという「別体三宝式」という日蓮正宗の三宝のまつり方が述べられています。

 久遠元初の僧宝が日興上人であること、また、『三宝抄』を引いていますが、それらの三宝義を、日蓮正宗では知らないとでも思っているのでしょうか。創価学会に教えてもらわずとも、日蓮正宗の正義がそれであります。
 また、法主が久遠元初の僧宝などとは、だれも言っておりません。末法の化導において、宗祖、開山以来、代々の法主への血脈の上に僧宝の意義があることを言うのであります。
 ここで学会は『真言見聞』と『三宝抄』の文を引きながら、文の主旨を少しもまともに取り上げていないのです。すなわち、『真言見聞』の引文の箇所の御指南の趣旨は「三宝一体」であり、また、この義に関連する『三宝抄』の引用箇所は、三宝の内体と外相についての御指南です。
 この内体と外相を比較した場合、より重要なのは、内体の「三宝一体」義であることは言うまでもありません。内体において、三宝が一体として存在しなければ外相もなく、仏法そのものが末法の世に存立しないからです。
 彼等は、この「三宝一体」の重大な意義を全く無視し、ことさらに三宝の勝劣のみを論じていますが、その底意は僧宝を貶めること、すなわち、大聖人が『真言見聞』に誡められた「謗僧」に当たることは明らかなのです。
 日寛上人は、学会が引用している『三宝抄』の当該箇所の前段に、歴代上人も僧宝に含まれることを指南されています。この場合の僧宝とは、一往は外相としての僧宝でありますが、そこには再往、内証としての三宝一体の意義が存することは当然です。それこそが『御本尊七箇之相承』の、
  「代代の聖人悉く日蓮なりと申す意なり」(日蓮正宗聖典三七九)
の文の意味であり、この内証の意義を三十一世日因上人は、
  「日興上人已下代々も亦爾なり、内証に順ずる則んば仏宝なり、外用に順ずれば即ち僧宝なり」(妙喜寺文書)
と指南されています。そこに、本宗においては古来、法主に対する合掌礼が存する所以もあるのです。
 創価学会が、時の法主を「尊信の対象ではない」などと貶めることは、三宝一体の深義を指南された大聖人、日寛上人に背く大謗法、と言うべきなのです。


 この形式に則って、日顕が破壊した大客殿に安置されていた御本尊の左右には、大聖人と日興上人の御影が安置されていたのです。もしも日顕を僧宝として仰がなければならない、などと言う人間には、「御本尊の横に大聖人と日顕が座っている写真を見せたら信用してあげよう」と答えましょう。
 この別体三宝については、日達上人も大客殿の御本尊を例に引いて、更に詳細に説明しています。
  『別体三宝式として中央に御本尊を安置し、その御本尊に向かって左に仏宝として宗祖大聖人の御影を安置し、右に僧宝として二祖日興上人の御影を安置し奉り、左下座に日目上人の座がしつらえられて、その座において大衆檀信徒の参詣を三宝に取り次ぐ姿において読経するのが、歴代の法主であります。』
 つまり、歴代の法主は三宝への取り次ぎ役、すなわち三宝以外、三宝以下と定義しているのです。我田引水の己義を構えるものではありません!この三宝という仏法の基本中の基本を切り文で歪曲するとは、
  『私ならざる法門を僻案せん人は偏に天魔波旬の其の身に入り替りて人をして自身ともに無間地獄に堕つべきにて候つたなしつたなし』(P.989) (※四菩薩造立抄)
とあるとおり、無間地獄疑いなしです!

