正林寺御住職指導(H18.9月 第32号)
九月は一年に一度の支部総登山があります。登山とは富士山への山登りではなく、日蓮正宗総本山大石寺への参詣のことを登山といいます。総本山は、法華講員の信心において根本となる霊場です。
日蓮正宗においては、総本山大石寺を本寺とし、総本山に連なるすべての寺院・教会を末寺とします。
登山は、宗祖日蓮大聖人の御在世当時、阿仏房や日妙尼など多くの信徒が、大聖人様をお慕い申し上げて、はるばる御目通りに参詣したことが起源であります。
総本山へのすべての登山は、申し込んでから、家に帰り着いて自宅の御本尊様にご挨拶するまでが登山です。信心の上から油断のない心構えでのぞみます。
登山の本義は、大聖人の御当体である本門戒壇の大御本尊を内拝させていただき、御法主上人の大導師のもと、正法興隆による人類の恒久平和・広宣流布を祈り、さらに自身の無始以来の謗法罪障消滅と現当二世(現在と未来)にわたる大願成就を願うことにあります。
この大御本尊内拝を「御開扉」といい、本宗信仰者にかぎり、御法主上人の許可を得て受けることができます。
日蓮大聖人は『南条殿御返事』に、
「参詣遥かに中絶せり。急ぎ急ぎに来臨を企つべし。」 (御書一五六九㌻)
と仰せです。総本山への参詣が長い間途絶えている人は、急いで参詣するようにされなさいと御指南でございます。
登山の基本精神は、法華経に説かれる、
「心懐恋慕・渇仰於仏」(法華経四三四㌻)
との求道心からくる信心の行体で登山させていただき、心に大御本尊への恋慕を懐き、仏を渇仰する気持ちが大切です。
登山の功徳について、日蓮大聖人は『四条金吾殿御返事』に、
「毎年度々の御参詣には、無始の罪障も定めて今生一世に消滅すべきか。弥はげむべし、はげむべし。」(御書一五〇二㌻)
と毎年何度も総本山へ登山すれば罪障が消滅できるため励むよう仰せです。
一年に一度の大事な支部総登山に正林寺支部講員は揃って参加しましょう。
宗祖日蓮大聖人『本尊供養御書』に曰く、
「須弥山に近づく鳥は金色となるなり。阿伽陀薬は毒を薬となす。法華経の不思議も又是くの如し。」(御書1054)
