日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

97 「信心に依りて御本仏より法水を受く、其の法水の本仏より信者に通ふ」(有師化儀抄註解・富要1-176頁)

 〔御文証の解釈〕
 御本尊を信ずることによって御本仏から我が身に法水を受けることができる。その法水は御本仏(御本尊)から信ずる者すべてに流れ通うのである。


 〔創価学会の解釈〕
○我々は、代々の法主から御本尊の「法水」を受けてきたのではなく、あくまでも自らの「信心」によって、御本仏から直接に「法水」を受けている。
○学会には大聖人の「法水」が脈々と流れており、一大和合僧団の権能において、流布される本尊には御本仏の「仏力」「法力」が具わる。(聖教新聞 H五・九・二〇 取意)


 〔創価学会の解釈に対する破折〕
 創価学会の「法水」観は、日蓮正宗の教義ではなく大謗法です。なぜなら「血脈」と同義に用いられている「法水」の意味を、ここでも唯授一人血脈相承の「法水」と、信心あるものすべてに流れる「法水」とを混同させて、法体相承たる唯授一人血脈相承の法水をないがしろにしているからです。
 この御文の後に、「仏法の大師匠たる高祖日蓮大聖・開山日興上人已来の信心を少しも踏み違へぬ時、末徒たる我等の俗悪不浄の心も、真善清浄の妙法蓮華経の色心となるなり(中略)不善不浄の邪信迷信となりて仏意に違ふ時は、法水の通路徒らに壅塞せられて、我等元の侭の粗凡夫の色心なれば、即身成仏の血脈を承くべき資格消滅せり」(富要 一-一七六頁)と仰せられ、法水を受くべき信心とは、宗祖日蓮大聖人・日興上人と伝えられる法体相承の大御本尊が根本となると説かれています。
 かつて池田大作氏は「御法主上人の認められた御本尊を拝しているし、読む経文も唱える題目も、われわれと同じである。外見から見ればわれわれと同じようにみえるが、それらには唯授一人・法水写瓶の血脈がない。法水写瓶の血脈相承にのっとった信心でなければ、いかなる御本尊を持つも無益であり、功徳はないのである」(広布と人生を語る 八-二二八頁)と指導していました。
 しかし今日の創価学会は、本門戒壇の大御本尊から離れ、血脈付法の御法主上人を誹謗する大謗法団体となっており、永久に御本仏日蓮大聖人の法水が流れることはないのです。