 次に、歴代の法主について、日達上人の、
「別体三宝式として(乃至)左下座に日目上人の座がしつらえられて、その座に於いて大衆檀信徒の参詣を三宝に取り次ぐ姿に於いて読経するのが、歴代の法主であります」(蓮華 昭和五二年八月号二八)
とのお言葉を引き、歴代の法主は三宝への取り次ぎ役、すなわち、三宝以外、三宝以下と定義している、と喋々しております。しかし、それは客殿の別体三宝の奉安形式による日目上人のことを言われたのであります。すなわち、日達上人のこのお言葉は、形式の上からの法主の役目を言われたものであり、そこに具わる深意と、その元の意義を略されているのです。
 日達上人は、客殿における別体三宝の奉安形式と猊座に関して、このほかにも種々御指南であり、けっして学会が引用したお言葉だけに限りません。むしろ、もっと深い相伝の意義からの御指南がいくつもあるのです。例えば、
  「大聖人様の前に猊座を作ります。私がまあ坐らしていただいておりますが、その猊座というものは、大聖人様の生れ変りを現わす意味なんです。大聖人様が常在、常にここにいらっしゃるということを現わすところの猊座であります(乃至)だから本宗の信心として、信仰として広宣流布の暁には、日目上人が再誕するという、昔からの伝統の相伝があります。これは即ちそれを意味するので、だからいつでもその時の法主は大聖人様のお仕事を司っておる」(大日蓮 昭和四七年一月号五七)
というような、本宗伝統の相伝による甚深の意義を披瀝されたお言葉もあります。
 不信の輩にはもったいないが、敢えてここに相伝による深意を示せば、客殿における猊座とは、日目上人の座において読経・唱題する歴代の法主が、三宝一体の内証に基づく僧宝の立場をもって、法宝の御本尊、仏宝の大聖人、僧宝の随一たる日興上人を拝し、取り次ぐ姿を表すのです。故に、法主の内証から拝するならば、その座は、学会の言うような単なる「取り次ぎ役」の座る場所ではなく、唯授一人の血脈相承によって法体を伝持し、下種三宝を守護するという法主の立場を示す重大な意義が存するのであります。
 池田大作や秋谷などは、何回、登山しても絶えて客殿の丑寅勤行に出たことがない不信心の懈怠ぶりだから正しい領解ができないのであり、これに追従する創価学会の者どもも、常に邪心をもって懈怠謗法する故に、永久に正意が解らないのです。
 だいたい学会は、客殿のこの座配が、そこに安置の譲座本尊から来ていることを知っているのでしょうか。純真な信心をもって客殿の御宝前を拝すれば、奉安の譲座本尊の深意よりする日目上人の座が、勤行の際の法主の座であるということを正しく領解できるはずであります。
 譲座本尊は古来の名称であり、日興上人が大石寺法主の座を日目上人へ内付し、本尊の内証に導き入れて、法主として本尊の書写を許した証拠の歴然たる御本尊であります。故に、御本尊中において日興上人が相伝を受けられた意義をもって、御自分が署名される所へ、他に類例のない、「日目 授与之」を書き示されているのであります。
 そして、日目上人以下歴代上人の本尊書写に当たり、代々署名の位置は御本尊郭内の、中央の「日蓮在御判」の左側、すなわち、日興上人の書き示された位置に一定しております。すなわち、日目上人以下歴代上人は、僧宝の随一たる日興上人に継ぐ僧宝の位なのであります。
 もしそうでなく、創価学会の言うとおりなら、御本尊書写に当たり、中央の「日蓮在御判」の左脇に日興、日目と書いて、その下に歴代が自署せぬばならない道理です。そのことなく、日興上人、日目上人の御名を書かず、直ちにその所に歴代上人が署名する意は前述のとおりです。
 故に、日目上人の座たる客殿の法主の座は、僧宝の随一たる日興上人に継ぎ、代々、もぬけられた僧宝の意義をもって取り次ぎをなしているのであります。


 更にダメ押しをすれば、日蓮正宗の憲法とも言える「宗規」第4条第2項には「宗綱=宗義の根本」のうちの「三宝」について明確に定めており、
  『本宗は、大曼陀羅を法宝とし、宗祖日蓮大聖人を仏宝とし、血脈付法の人日興上人を僧宝とする。』
と極めて単純明快に定義しています。もしもこれ以外の三宝を主張する輩は、
  「本宗=日蓮正宗」の者ではないということになります。そうです、彼らは邪宗日顕宗と成り下がったのです。
 日寛上人の「六巻抄」及び「三宝抄」をもとに、若干追加説明をすれば、まず「当流行事抄」には、
  『久遠元初は仏法の根本なり故に根本を信ずと云うなり。(中略)故に応に久遠元初の三宝を信じ奉るべし(中略)久遠元初の僧宝とは即ち是れ開山上人なり仏恩甚深にして法恩も無量なり、然りと言えども若し之れを伝えずんば則ち末代今時の我等衆生曷ぞ此の大法を信受することを得んや、豈開山上人の結要伝授の功に非ずや・然れば則ち末法出現の三宝は其の体最も明らかなり、宜しく之れを敬信して仏種を植ゆべし』(六巻抄P.224~6)
と、根本として敬信の対象とする「久遠元初の僧宝」は日興上人ただ御一人なのです。

