第八項
創価学会が言う「一機一縁の御本尊の不特定多数への下付は宗門の得意技」の妄説を破折する
(8)一機一縁の御本尊の不特定多数への下付は宗門の得意技
そもそも「一機一縁の御本尊」の意味さえも分からずに非難しているようなので、その誤りを正せば、大聖人の直筆の御本尊のうち、本門戒壇の大御本尊を「万機万縁の本尊」と呼び、その他を「一機一縁の本尊」と呼ぶのが本来の定義です。
広義には、御歴代の書写したものや御形木御本尊のことも「一機一縁の本尊」と呼ぶようになりましたが、正しくは前者の用法であり、後者のことは従来から「分身散体」又は「分身散影」の本尊と呼び、通常は「一機一縁の本尊」とは区別しています。日蓮正宗の化儀が途中から変化したので、学会も「一機一縁の御本尊」という表現を形木本尊にまで使用するようになってしまったのです。
ここでは「一機一縁の御本尊の不特定多数への下付は宗門の得意技」というおかしな表題をつけているが、なかの論旨は種々雑多、支離滅裂であり、とりとめのない愚論で、ただ正宗を誹謗しているに過ぎません。
だいたい「一機一縁」ということは、本来、一機というのは一人の機、一縁ということは一人の仏縁なのです。だから、これは個々個々の信心の上からの仏縁によるところの化導の形を言うのであって、それが常住御本尊にせよ、御形木御本尊にせよ、授与された対告衆が存在して初めて、一機とか一縁という語があるのです。
それから、本門戒壇の大御本尊様は、閻浮総与、世界総与の大御本尊であって、創価学会の言うような「万機万縁の本尊」などの言は、私は聞いたことがないが、だれが言っているのでしょうか。
つまり「万機万縁」と言えば、これは機を中心とした言い方になるのです。教義上、創価学会の狂った考え方のなかに、この機根中心があると言えます。
日寛上人は『観心本尊抄』の題号について「如来滅後五五百歳に始む」か「始まる」かというと、特に他門の諸説と異なり、「始む」と読めと言われておるのです。すなわち「如来滅後五五百歳に始む観心の本尊抄」とお読みするのですが、これは上行菩薩が出現して自ら始められるから「始む」という意味なのです。いわゆる「応」であり、「能化」に約するのです。
同様に、戒壇の御本尊様についても、大聖人様の御所有の上からの名称でなければならない。それは、大聖人様が一切衆生総与という意味において、日興上人へ相伝あそばされているわけなのです。その場合は能化、すなわち、仏につく言葉であります。それに対して所化、すなわち、衆生あるいは機という一般につく言葉が万機万縁である。しかし、機根のなかには、ずいぶん狂った者も、間違った者も多くあります。だから、直ちに万機万縁などと言うのは不適当であり、能化の仏様のお心の上から「一閻浮提総与」と申し上げるべきであり、これこそ本当の正しい呼称でなければならないのです。
また、歴代上人の書写や御形木を「分身散体」とか「分身散影」の本尊と呼んで、一機一縁の御本尊とは区別すると言っておるが、だれが区別したというのでしょうか。もし創価学会が区別したなら、御本尊に対する越権であり、増上慢の謗法を露呈したものである、と断ずるものであります。
もしも日顕宗が「化儀は化法と一体で変わらない」などと嘘を言ったら、歴史上の事実として根本の化儀が変わってきたことを教えてあげましょう。まず勤行は昔は「朝は六座、夕方は1座」だったのです。「化儀秘決」(富士宗学要集第1巻)には、
「夕勤は一座なること如何、答て云く開山上人已来、当門の法式なれば其子細に及ばず先例に任する処なり乃至暁の勤め六座の所表如何」(同 P.274)
「夕勤何ぞ一座に限るや、答ふ上代よりの儀式なり」(同 P.279)
次に「もしも日顕宗が『化儀は化法と一体で変わらない』などと嘘を言ったら、歴史上の事実として根本の化儀が変わってきたことを教える」などと大見栄を切って『化儀秘決』の文を挙げ、「朝勤は六座、夕勤は一座だったのが、変わってきた」と言っているが、これについては、莫迦も休み休み言えと、まず一喝しておきます。
