学会では「御本尊と自分の間に、ほかのものはいらない」と指導しているのに、ずいぶん矛盾した指導ではありませんか。
日蓮正宗は、日蓮大聖人の仏法を信じる教団です。
したがって、『上野殿御返事』に「此の南無妙法蓮華経に余事をまじへば・ゆゆしきひが事なり」(全集 一五四六頁)と仰せのように、大聖人の教えでないものを入れることは謗法です。
「先生と自分との関係を忘れない信心」とのことですが、信仰をしていくうえで、池田大作氏を絶対的な立場に位置づけることは間違いです。
昭和五十三年一月に、第六十六世日達上人は「先日、東北のある県で、〃御本尊に向って、ある人を心に思い浮かべてお題目を唱えろ〃ということを指導した人がある(中略)実に残念なことでございます。それでは謗法の念慮を絶したということにはならない」(達全 二-七-一三六頁)と仰せられましたが、この〃ある人〃とは当時創価学会会長であった池田大作氏を指していることは周知の事実です。
ましてや、今日、池田氏は大慢心を起こして、日蓮大聖人の仏法を継承する日蓮正宗を誹謗しているのですから、その池田氏との「関係を忘れない信心」をすれば、池田氏同様、会員も頭破作七分になり、悪道に堕ちることになります。