 創価学会は、根底において、なんとか歴代上人を貶めようとする邪心があるため、文章表現の表面に執われて、真実の深意を測ることができないのであります。
 「宗制宗規」は、僧宝の随一たる日興上人をもって代表として、崇敬の上に日興上人を僧宝と挙げてあるのです。久遠元初の僧宝の末法出現に約して、その随一だからであって、ただ一人しかいないからではありません。こんなことが解らない創価学会は、よほどの莫迦か不信心であります。
 また、叛意があるために信じようとも思わないのです。彼等が前に何度も受けていたであろう大御本尊御開扉においては、唱題が終わって、まず題目三唱をする。そして、初めに大御本尊拝観念文、題目三唱。次に、日蓮大聖人拝観念文、題目三唱。次に、日興上人拝観念文、題目三唱。次に、日目上人拝観念文、引き続き日道上人、日行上人以下本山御歴代御正師御威光倍増御利益広大御報恩謝徳の観念文(その次が参詣信徒の祈念)を常に行っており、また、正しい日蓮正宗の僧俗も常に朝夕の勤行においてこのように御報恩申し上げているのを知っているのでしょうか。
 日目上人以下歴代上人が、僧宝の随一たる日興上人に続く僧宝なればこその御報恩なのであります。


 ところが日顕宗の輩はどうしても法主を僧宝として敬わせたいために、御書(四恩抄)の
  『僧の恩をいはば仏宝法宝は必ず僧によりて住す、譬えば薪なければ火無く大地無ければ草木生ずべからず、仏法有りといへども僧有りて習伝へずんば正法・像法・二千年過ぎて末法へも伝はるべからず』(P.938)
の文を根拠に法主の恩を主張しようとするのですが、「三宝抄」にはまさにこの文を引用した直後に
  『又予が如き無智無戒も僧宝の一分なり』
と、「僧宝の一分」という定義をされているのです。それは、この「三宝抄」の中で「末法下種の僧宝」として、日興上人や代々の法主のみならず、門流の大衆も含めて、正しく正法を受持信行し、後世に伝える限りにおいて「末法下種の僧宝」という概念で定義しているからです。
  『然れば則ち吾が日興上人は嫡々寫瓶の御弟子なること分明なり。故に末法下種の僧宝と仰ぐなり。爾来日目日道代々ことごとく是れ僧宝なり、及び門流の大衆亦爾なり云云』
これらのことを矛盾なく、分かりやすく整理すれば、
(1)久遠元初の僧宝=開山日興上人唯一人
(2)末法下種の僧宝
 ①開山日興上人=末法下種の僧宝の随一
 ②一閻浮提の座主
 ③歴代法主
 ④門流大衆=末法下種の僧宝の一分
 ⑤檀信徒
となり、信仰の対象として無条件に尊敬されるのは「久遠元初の僧宝」である日興上人唯一人なのです。

 また、日寛上人の『三宝抄』に、
  「予が如き無智無戒も僧宝の一分なり」(歴代法主全書四巻三九六)
と言われた文を挙げて、僧宝の一分と定義されていると、莫迦の骨頂をさらけ出しております。これが御謙譲のお言葉と取れないのは、よほどのアンポンタンであります。
 例えば、社運隆々たる会社を統率する社長に「お盛んですね」と言ったところ「えぇ、まあどうにか細々とやっております」と謙遜して答えたから、あの会社は細々なんだと定義づけるのは、よほどの非常識であるのと同じであります。
 ただし、信仰の上にはっきりした奉安の形では、日寛上人の仰せの如く、久遠元初の三宝が末法に出現され、本門の大御本尊、本因妙の教主・日蓮大聖人、本門弘通の大導師・日興上人を下種三宝と拝することは、創価学会に教えてもらわなくとも、宗門七百年の正義であります。
 さて、問題は、この創価学会のわがまま勝手な整理でありますが、敢えて「一分」とすべきではありません。彼等が引く如く、『三宝抄』に、
  「爾来日目日道代々咸く是れ僧宝なり」(同四巻三九〇)
と、明らかに示されているではありませんか。
 したがって、彼等の図における②と③はもちろん、④と⑤の人々についても、仏法を真に受持弘通する者は、総じて僧宝の徳を持つのであります。『御本尊七箇之相承』の、
  「受持法華本門の四部の衆を、悉く聖人の化身と思う可きか」
(日蓮正宗聖典三七九)
の文の如くであります。ただし、創価学会の謗法者は全く僧宝たる資格に欠けることは前より論ずる如くであります。


