正林寺御住職指導(H21.10月 第69号)
人生には失敗をして人にもいえない恥があるものです。失敗した経験が信心において御本尊へ御題目を唱えることで、今後の資糧となり無駄にはなりません。
日蓮大聖人は後生の恥をかくすための衣について『寂日房御書』には、
「法華経は後生のはぢをかくす衣なり。経に云はく『裸者の衣を得たるが如し』云云。此の御本尊こそ冥途のいしゃうなれ。よくよく信じ給ふべし。(御書1394㌻)
と仰せで法華経である御本尊が後生の恥をかくす有り難い衣となります。
大聖人が『寂日房御書』に恥をかくす衣について簡潔に「裸者の衣を得たるが如し」と仰せであり、裸の者が暑さ寒さをしのぐ衣服を得るようなものであると御教示です。
御書の「経に云はく」とは法華経『薬王菩薩本事品第二十三』に説かれる、
「如裸者得衣」(法華経535㌻)
とお示しの経文であります。
その衣とは法華経の精神にもなる『法師品第十』に、
「柔和忍辱衣」(法華経332㌻)
と説かれた、衣座室の三軌の一つである如来の衣を着る意味があります。
柔和忍辱衣について『法衣書』に、
「殊に法華経には柔和忍辱衣と申して衣をこそ本とみへて候へ。又法華経の行者をば衣をもって覆はせ給ふと申すもねんごろなるぎ(義)なり。」(御書1546㌻)
と御教示です。柔和忍辱の衣を着させていただくことで、人生の失敗や挫折などの恥をかくすことができると拝します。
さらに一生成仏において「此の御本尊こそ冥途のいしゃうなれ。よくよく信じ給ふべし。」と仰せのように臨終においては、今生でのあらゆる恥をすべてかくしていただける尊い御言葉です。