日蓮正宗の法義は、宗祖大聖人、日興上人以来、根本の化法によって化儀が確立しているのであります。特に日寛上人の『当流行事抄』には、助行として方便品と寿量品を読誦し、正行としては久遠名字の妙法を余行に渡さず直達正観する事行の一念三千の南無妙法蓮華経を唱え奉るという、勤行の正軌を示されておるのであり、これは七百年来、いささかも変わっていないのであります。
すなわち、化儀と化法は本来、一体なのであります。この基本が変わらないことを化儀化法の一体と言うのである。ただし、勤行の形式は、諸堂宇の変遷等で幾分の変化はあっても、やはり、おおむね変わっていないのであります。
だいいち、創価学会は勤行様式が変わったということで『化儀秘決』を出しておるけれども、こんな莫迦な話はありません。というのも、これは房山の化儀について述べているものだからです。大石寺から背いて房州に行き、妙本寺を創った日郷という人がいますが、この日郷から十一代目に、非常に学匠ではあったけれども、日我という人がいる。その人が書いたのが『化儀秘決』なのです。だから、房州・保田の妙本寺のことを言っているのです。そういう文献を持ってきて大石寺の化儀が変わったと言うのは、的外れではありませんか。つまり、大石寺の化儀の書物でないものを持ってきて、それを元として大石寺の化儀が変わったんだと言うことは、筋違いもはなはだしいのであります。
また、六座、一座というのは、日興上人からではなく、日郷以来の化儀を日我が、開山以来のものと言ったのであります。
日蓮正宗においては、古来、五座、三座の勤行が行われてきたことは、日寛上人の享保四年二月十六日付『福原式冶状』に、
「五座三座の格式相守るべし」
と示されていることによっても明らかです。
とにかく、房山の化儀を持ってくるということは、暗夜の礫の如く当たらぬ例証であり、これは自分達の馬脚を表すものです。
ところで、それなら、なぜ、日亨上人がこの『化儀秘決』を『富士宗学要集』に載せたのかという文句を言ってくるかも知れませんが、日亨上人は教学上の参考資料を集めて、それを挙げられたのであります。だから『化儀秘決』のなかに、下種仏法という上において参考とすべきものもあるから、その文献を載せたということに過ぎない。よく『富士宗学要集』の「緒言」を読みなさい。
総本山大石寺を正系とするならば、保田妙本寺はあくまで傍系でありますから、その化儀によって正系の総本山の化儀を云々することは全くできない、ということを言っておきます。
また、御本尊についての化儀で、宗門の住職になる者が必ずマスターしなければならないマニュアルとして「日蓮正宗教師必携」という本があります。この中に、葬儀の際に棺や骨壺に入れて焼いたりしていたニセ本尊(導師本尊のコピー)である「未来本尊」の化儀について、変化した旨が記載されています。
「古来末寺において、御形木の未来本尊を発行する習いがあったが、今は行わない。」(教師必携 P.80)
そんなニセ本尊よりはまだましですが、戒壇の御本尊以外の一機一縁の御本尊を後世の法主が板本尊にしたものを、法主でもない者が写真製版で縮小したものを、不特定多数の外国の民衆に授与した事例が正宗の中では認知された形で記録が残っています。
富士宗学要集第一巻(有師化儀抄註解 P.113)には、昭和の初期に学頭(大学頭の次の位)の日照が(当然法主の開眼など行わずに)、一機一縁の御本尊である
「紫宸殿御本尊(天皇家に与えられたもの)」を日有上人が書写したもの(富士宗学要集第八巻 P.194 脇書「文安二年乙丑十一月六日、九世日有在判、須津の庄鳥窪の住持日伝に之を授与す」の本尊)を写真製版で縮写し、朝鮮の新入信徒たちに授与した事実が記録されています。
次に『教師必携』を引いて、未来本尊を下附しなくなった記事についてしつこく再論していますが、先に充分に破折したとおりであります。
色々な時期において化導の形は異なるけれども、すべて総本山の法主の血脈を中心にして、その大きな裁量と許可のもとに行ったことなのである。そういうことを一々挙げて論ずるのは、周りを崩しつつ、なんとか中心を否定し、自分達の所業を正当化しようという薄汚い根性がはっきり見えておることでありまして、別に問題とすることはありません。