 芸者遊びにうつつを抜かすような法主・坊主のことを大聖人の一門では僧宝などとは呼ばないのです。身命を捨て、難を受けながら妙法を広めるような出家が出現する日はもう来ないのかと、全く嘆かわしい限りではありませんか。

 次にまた、自分らが勝手に作り上げた偽造写真を持ち出して、こんな者は僧宝とは呼ばないと既成事実の如く言うが、これは今、その不当を明らかにするために係争中であります。それなら、むしろ池田大作の女性関係事件こそが問題であり、人倫を外れた色魔が、なんで正しく法華経の弘通などできるか、と言えましょう。また、それに率いられている創価学会のすべても同断である、と言っておきます。
 今、宗門は創価学会のあらゆる邪義と迫害に対し、全僧侶が一丸となって不惜身命の正法護持に精進しています。学会の仏法、世法における邪義悪義の存在こそ、日本乃至、世界の民衆のため嘆かわしい限りであるのです。


 逆に、在家が僧宝となる証拠は、日寛上人が「撰時抄愚記」において「仏の付嘱に三義」あるとされていることから理解されます。この三付嘱とは、
 ①弘宣付嘱、②伝持付嘱、③守護付嘱
の三種類の付嘱のことで、①弘宣付嘱と②伝持付嘱は、日興上人の二箇相承に配して、
  『今得意して云く、二箇の相承は正しくこれ弘宣伝持の付嘱なり』(文段集P.247)
とされ、守護付嘱については、
  『三には守護付嘱。謂く、国王・檀越等、如来一切所有の法を時に随い、機に随い、能くこれを守護して、法をして久住せしむるなり。』
とあるとおり、令法久住は本来は在家の使命として位置づけられているのです。つまり折伏は本来は出家の使命だったのです。大聖人の門下に集いながら、その後の宗門は畜生の坊主に落ちぶれてしまったのです。順縁広布の時の折伏は在家による化儀の折伏なのです。このことは『五五百歳始観心本尊抄』と日寛上人の『観心本尊抄文段』に明らかなのです。
  『当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成って正法を弘持す』(P.254) (※観心本尊抄)
  『折伏に二義あり。一には法体の折伏。謂く『法華折伏、破権門理』の如し。蓮祖の修行これなり。二には化儀の折伏。謂く、涅槃経に云く『正法を護持する者は五戒を受けず威儀を修せず、応に刀剣弓箭鉾槊を持すべし』等云云。仙予国王等これなり。今化儀の折伏に望み、法体の折伏を以て仍摂受と名くるなり。或はまた兼ねて順縁広布の時を判ずるか云云』(文段集P.546)
これらの正依とともに、御義口伝には、
  『末法の仏とは凡夫なり凡夫僧なり、法とは題目なり僧とは我等行者なり、仏とも云われ又凡夫僧とも云わるるなり』
とありますが、これも「仏宝は大聖人」「法宝は題目」「僧宝は大聖人とその眷属である我ら法華経の行者」と依義判文でき、上述の三宝や三付嘱の正依とともに、全てが矛盾なく説明できるのです。

