100 「此れを以て考えますと将来の歴史家に立宗七百年以前は宗門の護持の時代とし、以後を流通広布の時代と定義するであろうと思われます(中略)七百年の歴史は一に広宣流布を待望しつつ堅く護持してきた時代と申すべきでありましょう。しかし末法に入って千年のうち、はやくも九百年は過ぎました。もとより末法は千年に区切ることはありませんがともかく千年の終りに近づいて開宗七百年を転期として一大流布に入ったということは正法流布の上に深い約束があるのではないかと感ぜられるのであります。これを思うにつけても創価学会の出現によって、もって起った仏縁に唯ならないものがあると思います」(淳全 一六二〇頁)
〔創価学会の解釈〕
「法体の折伏」「化儀の折伏」からいえば、宗門僧侶の使命は「法体の折伏」という「折伏の上の摂受」にあったといえる。事実、宗門七百年の歴史を振り返ると、広布の時に備え、どうにか大御本尊を護持してきた「折伏の上の摂受の時代」であったと言わざるを得ない。しかしながら、「賢王」の団体・創価学会の出現によって情勢は一転し待望の「化儀の折伏」「折伏の上の折伏」の時代に突入した。ここに、一人、絶対者たる法主が御本尊の大権を所有し、教団を統率していた草創の「護持の時代」は終わりを告げ、いよいよ「一閻浮提総与」との大御本尊の意義にふさわしく、広宣流布の和合僧団・創価学会が御本尊を護持し、流通していく「時」を迎えた。(聖教新聞 H五・九・二〇 取意)
〔創価学会の解釈に対する破折〕
この第六十五世日淳上人のお言葉は、昭和三十一年のものです。
このころの創価学会は、時の御法主上人の御指南のもと、戸田会長を中心に、正しく日蓮大聖人の仏法を弘教していました。
ですから、前のような日淳上人の賛辞があったのです。
まして、第二次大戦以前の我が国の宗教政策にあっては、布教の自由はないに等しい状況であったのです。
その後、新憲法によって信教の自由が許され、戦後の荒廃した時代にあって、学会は、日蓮正宗の信徒の団体として、めざましい発展を遂げました。
しかしながら、今日の学会は、その本来の使命を忘れた邪悪な教団となっており、日蓮大聖人の仏法を広宣流布する資格はなくなっています。
かつて、池田大作氏は学会の本来の使命について、次のように述べています。
「この日蓮正宗の信徒として、御法主日顕上人猊下の御説法を拝しつつ、永遠にわたる人類平和のために、正法を基調として、個人の幸福と世界の平和を結ぶ文化、平和の基盤を営々と築いていくところに創価学会の使命がある」(広布と人生を語る 一-一四六頁)、「日蓮正宗の、根本中の根本は、ご存じのとおり、本門戒壇の大御本尊であられる。その大御本尊と日蓮大聖人以来の血脈を代々受け継がれる御法主上人がおいでになり、七百年にわたる伝統法義が厳然とある。この正宗の根本軌道に則った信心こそが、正しき信心であり、無量の功徳があるわけである。みずからの信心の濁りや驕慢から、その根本軌道を失ってはならない」(広布と人生を語る 六-四一頁)
このように池田氏は、真の広宣流布は本門戒壇の大御本尊と血脈付法の御法主上人を抜きにしてはありえないといっていたのですが、我が身の慢心を指摘されるや、今日のように学会を大謗法集団にしてしまったのです。
したがって今日の学会には、大聖人の仏法を弘める資格もなくなり、いかに「いよいよ『一閻浮提総与』との大御本尊の意義にふさわしく、広宣流布の和合僧団・創価学会が御本尊を護持し、流布していく『時』を迎えた」と力んでみても、所詮、彼らの思い込み、一人よがりの戯言でしかありません。
「一閻浮提総与の御本尊」とは、「世界中の一切衆生の即身成仏のために、建立された根本の御本尊」との意味であり、この大御本尊は法体相承として歴代の御法主上人に相伝されているのです。それを「われわれに与えられた御本尊」と曲解するのは、憍慢謗法以外の何ものでもありません。