ただし、学頭・日照師の件に関連して、「一機一縁」ということについて狡猾な論を述べているので、次の所で破折しておきます。
これは、「一機一縁の本尊」を御歴代が「書写」して「特定の人に授与した本尊」を、「形木」にして「開眼せず」に「不特定多数」に授与したもので、このことが何の問題もない下付のあり方として、日亨上人によって化儀の解説として記録されているのです。
このことからも、「一機一縁の御本尊は不特定多数に授与してはならない」などと言う日犬宗の主張は、歴史的事実に反し、根拠も無い、つまり真っ赤なウソであることは明らかなのです。
ここで、さらに彼等は学頭・日照師の実例について述べるなかで「御歴代が『書写』して」という語を使っていますが、日亨上人の『化儀抄註解』(富士宗学要集一の一一三)の第三項では「模写」であり、この点、学会は混同し、誤解しています。前にも破しましたが、「模写」と「書写」では、方式が全く異なることを言っておきます。
なお、日照師の件について、「開眼せず」というのは彼等の邪推に過ぎず、開眼がなかったという証拠はない。あるなら挙げてみることです。
次に「開眼せず」ということが『化儀抄註解』中、第三項に特定されているかの如き言い草であるが、そういう文は本来、当然のことであるが故に全く書かれていません。「開眼せず」とは、学会の勝手な付け加えです。このように彼等の論法は、不正直極まるものなのです。
次に、以上の不正確な論を元として、「一機一縁の御本尊は不特定多数に授与してはならない」ということを宗門の主張だとしてスリ替え、歴史的事実に反し、根拠もない嘘であると誹謗しています。これは彼等の大得意な、ずるさによる、問題の表現をぼかして概念のスリ替えを計る常套手段です。宗門で謗法と言うのは、目下、学会が行う『ニセ本尊』のことであって、直ちに「一機一縁の本尊」のことではありません。
つまり「梨は果物である」という判断・論定は正しいが、逆に「果物は梨である」という論定は論理上、明らかに誤りです。果物という概念には、梨のほかに柿、リンゴその他を含むからです。
そこで、学会の『ニセ本尊』は、奪って言えばニセだから一機一縁と言えないが、形式上、与えて一機一縁とは言えます。しかし、一機一縁の本尊が『ニセ本尊』とは言えません。一機一縁の語には『ニセ本尊』以外の多くの本尊を含むからです。したがって、学会の右文中のあとのほうの「一機一縁」は、宗門が不可とする意味で『ニセ本尊』のことを指しているにもかかわらず、それを漠然と「一機一縁」と言うところに論理上の矛盾があり、スリ替えがあるのです。
学会の『ニセ本尊』は、日寛上人が大行阿闍梨本證坊日證師へ授与された旨の授与書きを勝手に削除して御本尊の意を改変し、また、日照師の例の如き宗門の正しい教師による指導があるわけでもなく、その関係から血脈伝承の法主の許可を受けることもなく、かつ正しい開眼もなく、さらに、法脈上、全くその資格のない池田などの俗人が行っているということにおいて、通常の一機一縁の本尊とは大違いな代物なのです。
したがって、『ニセ本尊』はニセと言うべき理由多々にして、一般的な一機一縁の本尊とは異なるが、それを一切無視し、宗門を誹謗しておるのです。つまり、一機一縁という広い概念の語を使って宗門の『ニセ本尊』に対する破折をぼかし、論理上の矛盾を犯しつつ、宗門の主張を否定するという愚を示しているのです。
故に、「歴史的事実に反し」、「根拠も無い」、「真っ赤なウソ」を述べているのは、宗門ではなく、逆に創価学会である、と断定しておきます。
今回の学会による御形木御本尊の授与は、由緒正しい「本門戒壇の大御本尊」を、中興の祖である日寛上人が「書写」して「特定の人に授与した本尊」を、「末寺の允可に基づいて」「形木」にして「開眼せず」に「不特定多数」に授与するもので、「一機一縁の本尊」を同じようにして授与することよりはるかに素晴らしいではありませんか。日顕宗の輩は、歴史的な事実にも反し、証拠も無くて、一体何が問題だと言うのでしょうか。
これが問題だということを、これから申しましょう。先程の話とちょっと重複しますけれども、しょうがないでしょう。