 次に、日寛上人の『撰時抄愚記』の、末法の弘宣、伝持、守護の三付嘱を挙げ、相変わらず宗門の悪口を述べたあと、「順縁広布の時の折伏は在家による化儀の折伏」だと言い、『本尊抄』の四菩薩の折伏、摂受の文と、さらにこれを会通された日寛上人の『文段』の文を挙げ、さらに自分達創価学会を僧宝に仕立て上げたいため、『御義口伝』の、
  「末法の仏とは凡夫なり、凡夫僧なり。法とは題目なり。僧とは我等行者なり」
(御書一七七九)
の文をもって「『僧宝は大聖人とその眷属である我ら法華経の行者』と依義判文でき」る、として、創価学会が僧宝であり、法華経の行者であることを狡猾に引証しております。
 まず、日寛上人の御指南は、国王の愚王誡責の折伏の相について、
  「兼ねて順縁広布の時を判ずる歟」 (歴代法主全書五巻四〇八・日寛上人文段集五四六)
と言われており、未来の広布の事相に関する故に「歟」の字を付けておられるのです。これは『三大秘法抄』の、
  「王法仏法に冥じ、仏法王法に合して」(御書一五九五)
の文とも関連があると思われます。とすれば、順縁広布の時とは、だれが判ずるのでしょうか。もし、池田や創価学会がそうだと言うならば、それは増上慢であり、現在が順縁広布なぞと決すべきものではないのであります。
 しからざるものをしかりと言うとき、仏法について種々の歪曲・捏造、教義改変が起こるのであり、過去の創価学会の事例がそれを示しております。また、賢王となって愚王を誡責するのは色魔・池田などのできる事柄ではなく、それを言うのはまさに大聖人の仏法への冒涜であります。したがって、『ニセ本尊』を用いる池田や創価学会などにおいて「僧宝は(中略)我ら法華経の行者」などという依義判文も、矛盾なき説明もあるはずはなく、文義共に不可であります。
 『御義口伝』の、
  「僧とは我等行者なり」(同一七七九)
の文は、大聖人より嫡々代々、清浄な法を持つ現日蓮正宗の僧俗に当たる、と呵責しておくものであります。


 ところが日顕宗の輩は必死に文証を捜してきて、『当家三衣抄』の
『南無仏・南無法・南無僧とは若し当流の意は、
 南無本門寿量品の肝心・・・南無日蓮大聖人師。
 南無本門寿量品の肝心・・・南無本門戒壇の大本尊。
 南無本門弘通の大導師・・・南無日興上人師、南無一閻浮提座主・伝法日目上人師、嫡々付法歴代の諸師。』
を引用しますが、この文は「下根を引接して修業を牽課するの具」(劣った機根の人を誘引して修行をさせるための道具)である数珠について述べられた箇所であり、しかも明らかに大導師である日興上人と、一閻浮提の座主である日目上人と、歴代の諸師とには差をつけられています。
 具体的には、大聖人の教えを正しく伝えた「久遠元初の僧宝」である日興上人は、その位である「本門弘通の大導師・・」にも「人」にも「南無」が冠せられ、日目上人については「一閻浮提座主」という位にのみ「南無」が冠せられています。これは、日目上人が「久遠元初の僧宝」ではないものの、生涯国家諌暁を貫かれたその行体を讃え、その位である「一閻浮提の座主」に「南無」を冠し、「末法下種の僧宝」であることを明らかにしているのです。「一閻浮提の座主」とは日目上人のことを指すことからも、他の歴代法主とは別格であることを示されているのです。それもそのはずで、日蓮正宗は日目上人までは国家諌暁を行っていたものの、第四代日道上人以降は内部抗争等によって広宣流布どころか疲弊の一途を辿ったのです。
 したがって代々の法主は、先述の日達上人の言葉どおり三宝への取り次ぎ役でしかないのです。

 また、『当家三衣抄』の文について、創価学会は、これは下根引接の数珠について述べた箇所であると、まず文意を引き下げ、続いて、その間の仏法僧乃至、歴代の文の表現に一々差をつけていると言い、その結論として、日道上人以下は三宝への取り次ぎ役でしかない、と誹謗しております。
 しかし、この所にも彼等の得意な切り文による意義の歪曲が明らかです。
  「南無仏・南無法・南無僧とは、若し当流の意は……」(大石寺版六巻抄二二五)
として、初めに仏宝として日蓮大聖人、次に法宝として本門戒壇の大御本尊を詳しく述べられ、次に僧宝として、
「南無本門弘通の大導師、末法万年の総貫首、開山・付法・南無日興上人師。南無一閻浮提の座主、伝法・日目上人師。嫡々付法歴代の諸師。此くの如き三宝を一心に之れを念じて、唯当に南無妙法蓮華経と称え、乃ち一子を過ごすべし」(同)
とあります。初めの「南無仏・南無法・南無僧とは」の文と、終わりの「此の如き三宝」の文の間に「嫡々付法歴代」が入っており、この「嫡々付法歴代」を受けて直ちに「此くの如き三宝」とある以上、明らかに日目上人以下を僧宝に列せられているのです。したがって、日達上人のお言葉を正しく解せば、形は取り次ぎ役、意は僧宝の立場によって取り次ぐのであります。
 それを、わざわざ「此くの如き三宝」の文を切り捨て、「歴代は僧宝でなく、取り次ぎ役に過ぎない」などと勝手な我見を押しつけるのは、まことに文義共に日寛上人に背反するものであり、このような明白な文義について見て見ぬふりをするのが、おぞましい創価学会の体質であります。


