正林寺御住職指導(H30.4月 第171号)
月々日々に信心を強くしていくためには、宗祖日蓮大聖人が『最蓮房御返事』に、
「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く」(御書642)
と仰せであります。自らの信心においては自行化他の修行を怠ることで退転してしまい、一度得た大切な徳や悟りを失って低いほうに落ちることのないように、また身に詐り親しみ無く、同時に謗法と詐り親しむことで堕獄への道を開かないようにとの、成仏のための大事な教えがあります。さらに同抄には、
「毎日一返欠如無く読誦せらるべく候。」(御書642)
とも仰せであり、「信心に退転無く身に詐親無く」するための大切な心がけを御教示であります。つまり正行の御題目と助行の法華経である方便品と寿量品を毎日読誦することを一返でも欠かすことなく勤めることが大切です。
信心を始めた日から毎日勤行唱題を行い、仏祖三宝尊に祈り誓うことで、様々な過去世からの罪障が露見しても、御本尊に具わる護法の功徳力により転重軽受されていく果報は歴然であり、信心に退転無く身に詐親無く修行することが大切です。
故に大聖人は同抄に、
「日蓮も信じ始め候ひし日より毎日此等の勘文を誦し候ひて、仏天に祈誓し候によりて、種々の大難に遇ふと雖も法華経の功力、釈尊の金言深重なる故に今まで相違無く候なり。」(御書642)
と仰せであり、大聖人も信じ始めた日から毎日法華経を誦されて、仏天に祈り誓う過程で大難四カ度小難数えきれない中においても、法華経の功徳力と釈尊が説かれた末法に法華経を弘通することにより現実となる事柄は、相違なく真実であることを文証理証現証という三証の上から諭されております。
今月4月は立宗会の月です。大聖人は立宗宣言の建長5年(1253年)4月28日から、片時も「信心に退転無く身に詐親無く」との仰せを振る舞いの上から実践なされた、外用におかれては上行菩薩としての振る舞いを、内証においては久遠元初の御本仏としての振る舞いであります。
ゆえに、その振る舞いとは大聖人が『崇峻天皇御書』に、
「出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ。」(御書1174)
と仰せの、附文において不軽菩薩の振る舞いに秘められた、法華経の身業読誦の根幹となる勧持品二十行の偈に説かれた刀杖二字等の振る舞い、そして人本尊との尊い振る舞い、さらには出世の本懐である本門戒壇の大御本尊の御建立が元意には秘められていると拝します。
まさにその元意とは『聖人御難事』に、
「余は二十七年なり」(御書1396)
と「信心に退転無く身に詐親無く」との御本仏の究極の振る舞いと拝し奉ります。
本未有善である私たちにおいては、大聖人の御振る舞いに少しでも近づけるように精進することが肝要です。また修行においては「信心に退転無く身に詐親無く」との振る舞いは、大聖人が同抄に、
「一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば」(御書642)
と仰せであります。自身の考え余事や余行を差し挟むことなく無疑曰信を心がけて、すべてを法華経である御本尊に身を任せた振る舞い、さらに金言である末法の仏様が説かれた正しい教えの通りに修行をすることであります。
その果報として大聖人は同抄に、
「慥かに後生は申すに及ばず、今生も息災延命にして勝妙の大果報を得」(御書642)
と仰せであります。それは後生である未来世は後生善処が確実であり、今生である現在世では息災延命で妙法の勝れた大果報を得ることができることを、「信心に退転無く身に詐親無く」との金言を疑うことなく実践することにより実現します。
その「信心に退転無く身に詐親無く」との御抄を心肝に染めて師弟相対し僧俗和合した自行化他には、大聖人が同抄に、
「広宣流布の大願をも成就すべきなり」(御書642)
と仰せであります。
御法主日如上人猊下は、
「仏恩に報い奉る途は、ただ御本仏大聖人の御遺命のままに、一天四海本因妙広宣流布に我が身を捧げていくことであります。すなわち、一人ひとりが地涌の菩薩の眷属として、持てる力を出し切って折伏を実践し、広宣流布に資していくことであります」(大日蓮・平成二十五年六月号)
と、御本仏の御恩徳に対して、勇猛果敢な折伏の実践をもって報いていくべきことを教えられています。
最後に「信心に退転無く身に詐親無く」を確実にするためには、大聖人が『寂日房御書』に、
「信心をこた(怠)らずして南無妙法蓮華経と唱へ給ふべし。」(御書1394)
と、怠ることなく自行化他にわたって唱えるよう御教示であります。
宗祖日蓮大聖人『報恩抄』に曰く、
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながる(流布)べし。日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり。無間地獄の道をふさぎぬ。此の功徳は伝教・天台にも超へ、竜樹・迦葉にもすぐれたり。極楽百年の修行は穢土(えど)の一日の功に及ばず。正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか。是はひとへに日蓮が智のかしこきにはあらず、時のしからしむるのみ。」(御書1036)