ここが、なんとか自分らの『ニセ本尊』が正当なんだということを言いたい、一番中心の部分に当たっているのです。
まず、「今回の学会による御形木御本尊の授与」は、「由緒正しい『本門戒壇の大御本尊』を、中興の祖である日寛上人が『書写』し」たもの、これは当然です。それから「特定の人に授与した本尊」、これも当然である。それを「末寺の允可に基づいて」と言うが、これは問題です。さらに「『形木』にして『開眼せず』に」とある、これも問題。さらに「『不特定多数』に授与するもの」、これは特に大問題です。
これらの言は、全く「盗人、三分の理」の如くであると思いますが、これを言いたいために、今まで関係のないことや色々なことを言い立ててきたと思われます。まあ、創価学会の頭の悪さは、自分達の何が悪いのか、ちょっと目が眩んで解らないらしいから、この言について指摘してあげようと思います。
さて、この言で問題とすべき第一は「末寺の允可に基づいて」であります。これは先程も言いましたけれども、もう一ぺん言いましょう。
この「末寺」とは浄圓寺で、「允可」した者とは成田宣道を指すのは自明である。しかし、末寺とは、どこの末寺を言うのか。成田がこの本尊の提供を申し出たのは、平成五年六月六日であり、浄圓寺、成田宣道が被包括関係廃止を議決したのが六カ月と二十五日前の平成四年十一月十二日であるから、学会へ御本尊の提供の時は、既に日蓮正宗の寺院でも大石寺末でもなく、また、成田宣道も日蓮正宗あるいは大石寺末の僧侶でもない。
すると、創価学会の言う「末寺」とは、この言葉には必ず本寺があるはずだが、どこが本寺なのでしょうか。もちろん、大石寺が日蓮正宗の末寺として許可したものでないことは、はっきりしておきましょう。特に成田宣道は、血脈法水に背く破法、破戒、無慚な悪僧であり、この地獄僧の允可だと言っても、正法の世界と道理には通用しないのであります。
「末寺」と言うべき実体のないものを「末寺」と言うところに、寺に関係があるという根拠を残そうとする、狡猾な自己擁護が明らかである。それとも「創価学会の末寺」とでも言うのでしょうか。もしそうなら自分自身のお手盛りであり、正しい末寺によって許可されたという理由にはならないのであります。
また、末寺そのものが信徒に御形木御本尊発行の允可を与えたことは、かつてないのであります。
次に、第二として「形木にして開眼せず」の文でありますが、これは前にも論ずる如く、新しい紙を使って形木印刷をしたのだから、血脈法水中の歴代上人の本尊の場合、総本山古来の例に則り、開眼すべきであります。日寛上人のお心は『有師化儀抄』の文の如く、現在の手続の師、すなわち法主のところに、もぬけられているから、これを行わないことは仏法の法脈の道理に背反します。
次に、第三の「不特定多数に授与する」の言、これが一番問題です。この「授与」という語こそ、最も重大な謗法である。いわゆる「授与」とは、だれが不特定多数に授与するのか。池田か秋谷か、はたまた創価学会の事務機関内の理事等の決定なのか。いずれにせよ、血脈付法の尊厳なる本尊を、これら在家の者どもが勝手に授与する資格を、だれから与えられたというのか。また、授与してよいという許可を、だれから与えられたのでしょうか。
疑いもなく、そのような資格を与え許可をした、正しい血脈伝承の方がいるはずはありません。それとも自分達にその資格たる血脈伝承があると言うのだったら、それは自分達が勝手に作る権利であり、思い上がりと、憍慢、計我、著欲の念慮による謗法行為であります。したがって、このような大聖人を悪用する、邪心・魔心によって作られた本尊は魔性が入ったものであり、形は日寛上人の本尊ながら、その心に魔が入っておること、邪神の神社における神札と同じであります。
彼等は「はるかに素晴らしい」とか「一体何が問題だと言うのでしょうか」など、頭の低劣さをむき出しにしておりますが、おまえらの『ニセ本尊』にはこのような欠陥がある、ということを言っておきます。
「若し証拠なくんば誰人か信ずべきや、かかる僻事をのみ構へ申す間・邪教とは申すなり」(P.1355)
とあるとおり、証拠も無い口から出まかせのことばかり言うから、日顕宗は邪教なのだ!と断固として責めましょう!