 その取り次ぎの責務を放棄し、学会員が大御本尊に会うことを拒否した日顕は「南無」どころか「無間」なのです。
 大聖人の仏法とその実践を正しく伝えてこそ僧宝と呼べるのであって、放逸(乱暴でわがままなこと)の法主のことを僧宝とは絶対に呼ばないのです。
  『放逸とは謗法の名なり入阿鼻獄疑無き者なり』(P.758) (※御義口伝)

 次に、日顕を誹謗し、色々とお世辞を言ってくれております。しかし「放逸著五欲」の経文は、まさに慢にして著欲の池田大作の所業である、と返上しておきます。
 なんと言おうと、池田大作を除く創価学会員はすべて日蓮正宗の各寺院の信徒だから、その筋目の上から参詣を拒否したことは、いまだにありません。平成三年以降、現在に至るまで、自分達のほうからあらゆる会員を洗脳して「行くな、行くな」と言っておいて、日顕が拒否したと言うのは、道理に合わないではありませんか。自らの非を棚に上げて日顕を誹謗する池田や秋谷そのほかの洗脳会員こそ、無間地獄行きなのであります。


 皆から仰がれたければ、日興遺誡置文のとおりに生きることでしょう。
『一、身軽法重の行者に於ては下劣の法師為りと雖も当如敬仏の道理に任せて信敬を致す可き事。
 一、弘通の法師に於ては下輩と雖も老僧の思を致す可き事。
 一、下劣の者為りと雖も我より智勝れたる者をば仰いで師匠とす可き事。』 (P.1618)
 妙観の大草は、懸命に悪智恵を絞って
「日蓮正宗全体の信仰に約すと僧宝は日興上人唯御一人だが、各々別々の立場の信仰に約すと歴代法主、末寺住職を僧宝とする」
などという、全く新しい邪義を開発しましたが、このような邪義を宗規第1章に当てはめれば、
「日蓮正宗全体の信仰に約すと本仏は日蓮大聖人唯御一人だが、各々別々の立場の信仰に約すと歴代法主、末寺住職を本仏とする」
「日蓮正宗全体の信仰に約すと正依は日蓮大聖人の御書等だが、各々別々の立場の信仰に約すと歴代法主、末寺住職の語録を正依とする」
等々の大爆笑もののイカサマがいくらでもまかり通るではありませんか。こういうのを二枚舌と呼び、このようなウソに騙される日顕宗の信者を「愚か者」と大聖人は嘆かれているのです。
『私に経文を作り経文に私の言を加へなんどせる人是れ多し、然りと雖も愚者は是を真と思ふなり』(P.882) (※善無畏三蔵抄)

 次に『遺誡置文』の三文を挙げていますが、この文に自分らが当たっていると思っているのでしょうか。池田や創価学会は、身軽法重の行者でもなく、正しい弘通の法師でもなく、正法の智の勝れたる者でもない、憍慢、懈怠、計我、浅識、著欲等の薄汚い心情で、血脈相伝の仏法を毀る者に過ぎません。
 さらに、妙観講の大草氏の僧宝についての立て分けを述べたのに対し、本仏大聖人を例にしたり、御書・語録を例として勝手な論を創作し、それを「大爆笑もの」と言っておりますが、これは屁理屈以上に、悪意に満ちた不適当な例えであります。僧宝は日興上人を随一とし、以下、正しい法脈を伝える歴代上人、さらに、その正義を信行して広布に励む日蓮正宗僧侶、および正しい法華講の信徒をも大きく含むのであります。
 ただし、創価学会は池田信仰等の邪心の故に、本門下種僧宝に値しません。「二枚舌」も「愚か者」も、ことごとく池田創価学会の従来の行為・行動に該当するもの、と言っておきます。

 

※『第八項 『御本尊七箇相承』に関する邪難、ならびに『一期弘法付嘱書』中の「国主」を池田大作とする誑言を嗤う』へつづく