ここでも学会は二重の過ちを犯しています。
第一は「一機一縁」の過ちです。御本尊には、万人を対象とした御本尊と、末寺や個人を対象にした御本尊とがあります。
万人を対象とした御本尊を「一閻浮提総与の御本尊」といい、現在正本堂に御安置されている「戒壇の大御本尊」ただ一体を指します。
それ以外の授与の御本尊はすべて「一機一縁の御本尊」と称します。
そして、大聖人入滅後の御本尊書写は、日興上人以来血脈相承の御歴代上人が受け継がれ、その時々の僧侶や信徒、寺院に対して「一機一縁」の御本尊を書写し授与されるのです。
学会でも一機一縁について「常住御本尊をいただいた本人が死亡したとき。原則として、一機一縁であるから御返納する」(前進 S四七・六号)と説明し、御歴代上人の御本尊が一機一縁であることを認めています。
第二は「一閻浮提総与の御本尊を書写されたものだから問題ない」といって、今回の日寛上人御書写の御本尊のコピ-(ニセ本尊)を正当化し、授与書きを抹消したことを弁解していますが、本宗では昔から「一閻浮提総与の御本尊を書写した御本尊だから誰が複製してもよい」とか「一閻浮提総与の御本尊を書写した御本尊だから授与書きを抹消してもよい」などという教えはありません。
このような学会の行為は大謗法なのです。
