正林寺御住職指導(H30.3月 第170号)
三月三日は、桃の花が咲く季節であることから、桃の節句と呼ばれています。
また、上巳ともいわれて、上旬の巳の日の意味であり、元々は三月上旬の巳の日であったことから、このように言われています。その時に、日本では雛人形の段飾りを飾る風習があります。
節句は、節供、古くは節日とも言われて、中国の陰陽五行説に由来して定着した日本の暦における、伝統的な年中行事を行う季節の節目となる日であり、江戸時代から普及した日本の文化・風習のことです。
宗祖日蓮大聖人は『秋元殿御返事』に、
「五節供はいかなる由来、何なる所表、何を以て正意としてまつり候べく候や云云。」(御書334)
と仰せであり、御書にも節句について、信心の上から節句を迎えるに当たっての心がけを御教示であります。
その心がけを大聖人は同抄に、
「先づ五節供の次第を案ずるに、妙法蓮華経の五字の次第の祭りなり。」(御書334)
と仰せであります。心がけて行くことで同抄に、
「此くの如く心得て、南無妙法蓮華経と唱へさせ給へ。『現世安穏後生善処』疑ひなかるべし。法華経の行者をば一切の諸天、不退に守護すべき経文分明なり。」(御書334)
と、心得について仰せであります。
桃の節句、三月三日については大聖人が同抄に、
「三月三日は法の一字のまつりなり、辰を以て神とす。」(御書334)
と仰せであります。題目の妙法蓮華経である「法」の一字のまつりであることを御示しです。
法の一字について、第六十七世日顕上人は『妙法七字拝仰』に、
「【法】とは梵語の達磨の訳である。その性はそれが存在する上に、他と異なる自体を持ち、またその自体にのっとる道筋があって、それを軌う、すなわち持続と軌道である。
故に、自然法のすべてと、それに基づいて組織された人為法のすべてを含む。『法華玄義』には、仏の教えの精要を取って、
【法とは、十界十如権実の法なり】(玄義会本上9)
と言う。すなわち、あらゆるものの実在と現象と道理を包容する。また、天台は師の南岳の語を引き、『玄義』二上に、
【南岳師は(法について)三種を挙ぐ。謂く、衆生法・仏法・心法なり】(同210)
と述べ、これに基づいて妙法を説明している。」(妙法七字拝仰 上巻210)
と、衆生法・仏法・心法の三つに分かれることを御教示であります。
1,衆生法
日顕上人は『妙法七字拝仰』に、
「衆生とは、仏の悟りにより法界の生命を十種に捉えたもの、すなわち十界である。その縦横無尽に広がる因縁果報は多岐多端であり、一切法にわたる。この十界はその差別相違より、①悪(地獄・餓鬼・畜生の三悪道)、②善(修羅・人・天の三善道)、③二乗、④菩薩、⑤仏の五差別に分けられる。また、前の四は権法、後の一は実法である。
この十界は法華経の妙義によれば、各界にさらに十界を具えるので百界となり、その一々に十如の法則を具えるので千如是となる。」(妙法七字拝仰 上巻214)
と、衆生法について御教示であります。
2,仏法
日顕上人は『妙法七字拝仰』に、
「仏とは仏陀・浮図等に作り、一切諸法を了々として覚知する故に覚者と訳す。
仏の十号とは、『如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏世尊』を言う。」(妙法七字拝仰 上巻278)
と、仏法について御教示であります。
3,心法
日顕上人は『妙法七字拝仰』に、
「大乗のなかで、特に実大乗たる妙法の意義においては、心に一切法を具すことを明かす。故に、心について十界互具と言い、六識乃至九識と言うも、その全体を具える実相観の意義をもって修行の対象とする。心法の一念が即三千である実相観が中心であるから、心の一々の細かい用きを分別せず、ただその一切を含むのである。」(妙法七字拝仰 下巻19)
と、心法の要点を御教示であります。
日本の文化である節句を迎えるに当たり、以上のことを心得て信心を深めていく決意が大切になり、月々日々に信心を強くしていくための再確認すべき大事な節目でもあります。
三月三日の桃の節句は、女の子のために雛を飾る、ひな祭りです。
大聖人が『上野殿御返事』に、
「女子は門をひらく」(御書1494)
と仰せであり、法華経の提婆品に竜女の女人成仏が説かれるように、当宗での桃の節句には、八歳で悟りを開いた竜女の故事に因んだ、女児の幸福を願う祭りともなるでしょう。