「一乗流布の時は権教有って敵と成りて・まぎらはしくば実教より之を責む可べし、是を摂折二門の中には法華経の折伏と申すなり」(P.503)
「邪正肩を並べ 大小先を争はん時は 万事を閣いて謗法を責むべし是れ折伏の修行なり」(P.494)
ここでは『祈祷抄』『如説修行抄』『聖愚問答抄』の三抄の文を挙げて、「口から出まかせを言う日顕宗を責めましょう」と言うが、これらの引文の破折の向かっている先は、すべて創価学会を指しているのである。すなわち、これら大聖人様のお言葉はことごとく、日蓮正宗の僧俗が創価学会に向かって破折すべしという御指南である、と言っておきます。
ちなみに、大聖人が自ら著された御本尊にはいろいろな書き方があり、全てに共通しているのは、たった「南無妙法蓮華経 日蓮」だけなのです。例えば日達上人の御形木御本尊も、戒壇の大御本尊と比べると菩薩たちの一部が省略されています。しかし当然功徳には何の変わりも有りませんでした。要するにこれら全てを貫く法則とは、形式ではなく信心の一念、ただ心こそ大切なれ、なのです。
学会の草創期に、日寛上人の御本尊を旗印に日本国への流布を進めた際には、御本尊には偉大な功徳があることを宗門内外に示し、今また一閻浮提広宣流布の時に日寛上人の御本尊を旗印に全世界に向けて、偉大な功徳を生み出すのは三類の強敵を呼び起こした我ら法華経の行者の信心の一念であることを証明しようではありませんか!
ここでは「要するにこれら全てを貫く法則とは、形式ではなく信心の一念、ただ心こそ大切なれ、なのです」と言っているけれども、日寛上人には、
「夫れ本尊とは所縁の境なり、境能く智を発し、智亦行を導く。故に境若し正しからざる則んば智行も亦随って正しからず(乃至)故に須く本尊を簡んで以て信行を励むべし」(大石寺版六巻抄四二)
という御指南がある。したがって、間違った御本尊を拝みながら、信心が大事だと言うこと自体が間違いである。それなら、信心さえあれば大日を拝んでいいのか、念仏を信仰してもいいのかということにもなるではありませんか。したがって、まず対境が正しくなければならないわけで、こういうところにも彼等の言っている矛盾があります。
すなわち、創価学会の『ニセ本尊』は、今までも言っておるとおり、資格のない者が許可なく、正当な開眼もなく、勝手にあちこちに撒き散らしているところの、最大の不正・不善の対境なのであります。
ここに「学会の草創期に、日寛上人の御本尊を旗印に日本国への流布を進めた際には、御本尊には偉大な功徳があることを宗門内外に示し」云々と書いてありますが、以前の日寛上人の形木御本尊の下附の時と今は、全く事情が変わっておる。当時は、宗門の御法主上人の允可のもとに、宗門の正しい寺より下附されたのであり、今回の『ニセ本尊』とは全く事情が違っておるのです。その辺も、はっきり指摘すべきであります。 当時の在家団体・創価学会、およびその会員は、御本尊をお寺から受けるだけで、今のようにおこがましくも自ら授与をするということには、全く関与していなかったのです。池田、秋谷、創価学会の者どもは、こういう根本の違いが解っていないわけで、「前にも日寛上人の御本尊で功徳があったんだから、今度も功徳があるんだ」ぐらいの浅はかな考えなのでしょう。しかし、それは大謗法なのです。
要するに、我々は、実際の形が前とは全く違っているということを、はっきりと見抜いておく必要があると思います。
※『第九項 「御本仏(大御本尊)の近くにいて大聖人を裏切った輩は御本仏在世から数多い」の妄説を破折する』 へつづく
